日はまた昇る
傷心の俺たちは、そのまま屋敷へと戻った。
そして、三日の時が流れた。
俺と乃蒼はベッドに座っていた。時刻は夜、いつもなら六人で共に眠っていたこの場所に、今は二人っきり。
他の女の子たちは、俺と乃蒼に気を使っているのかもしれない。
「乃蒼」
俺は乃蒼に語りかけ、その肩を抱き寄せた。どこか暗い影が差す彼女を、不安に思ってしまったからだ。
「体、大丈夫か?」
「うん……再生薬のおかげ、かな」
「そうか、良かった。何か悪いところがあったらすぐに知らせてくれ。怪我が怪我だったからな……」
乃蒼は死にそうだった。あれほどの怪我を回復できたことは、本当に幸運だった。つぐみがいなければ、きっと彼女は死んでいたと思う。
御影は恐ろしい男だった。もし、奴がこの世界にまだ残っていたとしたら、俺は不安で夜も眠れなかったかもしれない。
「匠君は大丈夫? あの時……体がおじいさんになってた、よね?」
「ああ……俺の方も問題ない。御影の奴、あの時点では俺を傷つけるつもりはなかったみたいだからな」
「良かった……」
乃蒼はそう言って俺の手を握った。柔らかく、そしてほんのりと温かいその肌は、俺の心を落ち着かせていく。
俺はベッドから立ち上がった。
「……乃蒼は先に寝ててくれ。俺、少し街に用事があるから……少し出てくる」
嘘。
俺は、乃蒼を避けていた。
最初の子は死んだ。
それはもはや否定することのできない事実。俺たち二人の関係に、重くのしかかってしまったつらい経験。
本当は、乃蒼を抱きたい。その方が気持ちいいし、二人目だって欲しいから……。
でも、死んだから二人目が欲しい、だなんて少し薄情過ぎやしないか? 体の変化、心の負担、乃蒼はそれをずっと耐えてきたはずなのに……この仕打ち。俺は出すだけ出して気持ち良くなってるだけなのに、こんなアンフェアありなのか?
俺はなんて言って、乃蒼を抱けばいいんだ?
そう思うと、怖くて……自分がひどいわがままを言っているような気がして……何も言えなかった。
俺はこの場を立ち去ろうとして……すぐに止まった。
「ねえ、匠君」
服の裾を掴んだ乃蒼が、不安な面持ちで俺のことを見上げている。
嫌な予感がした。
「もう、抱いてもらえないのかな?」
ぎょっとした。
乃蒼が何を言っているか分からなかったのだ。
「わ、わたしね。妊娠してたから、か、体つきとか……その、変わって。もう……魅力、なく……なっちゃったかな?」
「お……おい、乃蒼」
「お、お願い。匠君、私を……捨てないで」
乃蒼が震えていた。まるで心を病んだ患者のように弱く、そしてはかないその姿は、俺の心をどんな刃物よりも鋭く抉る。
俺が馬鹿だった。
乃蒼は不安だったんだ。
御影のスキルは、乃蒼の妊娠を出産間近の状態まで押し上げた。当然体は変化しているし、それゆえの負担もあったのだろう。
変わってしまった体を見て、自分が捨てられてしまうのではないか……と不安に思ってしまったのかもしれない。
俺は……自分のことしか考えてなかった。
俺はうつむく乃蒼の顎をクイッと上げて、キスをした。
「……んっ、匠君!」
「そんな悲しいこと言わないでくれ! 乃蒼はかわいい! 世界一かわいい! 今も昔も、俺の中で一番だ!」
「ううぅ……」
乃蒼が顔を真っ赤にしてうつむいた。あまりこうして褒められるのは慣れていないらしい。
俺は乃蒼をベッドに押し倒した。
彼女の黒髪ロングヘアが、ベッドの上にふわりと乱れた。清楚なシャンプの香りがする。
「きゃっ……匠君」
「乃蒼っ! 愛してる!」
この日、俺たちは…………。
******
ドアの奥から、匠たちの声が響いてくる。
長部一紗は廊下の隅に座りこんでいた。
愛する匠と、そのハーレムの一員である乃蒼。二人を邪魔することがないように、こうして聞き耳を立てているだけだ。
「……匠は大変だな」
一紗と同様に廊下に張り付いている鈴菜が、そう言った。
「もう、二日間よね」
もちろん、二日間ずっと声が響いているわけではない。時々寝ているような時もあるし、そういう意味では休憩を挟んでいるのだろう。
不意に、ドアが開いた。
「匠っ!」
匠が部屋の中から出てきた。
目の下にクマができて、少し疲れた表情をしているがそれだけだ。心も体も、それほど消耗しているようには見えない。
「乃蒼ちゃんは?」
「寝てる」
匠はぼんやりと周囲を見渡した。
「……みんなずっといたのか? つぐみはいないみたいだけど」
「お姉さまも仕事がない時はずっとここにいました」
璃々がそう付け加える。
一紗は知っている。つぐみだって心配していた。大統領というこの国にかかわる重要な職についていなければ、ずっとここにいただろう。
だが、それを投げ出して匠のそばにいることは……この国の破滅へとつながりかねない。それは彼女のためにならないし、何より匠やこの屋敷に住むクラスメイト達の安全を脅かすことになる。
「悪いことしたな……」
匠は頭を掻きながらそんなことを言った。
乃蒼や匠の深い悲しみは計り知れない。だからこそ一紗たちもずっと気を使って、匠と一夜を共にすることを控えてきた。
「みんな、ずっと部屋にこもってばっかりでごめんな。今日は公園にでも行こうか。あっ、乃蒼が目を覚ましてからだけど」
「無理しなくていいわよ匠。眠くないの?」
「まあ、途中で寝たりしてたし。もう二~三時間寝てれば大丈夫だろ。しばらくしたら乃蒼も起きると思うし、その時一緒に行こうぜ」
「そうね、気分転換にはいいわね」
「……つぐみには、あとで何かお詫びをしないとな。璃々は仕事大丈夫か?」
「私もこれから、近衛隊の仕事が……」
「……じゃあ一度つぐみや璃々のところに顔を出すか」
匠は暗い空気を吹き飛ばすかのように、両手を叩いた。
「明日からは、一緒に寝ような。乃蒼と俺と……六人で!」
その言葉を聞いて、少女たちは笑った。
匠たちは今を生きている。
暗い過去は否定できない。乃蒼を中心としたぎこちなさは続くだろう。しかし日が昇り、雨が止むように、物事には常に終わりと始まりが存在する。
匠は一歩を踏み出した。
匠も、乃蒼も、そして他の女の子たちも、いつかまた、この屋敷で笑い合える日が来ると信じて……。
――完。
ではなくまだ続きます。




