待機命令
大統領官邸、執務室にて。
夜が明けて早々、俺たちは元王城――大統領官邸へと移動した。もちろん、魔族たちに関する一件を報告するためだ。
別に屋敷で話をしても良かったのだが、つぐみがここで話をすることにこだわった。
どうも、ここでこうして報告を受けた風な体裁を整えた方が、国民受けするらしい。
そういう仕事してますアピールに付き合わされるのはなんだかなぁと思いながら、よく考えてみればその方が国の人たちだって魔族対策頑張ってるように見えて安心できるわけで。
それに、あの時は俺たち帰ったばっかりで疲れてたからな。
素直に協力することにした。
大統領って大変だな。
……なんて、あまり他人事みたいには言えないよな。俺だって鈴菜の一件でそれなりに名の通っている勇者だ。このご時世に遊んでたら、きっといろんな人から非難されると思う。
さて、主要なメンバーはそろったし、そろそろ報告をするか。
「まずは――」
俺はこれまでの経緯を説明した。
俺たちがここをたったあと、情報のあった転移門へと向かったこと。
迷宮の中で地上へと向かう魔族の大群に出会ったこと。
俺がトラップにかかり、雫を巻き添えにして別の場所へ飛ばされたこと。
その後なんとかして戻ったら、地上が魔族で溢れ返っていたこと。
以上。
まあ、ここは正規の報告だしな。余計なことは言わなくていいだろ。俺と雫のこととか。
「あたしとりんごは匠と別れてから、すぐに地上に戻ったわ。魔族がいっぱいいたから、すぐに村に戻って避難を誘導したわ。そのあとは……」
俺、そして別視点からの一紗の報告。どれをとっても魔族魔族魔族。
「ではやはり、魔族たちが地上に出ていると? それも多数、あるいは……ほとんど全員?」
「それに関してはもう疑いの余地はないと思う。目的は良く分からないけど、俺は襲われたし……危険なことは間違いない」
「なんてことだ……」
つぐみは頭を抱えた。俺と違ってこの国、国民のすべてを思いやらなければならない大統領という職務に就く彼女。その心労は測り知れない。
「すでにアスキス神聖国、マルクト王国からも似たような報告が集まっている。散発的ではあるが、北東部の小さな村々から避難民も。いずれも魔族によるものだ。今はまだ辺境の地の小さな小さな事件ですんでいるが……あるいはこれから……」
「正直なところ、魔族たちに人類殲滅とか強い意志は感じなかった、戦いたい、とか戦闘狂な奴が多いって印象だ。……もっとも、それにしたって今回の大侵攻は異常だと思うけどな。魔王とか、大幹部的な奴の命令があるんじゃないかと思う」
「いずれ大戦は避けられない、か」
大戦、か。
人と魔。その生存をかけた戦いということか。
「匠はしばらく勇者の屋敷で待機をしていてくれ。私も、この都市の住民も、それが一番安心だ」
このグラウス共和国で一番人口が多く、行政の中枢であるのは言うまでもなくここ――首都だ。
この地を守りたいというつぐみの主張は理解できる。
待機、か。
「ずっとここに待機してるのか? 他の村や町を助けなくていいのか? このまま待っていても、何の解決にも……」
「まずは情報を集めることが先決だ。どこにいるかもわからない魔族たちを、走って探し回るなんて無謀すぎる」
むむ……確かに。
少し軽率だったか。
「鈴菜、例の結界装置は完成しそうか?」
は?
「え、なにその結界装置って。この首都、バリアか何かで覆われたりするのか?」
「僕が提案した電気柵のようなものだ。光精霊を応用して、首都を覆う防壁に電流の流れる金網を設置する」
触ったら電流が流れて感電します、的な? なんか魔法っぽさが半減してしまったが、威力的には十分だ。
でも、それもせいぜい光魔法レベルの攻撃だ。魔物を倒したり魔族を怯ますことはできても、倒すことは難しいだろう。
「その鈴菜の設備はかなりの力にはなると思うけど、魔族相手には少し物足りないだろうな。まあ、それを俺が補えばいいだけの話だけど」
「現状を近衛隊だけでしのぐのはあまりに心もとない。近く中央に一部の軍団を呼び戻す必要がありそうだ。匠が魔族たちを倒しに行くのは、こちらの防御が整ってからでも遅くない」
「……ごめんなさい」
甲冑処女、璃々が申し訳なさそうに謝った。彼女が悪いわけではない。近衛隊とは雇用対策が優先された、治安維持用の警察官みたいな役割なのだ。こんな強い魔族を相手にすることなど、想定されていない。
「匠、一紗、それから他の勇者メンバーも、これからはしばらく迷宮に潜らないで欲しい」
迷宮から戻ったら屋敷がなくなってました、なんて悲しすぎるからな。それは適切な判断だと思う。
こうして、俺は勇者の屋敷で過ごすことになった。
といっても魔族の侵入を警戒しながらの滞在だ。気を抜くことは許されないと思う。
俺は自らを襲ってきた魔族のことを思い出す。
あれは、本気だった。俺が弱かったら、あるいはあの精霊っぽい白い女の子が助けてくれなかったら、間違いなく死んでいた。
そんな結末は、絶対に起こってはならないのに。
油断はできない。
俺は守るんだ。自分自身を、そして、こんな俺についてきてくれた。彼女たちを。




