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レグルス迷宮の魔族


 旧公爵邸、庭にて。

 魔剣フルスの生み出した洪水によって荒れたこの地で、俺と公爵……そしてつぐみの取り巻きを含む少女兵士たちは対峙する。


 つぐみの取り巻きたちは、公爵を守るようにその周囲を固めた。


「よくも公爵様を……」

「公爵様、お下がりください」

「許さない、絶対に許さない」


 言動には多少の違和感を覚えるものの、彼女たちを知らぬ人が見たら操られているとは思わないだろう。ついさっき公爵が俺に操られているふりをした時とは全く様子が違う。

 これが完成された〈操心術〉というわけか。必要なこと以外は全く元の本人そのまま。なるほどな、こいつを利用すれば、確かにつぐみを秘密裏に失脚させることだってできる。


 公爵は自慢の髭を撫でながら、少女たちにこう言った。


「全員に命令する。あの男を……倒せ」


 瞬間。

 つぐみの取り巻きたちが、一斉に俺へと襲い掛かった。

 剣が5人、槍が二人。いずれも正確な軌道で、こちらに刃先を迫らせる。


「はっ!」


 俺は力任せに剣を振るった。3人の剣は弾き飛ばされ、残る4人は軌道を逸らされ刃先が空を切る。  


 舐めるなよ! 

 こっちは毎日洞窟や民家に潜って野良魔物狩ってるんだ。要人警護で実戦経験もないお前らとは違う!


「皆っ!」


 リーダー格の少女、璃々が合図を送った。


「大地の覇者ヨルズよ」


 魔法かっ!

 特殊なブレスレットを身に着けた彼女たちは、女性でありながら魔法を使うことができる。


「――〈大地の咆哮アース・ハウリング〉」

「――〈青の氷槍アイス・ランス〉」

「――〈黒き深闇ディープ・ダーク〉」

「――〈剣の大木ソード・ツリー〉」


 一斉に放たれる魔法。


 まずい。

 そもそも、俺自身はそれほど強くない。連続で魔法をくらえば耐えられるはずがないのだ。


 俺は魔法をその身に受けてしまった。四方から押し寄せるその脅威から逃れることなんて不可能だった。

 どれもそれほど威力の高い魔法ではなかった。だから俺が死んだりとか、大怪我を負ったりとかそういうことはない。でも、足は氷によって固められ、剣や服に突き刺さっている状態。完全に身動きを封じられてしまった。


「勝負ありましたね」


 動けない俺の頬に、剣を当てるポニーテールの少女、璃々。

 ファンタジーっぽい甲冑を身に着けるその姿は、いかにも女騎士って感じ。

 傍から見ればかなり映える構図なのだろうが、実際剣を向けられている俺からしてみればただただ恐怖しかない。


「公爵様は私の命です。彼を裏切った罪は万死に値します」

「落ち着け、璃々っ! そいつはお前の敵だ!」


 俺に剣を向ける璃々。その目には一点の慈悲もない。

 まさか、殺すつもりか? クラスメイトの俺を? 〈操心術〉はそこまで人の心を変えることができるのか? なんて威力だ。


「殺すなっ!」


 公爵の命令に、ぴたりとその剣を止める璃々たち。


「どういうつもりだ公爵?」

「君を人質にすれば、あの勇者一紗もこちらに下ってくれるかね? 彼女は君のことを気にしていたから、試してみる価値はあるかと思ってね」


 今、現状で最もフェリクス公爵の邪魔をできる人間は一紗だ。彼女の力があればおそらく、ここにいる全員を黙らせることができる。

 この様子だと、つぐみは当てにならないな。ひょっとすると璃々たちによってどこかに捕らわれているのかもしれない。

 

 万事休すか。乃蒼のことで頭に血が上って飛び出してしまったせいだ。もっと準備しておけばよかった。まさか公爵がここまで強い手札を揃えているとは思ってなかった……俺の油断か……。

 

 俺は観念して、両手を上げ降伏しようとした。

 その時――


「ったく、後輩。なさけねぇな」

 

 聞き慣れた声が聞こえた。


「何者ですかっ!」

 

 剣を弾かれた璃々は公爵の近くへと飛びのく。

 そこには、剣を構えた筋肉質のおっさんがいた。周囲には似たような剣を持った男たちが何人か立っている。


「先輩っ!」


 あれだけでっかい洪水だ。警戒のために冒険者ギルドの人たちがやってきたのかもしれない。

 まさか、冒険者たちに助けられるなんてな。


「そいつは俺らの仲間なんでな。勝手に連れて行かれちゃ困るぜ。おい」

「貴族さんよぉ、俺らぁあんたたちのとばっちりくらって冷や飯食らいなんだぜ? 少しは反省したらどうなんだ? おぃ」

「俺ら女の奴隷なんていねぇよ。全部あんたらのせいじゃねーか」


 皆、フェリクス公爵のことを知っている。穏健派として人望の厚い彼は、本来ならこんな文句を言われるような人間ではない。

 彼を敵視させているのは、他ならぬ俺。仲間の俺が傷ついているからと、皆が公爵に反抗している。

 

 そうか……。

 俺の苦労は無駄じゃなかったんだ。ここは確かに、俺の居場所だったんだ……。


 集まった冒険者の数は10人。決して大勢とは言えないものの、実戦慣れしていない少女兵士たちを屈服させるには十分だ。


「形勢逆転だな公爵さん。大人しく捕らわれてくれるか?」

「…………」


 公爵は無言のまま、懐から何かを取り出した。

 あれは……骨の笛?

