外にいた魔族
太陽の光が目に刺さった。
ここは転移門の入り口、すなわち地上。約一日の時を経て、俺たちは元の場所へと戻ってきたのだ。
「やれやれ、お前のミスでとんだ災難だったぞ。くっくっくっ、一体どうやってこの償いを……」
「しっ」
調子よく軽口を叩いている雫の口を、俺は手でふさいだ。彼女を抱き寄せ、余計な動きを封じる。
雫は後ろにいたから気がつかなかったようだが、前方に魔族がいる。ここ、転移門の出口をしばらく進んだ先、すなわち洞窟前の森と小道のあたり。
その数は、三体。
赤い鱗を身にまとった、トカゲのような魔族。
白い毛皮を身に着けた、クマのような魔族。
黒い外套を身に着けた、浮浪者のような魔族。
「…………」
流石の雫も、この光景を見て言葉を失ったようだ。
それでも、唇を震わせながら雫がゆっくりと口を開いた。
「……ど、どうするんだ?」
「待て、今考えてる」
この洞窟から出れば、間違いなく魔族たちに気づかれる。
いったん洞窟に戻るか?
いや、置手紙があったわけだから、一紗たちが村で待ってるかもしれない。こんなところに魔族がいるんだ。あいつらだって、そして村に住んでる人だって命の危険が迫ってる。
ここで簡単に逃げ出したら、勇者失格だよな。
「雫、ここに隠れながら俺を援護してくれ。危なくなったら転移門の中に逃げてくれていい」
「お、お前……」
躊躇する雫の声を背に、俺は駆け出した。
「〈白刃〉っ!」
先手必勝。
まずは解放した聖剣ヴァイスの力で、機先を制す!
「ぬうんっ!」
だが、俺の聖剣が生み出した刃は、赤い魔族の振り回した剛腕によって打ち消されてしまった。
一瞬だった。
敵の鱗ははがれてもいないし、傷の一つもない。完全な無傷。
当てが外れた俺は走るのを止め、魔族たちの近くで唖然とするしかなかった。
わずかな沈黙が、続く。
先に口を開いたのは、魔族たちだった。
「俺は第三階層迷宮男爵、熱砂のニコラウス」
「同じく第三階層迷宮男爵、白天のラファエル」
「……第五階層迷宮子爵、暗澹のギード」
と、言った。
「……は?」
じ、冗談だろ、なんだこいつら?
普段なら、迷宮に部屋を構えて一体でふんぞり返っているような上級魔族。それが三体もここにいるってことか?
ついこの前出会ったスライムを操る低級魔族とは明らかに違う。知性と強さを兼ね備えた……実力者。
「正直言って道に迷っていたのだが、これは中々上質な獲物にありつけた」
「件の命令もありますゆえ。全力を出して挑むべきかと」
「……命令は完遂する」
当然ながら、俺と戦うつもりらしい。
魔族たちは軽く目くばせをして、何かを相談しているように見える。
「じゃあ俺が」
やがて、赤い魔族が前に出てきた。どうやら戦う順番を決めていたらしい。
赤い魔族は両手を握って力むと、そのまま両こぶしを地面に叩きつけた。地鳴りのような重苦しい音と振動が周囲に響き渡る。
「――赤」
それは、何かの魔法だったのだろうか。
魔族が拳を打ち付けた周囲から、赤く焼け焦げたマグマのような液体が噴出した。それは地割れのように彼の周囲へと広がっていき、いまだ留まることを知らない。
周囲二体の魔族は、こうなることを分かっていたようで、近くの低木にジャンプした。
「氷河の大壁っ!」
対する俺は魔法詠唱を完成させる。属性は水、第六レベルに位置するこの魔法は、巨大な氷の壁を生み出す。相手を氷で押しつぶしたり、攻撃を防いだりするときに使用する魔法だ。
さすがに魔族を倒すには威力不足ではあるが、焼けただれた地面に足場を作る程度なら十分だった。
俺は冷えた地面を駆けながら敵魔族に肉薄した。
「ちっ、やるじゃないか」
「下がりなさい」
聖剣の攻撃を難なく避けた赤魔族は、後続の白いクマ風魔族にバトンタッチするつもりらしい。
白魔族は俺の剣を避けながら、その野太い腕を天にかかげ……こう叫んだ。
「――卍」
瞬間、俺の周囲を襲ったのは白い雷。
空を見ると、卍の形をした黒い雲が見えた。どうやらあれが、無限に雷を生み出しているらしい。
落ちる地点はそれほど調整できないらしいが、数も回数もそれなりだ。このままでは、直撃を食らってしまう。
「〈白王刃〉っ!」
俺は即座に聖剣の遠距離攻撃を放った。200を超えるその刃は、いくつもの雷と相打ちとなったが、最後に残った30前後が魔法の雲を切り裂き、霧散させた。
「これはこれは、人間というのもなかなか……がっ」
「…………」
白魔族は黒い外套を身に着けた魔族によって突き飛ばされた。
「――闇、闇、闇闇闇! すべてを閉ざし、無に帰せ。黒煙」
黒魔族はその外套を広げると、それはまるで紙に染み込む水滴のように……周囲へと拡散していった。
煙、というよりは霧や水蒸気といった方が適切かもしれない。俺はもとより、周囲にいた他二体の魔族も同様に魔法を恐れて後退していく。
「闇、闇闇闇闇」
その黒魔族は一歩も動いていない。しかし彼の生み出した闇は、まるでブラックホールか何かのように周囲の土を、木を、そして空気を侵食していく。
逃げることは、できる。しかたない、ここは一端転移門に……。
「しず――」
く、と叫ぼうとした俺は気がついた。
後ろは、闇だった。
回り込まれた。黒魔族の魔法は、予想外の速さで俺の背後に回っていたのだ。
目の前で起こった派手な拡散は囮。奴は初めから、俺の背後を絶って追い詰めるつもりだったんだ。
俺は眼前の脅威に集中しすぎて、背後の警戒をおろそかにしていた。この緊張下で後ろを向いて逃げるなんて命とりだ、そう思ってしまったがゆえの……失敗だった。
まずい、完全に逃げ場をなくした。




