重なる心
その後、俺たちは〈操心術〉にかかったつぐみの取り巻きたちを拘束した。
つぐみは牢獄に捕らわれていた。どうやら、操られた少女兵士たちに拘束されてしまったらしい。フェリクス公爵のクーデターは目前だったということか。
公爵は旧王族たちが追放された地域へと逃亡した。あそこはこちらから手を出しにくいうえ、また魔族と敵対することになったら厄介だ。しばらくは放置、ということになった。
あまり根本的な解決には至っていなかったが、とりあえず当面の危機は過ぎ去った。
だが、差し迫った問題が残っている。
グラウス共和国官邸、会議室にて。
俺はつぐみに呼ばれてここにやってきた。
机は左右に分けられ、それぞれ人が座っている。大統領であるつぐみが配下におく大臣と、彼女の取り巻きである兵士たちだ。
中央には青ざめた顔をした身なりの良い男が立っていた。貴族か?
「例の件だよな?」
「ここに座れ」
どうやら俺の分の席も用意されていたらしい。いつも呼ばれるときは証人喚問みたいな感じで嫌な気分だったが、今回は安心できそうだ。
一刻も早く解決すべき事。
それは〈操心術〉で操られた乃蒼とつぐみの取り巻きたちを、元に戻すこと。
彼女たちは監視付きで城の一室に軟禁された。反抗的だったつぐみの取り巻きはもとより、俺に従順に見える乃蒼だってどんな命令をされているか分からない。
俺が空いてる席に座ると同時に、つぐみが声を上げた。
「旧貴族、ダグラス伯爵」
びくんと、と震える伯爵。俺を含め周囲全員を敵で覆われているこの状況だ。緊張しないはずがない。
それはまるで罪人を裁く裁判のようだった。
「この男が持つ異世界人固有スキル、〈操心術〉について詳しく教えろ」
「そ、それは爵位を持つものの中で王に近い者だけが知り得る事。王弟フェリクス公爵であればともかく、私のような卑賤の伯爵が存じ上げることではありません」
蒼い顔の男が必死に弁明を試みている。だが、口だけでここにいる者たちを納得させることは不可能だ。
「知らなければ死刑、隠せば惨たらしい死刑、知っていて話せば監獄で強制労働。私は嘘をつかないから、無罪などと言う優しい言葉は言わないぞ」
この女はやる。それは、貴族として迫害を受けてきたこの伯爵が最も良く知っていること。
伯爵は蒼い顔をしたまま黙り込んでいる。
「…………」
「……残念だ。連れていけ。まずはこの男を拷問し、真実を吐かせ――」
「ひ、ひぃ、待て、分かった話す! 話すから殺さないでくれっ!」
それほど気の強い男に見えなかったが、やはりすぐ音をあげてしまったか。
伯爵が腕を振るうと、宙にステータスウインドウのような半透明な板が出現した。
あれは、俺が最初にこの世界へやって来たときに賢者っぽい奴が見てた、ステータス見る画面か?
「い、異世界人の持つ能力はすべてここに記されている」
そう言って、伯爵はその半透明な画面を俺に投げつけてきた。
・〈操心術〉
使用者が手をかざし、相手に言葉を語り掛けることによって発動する。
声が届くこと、および使用者の手が相手へと向いていることが必須。障害物は効果範囲に限り全く関係ない。
効果は永続。
同種、あるいは相反する命令は上書きされ、前の命令から消される。
動物など知性を持たない生き物には通用しない。
命令状態を解除するには、『消去』と命令する。
「……」
なるほどな。
フェリクス公爵は俺の前にいなかったから〈操心術〉の影響を受けなかった。ウサギは動物だから効かなくて当然。『俺に従え』は『公爵に従え』で上書き。そして効果は永続だから、一度かければもう公爵の操り人形だ。
これまでのことを思い出しても、ここに書かれている内容は正しいと判断できる。
俺は透明な板をつぐみに渡した。彼女は一通りその内容を確認すると、改めて伯爵へと向き直った。
「つまりこの男に『消去』と命令させれば、問題なく洗脳が解けるというわけか」
「ま、待て。スキルを扱うには特殊なバッジが必要だ。わ、私も一個だけであるが持っている。こ、これだ」
伯爵は懐から一個のバッジを取り出した。俺が公爵とスキルの練習をしていた時、いつも身に着けていたものだ。
