言わないで……欲しいんだ
グラウス共和国、とある村の空き家にて。
俺と雫は、結ばれた。
朝日と暖かな空気に促され、俺はゆっくりと目を覚ました。ふわふわとマシュマロが詰まっているような頭を働かせ、上半身を起こす。
ベッド隣のドレッサー前に、乱れた髪を整える雫がいた。どうやら俺よりも早く起きていたらしく、下着どころか上着まで完全に身に着けている。
リボンで髪を留めている最中だ。
「おはよ、雫。早いな」
「おはよう」
「……お前とこんなことになるとは、思ってなかった」
「っっっっ!」
雫が近くにあったクッションを投げつけてきた。
ぽふん、と柔らかい感触とともに俺の顔面にヒットする。この硬さで痛いとか怪我とかそんなことは全くないが、不意を突かれたためかなりびっくりした。
「知らない!」
「知らないって、昨日あんなに俺に抱き着いて……」
「そっ、そんなの知らない! お、お前は変な夢を見てたんだ! 忘れろ!」
……? 恥ずかしがってるのか? ……あんなに愛し合ったのに。
仕方ない奴だな。
「わかったわかった。俺は変な夢を見てた。何も知らない、何も覚えてない。これでいいか?」
「あ……」
不意に、雫が俺の肩を小突いた。
「そ、その、私たちは結ばれた。それは……その、夢じゃない」
指をもじもじとさせながら、そんなことを言う雫。
こいつ……かわいい奴だな。
りんごとか一紗とか、雫のことお気に入りの人形か何かみたいに愛でてたし。俺も一緒になって雫の服を着せたり髪を結んであげたり……。なんて、ちょっと変態っぽいなそれ。
昨日のことは話題にして欲しくないらしい。あまり具体的な発言は控えるようにしよう。
「……、と、ところで、お前に言っておきたい……、あ、いや、お願いしたいことがある」
「お願いって、なんだ雫? そんなこと言うなんて珍しいな」
いつも命令口調なのに。
「言わないで……欲しいんだ」
「言わないでって、俺たちの関係をか? 他人に?」
こくり、とうなづく雫。
つまり誰にも漏らさずこの関係を続けたいと? それは……。
「前に、誤解だったけど浮気を疑われて少し騒がれたことがある。悪いけど俺は、皆に黙って……」
「そ、そんな、お前と秘密の不倫をしたいとか、そういう意味じゃない。ただ、その、他の奴らみたいにお前の屋敷に行って、挨拶とかして、一緒に暮らすのは……その……」
「…………」
まあ、分からなくもない。
優を好きだった一紗が俺のことを好きになった。そのあとで雫が俺と結ばれる。NTRではないけど、どう顔を合わせていいか戸惑う場面だ。『一緒の人を好きになってよかったね』とはならないだろうなきっと。
それにこいつ、俺やりんごたち以外と話してるとこ見たことないし。きっとこのまま屋敷に連れてっても、上手く適応できない気がする。
乃蒼はともかく、つぐみや璃々とちゃんと話ができるのだろうか?
自分の部屋に引きこもって出てこない、なんてことになったら申し訳ない。
「わかった、一紗には言わないでおく。ただ乃蒼には話をさせてくれ。これは俺なりの……ハーレムに対する誠意なんだ」
「……それは許す」
許すって、なんか上から目線だな。いやまあ、いいんだけどね。
「まあ俺さ、こうなることは予想してなかったけど、割と満足してるよ。雫さ、見た目かわいいし、悪い奴じゃないって知ってるからな。これから、よろしくな」
「おおおおお、お前が私の魅力に悩殺されるのは仕方ないことだ! か、かわいいとか当たり前なことを言うな!」
ちょ、ちょっと雫さん。そんな見るからに嬉しそうにされると、俺の方も照れてしまうんだが……。
雫は顔を真っ赤にしながら、窓の外に目線を逸らした。
「……そ、それよりお前。いつまで裸でいるつもりだ。さっさと着替えろ。あまり見苦しい姿を私に晒すな」
「昨日あんなに……」
「…………」
雫が無言のまま、太もものホルスターから護身用のナイフを抜き取った。その目つき、気迫、そして殺気は明らかに俺を殺しに来ている。
俺はそれ以上何も言わず、服を着ることにした。
「……結局、魔族たちは来なかったな。奴らは何しに地上に来たんだ? 人間を殺すため? 強い奴と戦うため? 地上に自分たちの土地が欲しくなったとか? これだけの大移動だ。何か命令されてるのは間違いないと思うんだけど、聞けば答えてくれるような関係でもないし。雫はどう思う?」
「それを私に聞かれても困る。とりあえず今は、一紗たちと合流することが最優先だ」
だろうな。
俺たちは着替え終わり、準備万端だ。本音を言うと水浴びをしたいところだが、この雰囲気でわがままは言いにくい。どうせこれから森の中走ってたら汚れるだろうし、多少の身だしなみは無視してでも進むべきか。
椅子にたてかけてあった聖剣を握り、一歩を踏み出そうとしたちょうどその時。
……家畜の鳴き声が、聞こえた。
俺たちがここにやってくるときも、家畜たちの鳴き声に出迎えられた、村人以外の異邦人には激しく反応するらしい。
家の中にいる俺たちは除外して、新たな来訪者がやってきた……ということだ。
「……行くぞ」
こくり、とうなづく雫。
俺たちは窓の近くに駆け寄り、すぐさま外の様子を確認した。
「人間?」
そこには、簡素な軍人風の鎧を身に着けた男が立っていた。俺たちと顔見知りでないのは確かだが、鎧を身に着けてるし何より一人だ。
鎧を身に着けているからおそらくは人間。仮に奴が魔族だったとしても、一体なら対応もしやすい。
「匠様! 雫様!」
男が名前を呼んだので、俺たちは窓から外に出た。
あまり叫ばれて魔族が集まってきたら厄介だ。そして彼が俺たちの味方であるというのは、もう間違いないだろう。
家の前に立っていた男は、俺たちの姿を確認するとすぐに駆け寄ってきた。
「グラウス共和国の軍人か?」
「はっ、第三軍所属の兵士であります。この村の出身であるため、捜索に駆り出されました」
きりっ、と敬礼する軍人。近衛隊とは違い、かなり訓練されている空気を感じる。
「すでに村人、勇者様方は別の村に移動しています。比較的安全なルートを案内しますので、どうかこちらに……」
「わかった」
一紗たちはやっぱり無事だったか。
良かった。
俺がいないせいで全滅、なんてことにはならなかったようだ。
この軍人にも、苦労をかけたな。森は広いと言っても、魔族たちと遭遇すれば一環の終わりだ。命を賭して、俺たちを探し当ててくれたと言ってもいい。
軍人の先導に従い、俺たちは再び森の中へ駆けて行った。
【作者:ブクマ乞いの舞】
三 <〇> ヘ〇ヘ <オネガイシャアアアス!
三 | |∧
_| ̄|〇 三 // /




