拠点の町
俺たちは軍人の先導に従い、森の中へ入った。
地元民ということもあり、彼の示したルートは的確だった。目につきにくい木陰、岩陰、洞窟など、様々な自然の造形物を駆使しつつの移動。それでも時々魔族が目に留まったが、ついぞ顔を合わせることはなかった。
そして、俺たちは目的地へとたどり着いた。
例の村から東方に位置するそこは、あそこよりも規模が大きい。いくつもの家が乱立し、商店や鍛冶屋のような建物まで存在する。
町の周囲、そして内部のいたるところで兵士が歩いている。どうやら、この地を防衛の要として、近隣の村人たちを集めているらしい。
兵士が集まって魔族の大群に勝てるかどうかは微妙なところだ。しかし偵察、避難、防衛という意味ではこの集まり方が最も適当だと思う。俺のような聖剣・魔剣使いが手を貸すならなおさらだ。
そして、俺は一紗たちと再会した。
とある大通りの宿屋。そのロビーで、満身創痍と言った様子の一紗とりんごが話をしていた。
「匠っ!」
「たっくんっ!」
二人は俺を見つけると、すぐに駆け寄ってきた。
「……馬鹿、心配したわよ」
「俺のミスでこんなことになって……。雫にも迷惑をかけたし、すまなかったと思ってる」
「まったくだ、もっと反省しろ」
そう言って雫が俺の背中にナイフをチクチクと当てる。
こいつ……例の件一紗に暴露してやろうかな?
「しずしずぅ」
りんごが雫を抱きしめた。
「ふええええ、心配したんだよ」
「りんご、暑苦しいから離れて」
「うええええええええん」
りんごが盛大に泣き出した。
まあ、この状況なら死んだかもしれないと思っただろうな。雫、りんごのためにもしばらく付き合ってやってくれ。
「俺たちと別れた後のこと、詳しく聞かせてもらえるか?」
「あの辺、魔族ばっかりだった。あたしたちは隠れながら村へ戻って、村人たちを避難させたわ。怪我した人もいるけど、全員命は無事よ」
「それは良かった……」
一紗どころか、村人たち全員逃がせたわけか。
一紗の話を聞いていて、思ったことがある。
「思いの他魔族たちの動きが鈍いな。かなりの数、外に出ているはずなのに、全員逃がせたなんて……奇跡といえば聞こえはいいけど、ご都合主義過ぎて嫌な感じがする。俺は襲われたし、敵意がないわけじゃないとは思うんだけど、あいつらやっぱり道に迷ってるのか?」
「あたしもそう思うわ。この辺りは森や山ばっかりで、道もわかりにくいし」
「……でもさ、魔王は地上にいたんだぞ? フェリクス公爵と合流して、ちゃんと奴らの居住区までたどり着いてる。俺と戦ってた時に公爵を助けた魔族だっている。魔王や他の魔族たちの情報が、向こうには伝わってないのか?」
「魔王死んだから、その辺の情報が残ってないんじゃないの?」
「…………」
むむむ……。
確かに魔王は死んだ。そのせいで指揮系統が混乱して、今の状況に陥ってるとしたら……辻褄は合うか?