「本当だろうな? 他に持っていないのか?」
「ほ、本当だ。このバッジを作れるのは、王族と賢者だけ。私でさえ、保身のため一つ恵んでもらうのが精いっぱいだった」
おそらく嘘はついてないと思う。こんなところで俺たちを騙せば死刑は確定だからな。
つぐみは緑のバッジを俺に投げつけた。
「いいのか? 俺のことを警戒してたんじゃないのか?」
「今回の件で私は反省した。反乱の件について事実無根であると理解している。同じ失敗は繰り返さない。貴様の監視は一紗で十分だ」
黒幕フェリクスがいなくなり、俺とつぐみは仲良く和解……というわけにはいかない。
そもそも勇者の屋敷を焼いた件に公爵は全く関係ない。あれはつぐみの独断だ。つまりもともと、俺と彼女は仲違いする運命だったということ。
俺たちのわだかまりがすべて消え去ったわけではない。
でも、つぐみは前のように『死刑』とか『裁判にかける』とは言わなくなった。それは一歩前進だと思う。
「乃蒼の部屋は知ってるが、他の奴等はどこにいるんだ?」
「近くの部屋だ。案内を付けよう。おい、誰か……」
俺たちは互いを許さない。
だけど、そこに昔のような悪意は存在しなかった。
俺はすぐさま乃蒼たちを元に戻した。
フェリクス公爵にも聞いた話だが、このバッジは使用して一日たつと砕けてなくなってしまうらしい。悪さをするなら今ではあるが、さすがに今回そんな気力も勇気も残っていなかった。
乃蒼の手を引いて、俺は自分の部屋まで戻ってきた。
「ご、ごめんなさい」
開口一番に、乃蒼が謝ってきた。
「また、迷惑かけちゃって」
「俺の方こそ、公爵との争いに巻き込んですまなかった。まさかあの人があんなに悪人だなんて……」
今思い出すだけでもはらわたが煮えくり返る。つぐみの取り巻きを操り、彼女を失脚させようとしたこと。不注意から少女兵士を一人死なせてしまったこと。そして、その件で意気消沈している俺を焚きつけるために、乃蒼を抱かせようとしたこと。
「乃蒼にあんなことさせるなんて、ホント屑だよな。あのさ、俺本人がこんな話するのおかしいかもしれないけど、トラウマとかそういうのになってないよな? 俺と話すのが苦痛だとか、あの時のことを思い出すと震えが止まらないとか、そういうことがあるなら……俺は……」
言葉は、最後まで続かなかった。
乃蒼は俺の手を握ったからだ。
「下条君は、何も悪くない……よ」
「でも、俺、あの時興奮してて、ベッドに無理やり押し倒したり……その……」
「嫌じゃなかったよ」
「え……?」
今、何て言った?
「私、恥ずかしがり屋だから、あの時みたいに、え、エッチなことして誘ったりとかできないけど、嫌じゃない、よ」
なんてことだ。
乃蒼は操られていた。それは悲しいけど事実だ。
でも、操られていたからって嘘をつくとは限らない。そもそも公爵は、何もかも事細かに命令していたわけではないと思う。俺を誘えとか、抱いてもらえとか、せいぜいその程度。それまでの会話の内容を一言一句命令するなんて、どう考えても手間がかかりすぎる。
あの日の告白は、嘘じゃなかった?
「う、嬉しかったから。だから、この前の、続き……を…………あぅ」
乃蒼は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。それ以上はとても口には出せないらしい。
けど俺にとってはそれで十分だった。
あの乃蒼が、ここまで言ってくれたんだ。
俺は大馬鹿だ。彼女の気持ちをまったくわかっていなかった。
「……悪かったな、恥をかかせたみたいで」
そっとキスを交わす。
「……んっ!」
ずっと、こうなることを望んでいたんだと思う。あの教室で、互いに短い言葉を交わしながら過ごしていたあの時から。
こうして、俺たちは…………。
※この二人は18歳以上だよ。
異世界に来てしばらく時間たってるから、時々制服着てるけど18歳以上だよ。
っていうか最初のいた教室は高校じゃなくて学園ね。
制服着てたり授業あるけど、これみんな学園ね。
資格試験の勉強してるのかな?(すっとぼけ)