雫との夜
夜。
日は沈み、田舎の村は暗闇に包まれた。
俺たちがこの空き家にたどり着いて、すでに二時間程度が経過している。しかしこれまで、人間も魔族もどちらも訪れることがなかった。
完全に、無人だ。
俺たちはこの家で一泊する。
のだが……。
「…………」
なぜこんなことになったのだろうか? と、俺は自問自答を繰り返していた。
目の前には雫がいる。向かい合って座ってるとか、何となく目が合ったとかそんなレベルじゃない。目を瞑り、そのまつげが触れ合うほどに近づいている彼女と俺は、一緒のベッドで寝ていた。
ベッドは一つしかなかったからだ。どうやらこの家は、一人暮らしだったらしい。
俺と雫はどちらがこのベッドで寝るか言い争った。俺は女の子を床で寝かせるなんて嫌だったし、雫はこれまでの戦闘を鑑みて、俺がゆっくり休むべきだと言った。
議論は延々と続くかに思われた。しかし、こんなことで体力をすり減らしていては、後々の行動に支障が出てしまう。妥協案として、二人でベッドに入ることになったんだ。
まあ冷静になってみれば、ここを出て別の家を探せばよかったのかもしれない。ただここは村の中心に位置する場所のため、立地的には一番魔族に襲われにくいという利点を持つ。なるべくここで寝たかった、というのが俺の正直な感想だ。
ブレザーを脱いだ雫は、飾り気のないシャツに下着だけを身に着けた格好でベッドの中に潜り込んでいる。目は瞑っているから寝ようとしているのだと思うが、寝息をたてているようには見えない。
そんな雫を前にして俺は……寝れるはずもなく。
こいつ、すっげーいい匂いがする。
いや、魔族に追われて緊迫した状況であるのは理解している。本来であれば体を震わせながら、緊張して臨戦態勢を取るべきだ。でもなんか柑橘系? のいい匂いするし……。
俺はあんまりこういうことは言いたくないが、雫はかわいい。黙ってればめっちゃかわいいわけ。そいつが俺の胸に頭を摺り寄せながら寝ようとしているわけで。
「……ん」
無防備な雫が、寝苦し気に体を震わせた。その動きの一つ一つが、肌を触れ合う俺に伝わっていく。
あ……ヤバイ。もう駄目。
俺の理性が崩壊しそう。雫かわいいし、密着しすぎだし、こんなの……。体が反応しちゃうし……。
悶々と雫のことを考えていた俺は、唐突にその視線に気がついた。
ぼんやりと上目遣いでこちらを見上げる雫だ。
彼女は目線をそのままに、ゆっくりとその口を開いた。
「お、お前、私で……興奮してるのか?」
うああああああああああああああああああっ!
ちょ、ちょっと待ってほしい。これは恥ずかしい。俺が雫に欲情していることがばれてしまった。
いやいやいや、だって当然だろ。こんな薄着の美少女とベッドの中で一緒に寝てるんだぜ? 健全な男子だったら、誰だってこうなるさ。
「お、俺だって、男だからなっ! 反応するところは反応するっ!」
俺は開き直った。熱くなった物的証拠が存在するこの状況で、一体どうやって言い逃れをすればいいのだろうか? そんなことはできるはずがない。
正直に話すしか、ないだろ。
俺は雫に背を向けるようにして距離を取った。ベッドの一番隅に縮こまりながら、自問自答する。
少しリスクはあるが、隣の家に移動するべきか? いや、むしろ二人ともが床に寝るという手も。
などといろいろなことを考えていたら、ふと、背中に温かい暖かいものが触れた。
雫だ。
彼女の柔らかい手が、俺の手に触れていた。
「お前、前に私のお尻触ってたよな? そ……そういうの好きなのか?」
そう言って、雫は俺の右手をそっと自分のふとももに近づけた。
彼女の脚に触れると、かつて迷宮で背負っていた時のことを思い出す。
幼げな体つきではあるが、柔らかく、そしてその匂いが俺の思考をかき乱した。
「……止めろ。これ以上は、冗談にならない……」
俺はそう警告した。
そう、冗談にならない。
はっきり言って、今の俺は導火線に火が付きかけの爆弾だ。すぐ暴走してもおかしくないし、このまま流れて雫を抱きしめればきっと気持ち良くなれると思う。
だが、それを彼女が許すだろうか? あんなに俺のことを罵り、下僕だとか犬野郎とか罵っていたのに。
彼女の気持ちを踏みにじって、欲望に身を任せてはいけない。
そう、努めて冷静になろうとしていた俺に――
「私は……お前のことが好きだ」
雫は、そう言った。
俺は固まった。
「やっと、分かった」
「雫、お前……」
知らなかった。
雫がこんなこと考えてただなんて、全然。
「……え、なんで? あんなに俺の悪口言ってたのに」
「う、うるさい! 私だって女の子だぞ。話をして、助けられて、守られて……惚れることだって……ある」
「……い、言いにくいんだけどな雫。俺、屋敷に五人の婚約者がいて……あ、一紗もこんなか入ってるんだけどな。あ、ああ、軽蔑したかもしれないな。でも俺たちは互いの同意があって今の関係にある。い、今だから言うけどさ、雫すげーかわいいと思うよ。こんな糞ハーレム男と付き合うよりさ、他の奴探した方がいいんじゃないか?」
「私はっ! お前が好きなんだ! 一紗も他の女も関係ないっ!」
雫は無地のシャツを脱いで、下着姿になる。羞恥に染まった顔のまま、凹凸のない未発達な体を両手で隠している。
「……こういう時、男ならどうする? 言わせるな」
目の前に、下着姿の銀髪美少女。
ベッドの中で二人っきり。
もう、俺を阻むものは何もなかった。
「……愛してる」
その夜、俺たちは……。




