決戦の狼煙
時は過ぎていった。
結局、空を飛ぶイグナートに対して有効な解決策を見出せぬまま、俺たちは奴らの主張する決戦を受け入れることしかできなかった。
決戦の受諾をもって、つぐみは国民全員に事情を説明することとした。
第二都市が壊滅したこと。
魔族との決戦があること。
共和国はこの戦争を受け入れ、全軍をもって戦い抜くこと。
もし戦いに負けてうまく生き残れたとしても、つぐみに未来はないと思う。大見得きっての大戦だ。負ければ当然、国民からの支持を失ってしまう。
さすがに今からフェリクス公爵が巻き返すのは不可能だが、どこかで別の反乱が生まれて、そのリーダーが新たな国王としてこの地に君臨するかもしれない。
国民の反応は様々だ。
都市から逃げ出そうとする者。
外にいる魔族を恐れ、都市の中に引きこもっている者。
近くの洞窟の中に逃げ込む者。
意外と、逃げ出す人は少なかった。彼らはつぐみを信用しているのか、俺や一紗みたいな勇者を信用しているのか、それとも軍を信用しているのかよく分からない。
ただ俺たちは全力で戦わなければならない。たとえどんな結果になったとしても……。
グラウス共和国官邸、城のバルコニーにて。
俺はぼんやりと都市の様子を眺めていた。
ここからは人の流れが良く見える。あれほどの発表があったにも関わらず、ほとんどの人たちは冷静さを保っている。
それだけ俺たちに期待してるのか、あるいは、諦めてるのか……。
「素晴らしいですね」
いつの間にか俺の背後に忍び寄っていた、魔族ダクラスが話しかけてきた。
皮肉か、と思ったがどうやらそうではないらしい。彼の表情は驚きと感心、そして何より感動に包まれていた。
「お前、感動してるのか?」
「赤岩つぐみは素晴らしい。情報を握りつぶし、一人で逃げることもできたでしょうに」
「そうすればつぐみは破滅だ。未来を見据えて今の行動に至ったわけだと思うが……」
「まったく素晴らしい。あなたも、ここの住民も、大統領も……」
魔族、ダグラスは青空を見ながら深いため息をついている。彼の瞳には、俺があの時見たような広大な魔法陣が見えてるのだろうか?
「だったら争わなくていいのに」
「……なぜ、我々は人間を襲っているのでしょうか?」
「俺に聞かれても、分かるわけないだろ?」
なんだこいつ? 俺に喧嘩売ってるのか?
いや、そんな雰囲気じゃない。どちらかというと悩んでいるように見える。
「人間を死ぬ気で襲う。それが魔王陛下の命令なのです。あの方の命令は絶対……」
「陛下の命令って、あの魔王死んだんだろ? 死んだ奴の命令に従う必要なんてあるのか?」
「魔王陛下が死ぬなど、前代未聞の事件なのです。僕たちの誰一人としてその事態を想定しておらず、誰も、その問いに答えることは……できないでしょう」
そう言って、ダグラスはふらふらと城の中へ戻っていった。
魔族も一枚岩ではないように見えるが、根が深い問題だ。素直に味方してくれるわけではなさそうだし。
そして後日、決戦が始まった。
グラウス共和国首都、東の平原にて。
まず東に布陣するのは魔族の大軍。俺が肉眼で数を数えることが不可能なほどではあるが、おそらくは2000~3000体前後。
対するは西に布陣するグラウス共和国軍。左翼に第一、三、十二軍団。右翼には第五、九、傭兵軍団。そして中央には第七軍団、近衛隊、冒険者。聖剣使いは要所に配置し、各地のバランスをとるようにしている。
総数、10万越えの大軍だ。
俺も、つぐみも、一紗も、いわゆる非戦闘員を除く多くの人材がここに結集した。遠方過ぎて来ることができなかった軍団を除き、今、ここにかき集められるだけの最大戦力といっても過言ではないだろう。
このうち中央、つぐみの近くには俺を含めた勇者パーティーが集まっている。今はまだ大統領のそばにいるが、指示があればすぐにでも前線に駆け付ける予定だ。
不気味な膠着状態が続いた。
この魔族たちは、これまでの野蛮な奴らとは明らかに違う。こちらに全く攻撃してこないのだ。おそらくはイグナートと呼ばれる魔族の幹部によってそう命令されているのだろう。
「閣下、魔族からの使者がこちらに……」
「通せ」
伝令らしき兵士の一人が、一体の魔族を連れてきた。
魔族、ダグラス。
いつの間にかいなくなっていたと思ってはいたが、魔族側の本陣に戻っていたらしい。
「まずは此度の決戦を決断していただいたこと、深く感謝を申し上げます」
魔族、ダグラスが恭しく一礼をした。
「我が主、悪魔王イグナート様は……この地上に降り今は本陣にいます。これから人類軍と魔族軍、将兵入り乱れた大合戦となることでしょう」
「…………」
「このたびの戦、我ら魔族側は二つの約束をしましょう。究極光滅魔法をこの地で使用しないこと、そして翼をもつ魔族が空を飛ばないこと、この二つをここに宣言いたします」
……?
こいつ、何言ってるんだ? 本気で、そんな約束をしてくれるのか?
そのあまりに意味不明な約束事に、俺だけでなくつぐみもまた戸惑っているらしい。困ったような顔をしながら、ダグラスに語り掛ける。
「ダグラス殿、それはあまりに……そちらが一方的に不利なのではないか? 私たちとしては嬉しいことではあるが、何の見返りもなしにそれでは不気味と言わざるを得ない……。失礼ながらあなたの主は、一体どのような考えでそのようなハンデを受け入れたのか?」
「偉大なる主の深謀遠慮、末席に身を置く僕にはとうてい理解の及ばぬ領域です。我ら悪魔王の配下は、イグナート様の、そしてその上におわす魔王様に忠誠を誓うのみです……」
つい先日、つぐみのことをほめていたこいつのことを思い出す。
案外、このダグラス自身も納得していないのかもしれないな。悪魔王、そして魔王の理不尽な命令に。
「決戦の開始は三十分後。我らが火柱を上げて時間を告げましょう」
結局、それだけ告げてダグラスは去っていった。




