悪魔王の手紙
俺たちは魔族ダグラスを城の中へ案内した。
彼が一人で歩いていたなら、さすがに途中で近衛兵に止められていたと思う。しかし今は俺が一緒についている。特に何の抵抗もなく、城の中を進むことができた。
つぐみの部屋の前には璃々が立っていた。少し驚いた様子であったが、俺や一紗の表情を見て、何かを察したのかもしれない。すぐに部屋のつぐみへ確認を取り、中に入ることを許した。
部屋の中ではつぐみが書類に埋もれて暗い顔をしている。さっき会いに行ったときと同じだ。
「なんだ匠、戻ってきたのか? そちらの男性は?」
「…………」
すまないな、つぐみ。苦労をかける。
俺と一紗は剣を持ってこの魔族が近づかないように威嚇している。
当のダグラスは、その場で脚を動かさないままに一礼した。
「お初にお目にかかります、大統領閣下。僕の名前はダグラス。魔族です」
「……ま、魔族?」
「このたびは我が主、イグナート様より書状を授かっております。どうかお受け取りください」
「これだ」
俺はダグラスから預かっていた手紙をつぐみに渡した。
つぐみはその手紙に目を落としている。ポーカーフェースを保っているから彼女の感情を推し量ることはむずかしい。
やがて、深いため息とともに手紙から目をそらした。
「読んでくれ」
隠すような内容ではなかったらしい。俺に手紙を差し出してきた。
俺と一紗は、改めてその手紙の中身を見ることにした。
グラウス共和国大統領、赤岩つぐみへ告ぐ。
先日、首都南――ダークストン州を襲った魔法はわしの仕業である。
究極光滅魔法。
空に描いた魔法陣から閃光の矢を落とすこの魔法。その威力は絶大。一都市を短時間で滅亡させたその実力は、わしがわざわざ説明するまでもないじゃろう。
さて、ご理解いただけたかのう?
この手紙が届く頃に、わしは閣下らの上――すなわち首都上空の空におる。雲の遥か上、生身の人間が決して上ることができない位置じゃ。
わしは今、そこで魔法陣を描いておる。むろん、究極光滅魔法の……じゃ。
この手紙が届いた日より約三日後、共和国の首都に究極光滅魔法の矢が降り注ぐ。
いかに城壁を囲もうと、いかに屈強な戦士を集めようと。無駄、徒労。都市の滅亡は王国の終わりを意味し、人類は絶望に涙するじゃろう。
抗え。
死を前にし、すべての力を奮い立たせ戦え! 魔族と人間、その生死を賭けた戦いが幕を開けるのじゃ。
それがわしの望み。
二日後、わしはすべての魔法陣を完成させ地上に降り立つ。わしと、わしの配下。閣下らは全力をもってこれを撃破し、自らの生を掴み取るのじゃ。
わしが死ねば魔法陣は消える。他の魔法はそうではないのじゃが、この究極光滅魔法はそう設定した。その方が盛り上がるじゃろうて。
決戦のその日まで、ゆめゆめ英気を失わぬよう心せよ。
悪魔王イグナート。
手紙は、そこで終っていた。
俺は言葉を失った。
一紗も、息が止まっている。
つぐみは悲痛な表情で、歯を食いしばっていた。
「こ……これは本当なのか? 本当に、このイグナートという奴が、この空の上にいて……俺たちを……」
「我が主は何一つ嘘を申しておりません」
魔族、ダグラスは表情一つ変えずに首肯した。
その言葉には、寸分の揺らぎもない。
「描くのに数日かかる魔法陣なんて……。今日は雲一つない快晴だけど、この空から何も見えないが……」
「人間には見えてないだけです。僕にははっきりと見えます。今、この都市の空を覆う……魔法陣が」
脅し、である可能性がないわけじゃない。
たとえば強力な魔法はインターバルみたいなものが必要であると言う考え方だ。実は究極光滅魔法はしばらく使えない、みたいな感じなら脅しの理由としては成り立つ。
だけど、魔族たちは基本的に人間のことを舐めている。かつて迷宮宰相を名乗っていたゲオルクみたいなやつは例外だ、脅して時間稼ぎ、なんてことはやらないと思う。
ならこの手紙はなんだ?
こんな手紙をもらっても、俺たちには死に物狂いで戦うしか……道が残されてないぞ?
いや、はじめっからそれが目的なのか? 俺たちと戦いたい戦闘狂だからってことか?
それに、魔族の魔法陣は人間の目に見えないのか?
いや、そんなことはない。祭司ミゲルの魔法陣はちゃんと見えていた。見える魔法陣と見えない魔法陣がある?
「私は指定の日まで、この地にとどまり続けましょう。ご心配なく、宿は自分で用意いたします。あなた方の屋敷の位置も把握しておりますゆえ、就寝時間以外はそちらに……」
このダグラスやイグナートという魔族は、他の奴らと違って都市とか王国の正しい関係を理解している。少なくもこの近辺の地図は頭に入っていそうだ。つぐみのことを王とかじゃなくて大統領なんて呼んでるし……。
俺もこいつが翼を出すまで魔族だって気がつかなかった。単純にこの都市に溶け込むことは十分に可能だと言うことだ。
決戦の日か。
とんでもない事態になってしまった。薄々は気がついていたことだが、あの魔法はやっぱりこちらでも使われてしまうんだな。この手紙が届いてなかったら、俺たち全員間違いなく死んでた。
なら俺もこの手紙に応じて全力で戦うしかない。この都市の……一紗やりんごだけじゃなくて、一般の冒険者たちも道連れにした総力戦だ。
俺には、それしか思いつかない。
俺より頭のいいつぐみは、もっといいアイデアを思いつかないだろうか?




