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世界で一番

 小鳥のさえずりが聞こえる。 

 朝だ。

 昨日の夜、俺は乃蒼と一夜を共にした。

 隣では乃蒼がすやすやと寝息を立てている。彼女の柔らかな寝顔を見ていると、あの一夜の夢が現実であったのだと改めて実感する。

 

 俺の視線がそうさせたのかは分からないが、乃蒼がゆっくりと目を開けた。綺麗に整えられたまつ毛に宝石のような瞳。寝ぼけているのか、口が半開きになっている。


 ごしごしと目をこすり、俺の姿を再確認する乃蒼。幻か何かと思っているのかもしれない。

 だが、すぐに現状を理解したようだ。


「……お、おはよ」

 

 枕で顔を半分隠しながら、乃蒼はそう言った。

 

「朝に……なっちゃたね」

「寝たの何時頃だろうな。時計ないからわかんないや」


 乃蒼はゆでだこのように顔を真っ赤にし、俺の顔に枕を押し付けてきた。


「ううぅ……うううぅ」 

「乃蒼、息苦しい。息苦しいから」

「私、初めてだった。い、一生分の恥ずかしいを……経験したと思う。もう何も恥ずかしくない」


 あの日の事を思い出す。

 乃蒼の声、体、肌の柔らかさと甘い蜜のような香り。


「私はとっても嬉しかったけど、匠君は、いいの? 私、迷惑かけてない?」

「何の迷惑だ?」

「匠君、カッコいいもん。でも、私体小さいし頭もよくないし」

「俺だってそうだ。背がものすごく高いわけでもないし、頭もよくない。ゲームや漫画ばっかり読んで……」


 二人して、そんな話をしていた。

  

「なんか眠いな、乃蒼」

「ん、もうちょっとだけ、こうしてたい、かも」


 耳たぶを甘く噛みながら、俺に囁いた。

 

「好き」

「俺も好き」

「大好き」

 

 その気持ちよさに心を委ねたかったが、すぐに気を引き締める。


 俺に怠惰な日々を過ごしている暇はない。冒険者ギルドで仕事があるからだ。

 それに、つぐみとの関係が多少改善した今なら、もっと広い範囲で活動することも許される可能性がある。そうすれば、一紗と一緒に迷宮に潜ったりできるし、魔剣や聖剣を装備して戦うことができるかもしれない。

 生活費を稼ぐ、この世界を救う、異世界に帰る方法を探す。これが俺に課せられた使命。胸糞悪い召喚だったけど、この世界の人たちが困っているのは事実だ。無視なんかできない。


 ベッドで裸の彼女と楽しいことしてる暇なんてないのだ。

 ……そういうのは帰ってからにしよう。


「……んぅ、匠君」

「の、乃蒼。俺、そろそろ時間だからさ、行かないと」


 俺は絡みつく乃蒼の手を優しくほどき、ベッドから起き上がった。


 その時、そっと肩に温かみを覚えた。

 乃蒼だ。

 ベッドから起き上がってきた乃蒼が、俺に抱きついてきたのだ。


「やだぁ、もうちょっと……」

「ちょ、こら、抱き着くなって。ダメダメダメったら駄目! 俺は乃蒼のこと好きだけど、女に溺れないの! ちゃんと仕事するの!」

「匠君……」

「嫌じゃない! 嫌じゃないけど!」


 と、あれこれ言い訳を口にしようとした……その時。

 

 ぎぃ、という音が聞こえた。玄関のドアが開く音だ。


 え?

 俺、カギかけて……。

 あ、そういえば鍵かけてない。二人でなだれ込むようにベッドにダイブしてから、雰囲気に呑まれてずっと一緒にいた。


 ドアには、胸当てと剣を身に着け武装した一紗が立っていた。どうやら今日は迷宮に潜るつもりらしい。


「……ひぃ」


 一紗が変な声を上げてドアの前で固まってた。言い訳すらも許されないこの状況。


「あ、あんたたちこんな朝から。はぁ、もう……」


 一紗はリボンで留めた金髪を指で弄りながら視線を逸らした。唇が奇妙に動いているのは、笑いを堪えているのか、怒りをかみ殺しているのか、恥ずかしさに震えているのか、よくわからない。


 乃蒼は俺の後ろに隠れた。どうやら一生分の恥ずかしい経験でも人見知りは治らなかったらしい。


「あの、一紗さん。怒って……ます? 私と、匠君が……その、こんなことしてて……」

「なんで? なんで怒るのかしら?」

「一紗さん、匠君のことが……好きだったんですよね?」

「はぁ?」


 一紗が苦虫を潰したような顔をした。


 そ、そんなに露骨に嫌な顔をすることはないだろ。もうちょっとさ、照れながら『な、なんでこいつなんかとっ!』とかいう感じがいいと思うね。

 予想外の質問が意外にも一紗を冷静にさせてしまったらしい。きりっとした表情で服を着ている俺とシーツに包まった乃蒼を交互に見やる。


「匠ね。話してて楽しいし、嫌いってわけじゃないんだけどね。ちょっとスパイス足りてないっていうかぁ。まじめでもないし、不良でもないし、こー突き抜けた何かがないのよね」

「俺を量産型モブキャラみたいに言わないで欲しい。割と傷つく」


 まあ、でもそれが正当な評価だと思うな。ある意味納得だ。


 だが、乃蒼はそうでなかったらしい。少しだけ頬を膨らませながら、俺の腕をぎゅっと握りしめた。 


「匠君は世界一カッコいいよ」

「はぁ? あんた何言ってるの?」

「……カッコ、いい、もん」

 

 うああああああああっ!

 ちょ、止めて! めっちゃ恥ずかしい! 世界一なんて言い過ぎだから! せめて『私の知ってる人の中で一番』、ぐらいにして欲しい。


「……はいはい、匠君世界で超一番カッコいい。この世界の女を全員ハーレムに加えて酒池肉林の放蕩生活。魔王ちゃんも匠に惚れて世界は平和になりました。おしまいおしまい」

 

 適当な口調でそんなことを言いながら、一紗は呆れるように深いため息をついた。

 魔王男だろ……。俺に惚れる展開はないな。


 両手を叩き、話の終わりを主張した彼女は改めて俺の方を見た。

 

「鈴菜が呼んでるわ。あたしはその伝言係」

「鈴菜が?」


 大丸鈴菜。

 魔法革命――すなわち女性が魔法を使うための機械を発明した少女。彼女の呼び出しは、つぐみと同等レベルの強制力がある。


「分かった、大学に行けばいいのか?」

「そうね、つぐみには話をしてるから……これ」


 一紗は一枚の紙を俺に渡してきた。大統領のつぐみが発行した許可証だ。こいつがあればこの都市の外に出ることができる。

 

 俺は乃蒼や一紗に別れを告げて、大学のある都市へと向かうことにした。


ここからが『血に濡れた手』編になりました。


そして投稿は2日に一回となります。


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