うーん、この場で考えて解決できる話ではないか。不気味だけど、俺たちが今どうこうできる問題じゃない。
「つぐみに話さないと駄目ね。今後の事も含めて」
「帰るのか? ここにいる人たちは、俺たちがいなくても大丈夫か?」
「……聖剣・魔剣使いの話は知ってるわよね? あの人たちが今、ここに来てるのよ」
聖剣・魔剣。
かつて貴族たちが独占していた聖剣と魔剣は、つぐみによって多くの軍人、市民へと流れた。この中にはある程度適正を持つ者もおり、彼らは対魔族・対敵国の切り札として軍で養成されていた。
徐々にではあるが、聖剣・魔剣を持つ人間が増えていたということだ。
もっとも、俺や一紗と違ってほとんどが素人同然で、適性もそれほど高くない。実戦経験は少ないだろうし、魔族と戦ったことのある人間なんて皆無。
国も貴重な魔剣・聖剣使用者を丁重に扱っている。魔族との戦いで死にました、じゃあ済まされないからな。
不安は残るが、それはここだけじゃなくて首都も同様だ。そういった国家的な判断は、やはり大統領であるつぐみに伺いを立てた方がいい。
屋敷の乃蒼が襲われた、なんてことはないと思うけど、万が一もあるからな。
「……ともかく、今後の事を決めるためにも、俺たちはいったん首都に戻る必要があるな。わかった、後のことはこの町の人たちに任せて、俺たちは一旦引き揚げようか」
「そうしましょう」
こうして、俺たちは首都へ戻ることとなった。
――夜。
俺は宿屋に泊まっていた。
明日にはここを出発し、官邸のある首都へと戻る。今日まで必死に走ってきたのに、また重労働と思うと気が重い。しかしこれからのことを考えると、急がなければならないのは明白。
それでも、午後は心配になって街中を見回ったりしていた。訓練する兵士たちの様子を見て、気休めではあるが安心してしまった。
そんなわけで、今はとにかくくたくただ。さっさと風呂に入って寝ることにしよう。
そう思って大浴場へ向かおうとした俺だったが、ドアからノックする音が聞こえてきたので足を止める。
「あたしー」
「一紗か」
一紗が部屋に入ってきた。
俺まだ入っていいとか悪いとは言ってないんだが、勝手な奴だな。
一紗はいつもの制服姿ではなく、パーカーとスカートを身に着けたラフな格好だった。ふらふらー、っと部屋の中央にやってきた彼女は、そのままベッドに座りこんだ。
要するに俺の隣だ。
「どした? 明日の相談か」
「……あんたと雫がさ、死んだかと思ったわ」
……死んだ、か。
確かに、罠にかかったし時間もかかったし魔族もいたし、普通に考えたら俺と雫、死んでてもおかしくないよな。
「やめてよね。大切な人が死ぬなんて、もう……考えたくもないわ」
「一紗……」
一紗……。
かつて恋人である優を失ったと思い込み、自暴自棄になっていた彼女を思い出す。俺が死んでも、似たようなことになってしまうのだろうか?
「ねえ匠、今、疲れてるかしら?」
「そこそこにな? どうした? 俺に何かお使いでも頼みたいのか? 悪いが何かの買い出しなら自分で行って――」
一紗が俺の肩に体重を預けてきた。彼女の金髪が、俺の首元を優しく撫でている。
「今日、いっぱいあんたのこと心配したわ。分かるでしょ? 寂しかった、苦しかった……」
「一紗……」
「雫とりんごは、もう寝たわ。二人っきりよ」
俺たちは、ひかれあうようにキスをした。
唇を放すと、恍惚とした表情の一紗が目の前にいた。彼女の柔らかい手が、ゆっくりと俺のベルトを外していく。
カチャカチャと無機質な金属音が響く。その音と、俺と一紗の吐息以外何も聞こえない。
一紗はゆっくりと俺の腰元に唇を這わせ、そして――
「……んっ」
途方もない快感が、俺の全身を駆け抜けた。
「ふふ……何今の声。キモイわよ」
「うっせ、お前が下手だからだろ」
「強がっちゃって。変に我慢しなくていいわよ。鍵、かけといたから」
俺は一紗のなすがまま、されるがままに快楽を貪っていた。
だが……その心地よい時間は……唐突に終わりを迎えてしまう。
「痛っ!」
不意に、敏感なところに鈍痛が走った。
「痛っ! おい一紗、歯、歯が当たって」
「ねえ」
それは、何と言ったらいいのだろうか。
たとえるなら気迫、殺気、怒り。氷のように冷たい冷気が、腰元に頭を寄せている一紗から発せられているような気がした。仮に漫画っぽく描写するとしたら、背景に『ゴゴゴゴゴゴゴ』とかいう擬音がでるようなそんな雰囲気。
「これ」
そう言って、一紗は指を俺の前に突き出した。
何かをつまむようにしているその親指と人差し指の間には……綺麗な綺麗が一本の銀髪が……。
「…………」
一紗が、こちらを見上げて笑っている。冷たい笑みだ。
「…………」
俺、死んだ……。




