魔族ダグラス
俺はつぐみへの訪問者、ダグラスを案内した。
来た道を戻っただけだ。
大通りの先にある城は、大統領であるつぐみの官邸として機能している。
大きめの門へとたどり着いた俺たち。ここを通り抜ければ、城の中だ。
目の前には門番がいる。
近衛兵の少女が二人、槍を構えて立っている。彼女たちはつぐみによって引き立てられた兵士だ。忠誠心も高く、仕事もまじめでそつなくこなす。
訪問者、ダグラスは少女たちの前に立つと、恭しく一礼をした。
「こんにちは、赤岩つぐみ大統領閣下に面会したいのですが、可能ですか?」
「申し訳ございません。閣下は多忙につき面会を制限させていただいております。事前のお約束、または紹介状をお持ちですか……」
「……持っていません。ではこの手紙を渡していただけますか? 可能であれば早急に……」
ダグラスは懐から手紙を取り出した。先ほど、俺たちに話をしていた例の手紙らしい。
「……陳情に関しては各地域の役所を通して申し上げください。個人的な手紙であればこちらでお引き受けしますが、閣下はご多忙ですので……早急にとの要望は難しいかと」
と、遠回しに断る近衛兵。
項垂れるダグラス。
ううーん、アポなし紹介状なしか。手紙も秘書とかが読んで返事かいたりするのかもしれないな……。
俺の名前を出したらすぐに渡してもらえるだろうけど、それは駄目だ。
俺はつぐみの婚約者でこの世界における勇者だ。言えば通ることも多い。でもそうやって権力や名声を乱用して何になる? 俺にその行動の責任が取れるか? 大統領の政治的な判断に介入できるだけの政治知識を持っているか?
つぐみは大変な仕事をしている。それを俺が身内だからとか、勇者だからだとか言って捻じ曲げてはいけない。
「どうすんのよ? 助ける?」
「……後でな」
一紗と二人で、そんな話を小声でする。
不憫な人だ。後でフォローしてあげよう。その主っていうのは、偉い人なんだろうか? 内容によっては、俺が手伝えないこともない……。
やがて、ダグラスは考えをまとめたようで……顔を上げた。
「やれやれ、仕方ありませんね。人間という種族は、手紙一つも満足に受け取れないとは……」
瞬間、突風が吹きつけた。
雲も風もないこの空において、それはまさしく晴天の霹靂だった。俺も、一紗も、そして近くにいた近衛兵二人も、突然のことに思わず体勢を崩してしまいそうになる。
目をゆっくりと開けると、執事服の男……ダグラスの姿が変化しているのに気がついた。
背中に、翼?
まるでコウモリのような黒い翼が、背中から生えている。鳥みたいに羽根が生えていないそれは、いかにも悪魔風で綺麗とは言えない。
「失礼いたします」
そう言って、ダグラスは跳躍した。
空を舞う力が加算されたそのジャンプは、ゆうに5mは超えるであろう城の門をやすやすと飛び越える。
「…………」
人間じゃない。魔法もスキルもなく、人間はこんなことをできない。
……魔族っ!
「通してくれっ!」
「通してっ!」
あっけにとられた近衛兵たちを無視して、俺と一紗は門の中へと入った。
糞っ、まさかあいつが魔族だったなんて! いや分かるわけないだろ! 俺に会ったのはわざとか? いや、声をかけなければきっとすれ違ったままだったぞあれは。
ぐるぐるといろいろな考えをまとめる前に、俺はダグラスに追いついた。
「おや……」
魔族、ダクラスは俺の気配を察したのか、後ろを振り返った。彼は走ろうともせず、普通に城の中へと向かっているだけだった。
先ほどまで出していた翼もなくなっている。それさえなくなれば、彼はただの清潔感のある身なりをした青年だ。この城まで誰かの使いで来た、といっても全く不思議ではないほどに。
「ああ、あなたが勇者下条匠……と長部一紗だったのですか。これは失念していました」
俺と一紗が構えている剣を見て、ダグラスは俺たちの正体を察したのだろう。
「あたしたちのことを知ってるの?」
「結晶宮殿に訪れた人間は、あなたと下条匠だけですよ。知らない者はよほどの嫌われ者か、知能の低い魔族だけかと」
有名人ってわけか。
あの闘技場っぽい場所にいた魔族なら、顔も覚えられてるだろうしな。こいつはあの場にはいなかったようだけど、それでも人づてで知ったということか。
「大統領を暗殺しに来たのか? 姑息な手を使う魔族だな……」
「失礼ながら誤解されているようで……。僕は主の命に従い手紙を届けにきただけ。あなた方が僕の邪魔さえしなければ、それ以上の予定はありません」
「本当か?」
「このように脆弱な力を持たない者ばかりの城で、暴れて何の意味があるのですか? 僕は主の手紙を届けたいだけ。今からでもよいですから、僕に暴れて欲しくないのであれば……赤岩つぐみに取り次いでいただけますか?」
暴れない?
争わない?
予想外の言葉に、俺は思わず力が抜けてしまった。
……どうする? こいつは魔族だ、俺たちの敵だ。素直に……従っていいのか?
わずかな躊躇の後、俺は決断を下した。
「いいだろう。だけどその手紙は俺が預かる。それでもいいか?」
「全く問題ありません。しかし彼女に届けるその瞬間まで、あなたを監視させていただきます。どうかご理解を……」
暴れない、と彼は言っているが、あくまで本人の主張だ。魔族ほどの実力があれば、すぐに反故にしてつぐみを殺すことができる。
現状、こいつの意見に従うのがもっとも安全そうだが、つぐみのそばに近づけるのは良くない。間に俺や一紗が入って、大統領を守ろう。
俺と一紗、加えてダグラスは、城の奥へと進んでいった。