 公爵が骨の笛を高らかに鳴らした。


「何をした、公爵?」

「さあね」

「……何か嫌な予感がする。皆、早く公爵たちを捕まえてこの場から逃げよう」


 俺たちは敵を捕まえようとした。しかし少女兵士たちが若干の抵抗を示したため、中々上手くいかない。


「なんだ……あれは」



 そのうち、冒険者の一人が遠くから迫るに気が付いた。

 それは、巨大な蛾のような生物。

 まだら模様の翅。人間の体ほどの大きさを持つ触覚。体からはキラキラと輝く鱗粉をまき散らしている。 

 人間の生理的嫌悪感を増幅させる、そんな生き物だ。


「あれは……魔族っ!」


 魔族。

 洞窟のアンデッドや草原に出没する魔物とは違う存在。人語を介し、時には人に近い形をとる生き物である。

 彼らはレグルス迷宮と呼ばれる巨大な地下空間に滞在している。魔王を頂点とするピラミッド型の組織に所属する集団。単独で人間世界にやってくることは、ほぼないはず。

 

 巨大な蛾はフェリクス公爵の前に降り立った。その巨体、禍々しい姿、そして何より歴戦の戦士を思わせるようなプレッシャー。俺が今まで狩ってきたアンデッドたちとは、格が違う。


「あれは、レグルス迷宮の魔族?」

「なんでこんなところに……」


 俺だけでなく、冒険者仲間もまた驚き固まっていた。


「フェリクスよ」


 声が聞こえた。魔族の声だ。

 まるでセミが鳴いているかのような甲高い音ととともに聞こえる人語は、俺たちには耳障りの悪いものだった。

 思わず耳を抑えてしまう。


「急げ、我が主は気が短い」

「はっ」


 フェリクスは蛾のような魔族の背に飛び乗った。

 彼を乗せた蛾は、そのまま飛び上がっていく。


「待ちなさいっ!」

 

 呆然としている俺たちを置いて前に出たのは、どこからか現れた一紗だった。

 迷宮の方にいたはずなんだが、この魔族を追いかけてきたのか?


解放リリース、グリューエン! ヴァイス!」


 一紗が手持ちの魔剣と聖剣を解放した。


 長部一紗は最強の勇者だ。 

 その魔剣・聖剣適性はフェリクスを凌駕する最高位。俺と同等。彼女が扱うこの剣は、人類が引き出し得る最強の力を生み出す。


「解き放て〈炎帝〉、輝け〈白き刃の聖女〉っ!」 


 一紗が二つの剣を振るうと、まるで巨大なかまいたちのような形をした空気の刃が飛んでいった。片方が炎に包まれ、もう片方は白く輝いている。


 刃は魔族の足を切断した。


 魔族は苦しそうに悲鳴を上げた。しかしこちらから遠ざかっているその速度が緩まることはない。致命傷には至っていなかったのだろう。


 強いな、一紗は。おそらく逃げ場の少ない迷宮で殴り合っていたのなら、あいつに完全勝利していたと思う。

 今の魔族、相当の強さだったはずだ。俺たちでは……勝てなかった。


「……一体、何が起こってるんだ?」

「分からないわ。あの魔族が、急に迷宮から飛び出して……。でもまさか、人間を助けに行ったなんて思ってなかったわ」

「やっぱり、公爵を助けにここまでやってきたのか……。信じられないな」


 そもそも俺たちは、魔王に苦しめられる世界を救うために呼ばれた。この件に関しては王族たちも嘘をついているわけではない。迷宮の魔族は周辺住民に害をなし、一部の強力な個体は都市一つを陥落させたことすらある。

 魔族憎しは全人類共通の感情。


 だから、あり得ない。

 公爵が魔族の手を借りている、この現実は。 


「こんな形になってしまい残念だ。我々としても、もはや手段を選んでいられない」


 魔族に乗り遠ざかっている公爵が、俺たちに語り掛ける。


「タクミ殿、己の決断を後悔したまえ。君は間違えたのだよ」


 俺たちは、空高く上って行った彼を見送ることしかできなかった。


そろそろ章分けを考えたい。

どうやって分けようか・・・。

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