僕の最強チートスキル
マルクト王国マーリン地区、とある建物の中にて。
突如として、御影君が部屋の中に現れた。そうとしか、説明できない。
おかしな話だ。
仮にもこの地は、ついさっきまで戦争が行われていた場所だ。この建物の周囲はともかく、戦地にはいまだ多くの兵士がうろついてるし、主要な道は完全に封鎖されているはずだ。
この不審者の御影君が何の騒ぎもなく入ってこれるわけがないのだ。見かけたら、必ず誰かが止めるだろうし、強行突破しようとしたなら連絡がこちらに来るはずだ。
そもそも、この建物はドアも窓も閉まっていて密室だ。部屋に入るためには、どこかを開けなきゃいけないけど、俺や他の女子たちはその音を聞いていない。御影は、ある時突然現れたのだ。
「み、御影君。久しぶりだな。げ、元気にしてたか?」
落ち着け……俺。
御影君は俺と同じように異世界転移でここにやってきた普通の日本人だ。いきなり殺すとか薬漬けにするとか、加藤みたいなことは言わない。
話せばわかる……はず。
「あれれ~、喧嘩してたんじゃないの? ま、僕、今来たばっかりだから、なんで喧嘩してたか知らないけどね」
「この世界のことについて、少し話し合いをしてただけだ。御影君には関係ないことだよ」
危ない危ない。
確か、御影君は乃蒼のことが好きだったんだよな。妊娠した彼女がー、なんて口にしたらまた争いの種が増える。
乃蒼の事は黙っておいた方がいいだろうな。お腹も服を着てればそれほど目立たないし、多少はごまかせる……と信じたい。
「ねえ、下条君。呪いの魔剣で暴走してるって本当? クラスの女の子を魔剣の力で操ってるって、貴族さんたちから聞いたんだけど」
来た。
これこそ、俺と御影君が争わなければならない最大の理由。この誤解が解ければ、戦いは回避できる。
「……そ、それは誤解だよ御影君。俺は呪いの魔剣なんて持ってないし、みんなを操ってたりなんてしない。君はあの貴族たちに騙されてるんだ!」
「まさか、貴族さんたちはとてもいい人だよ。嘘なんてつくわけないじゃないか」
「あいつらは女の事を奴隷か何かだと思っているひどい奴らだ。御影君も、あいつらと一緒に過ごしてたなら、こき使われてた女性を見たことがあるだろう? あんな扱いをされて、クラスの女子たちが黙ってるわけないじゃないか。魔剣とか、呪いなんて関係ない。俺たちは革命を起こして、悪い貴族を追い出しただけだ。確かに、ここにいる女子たちとは仲良くさせてもらってるけど、操ってなんかいない!」
いろいろと経緯を省略している部分はあるものの。おおむね正しい内容だ。
「わ、私たちは匠に操られてない!」
つぐみの援護が飛ぶ。
「フヒヒヒヒ、みんな震えてるじゃないか。下条君が脅して言わせてるんだよね」
違う! みんなが震えてるのはお前が不気味だからだよ!
……なんて、御影君を馬鹿にして火に油を注ぐわけにもいかず。結局黙り込むしか方法はない。
「うーん、これは重傷だね。みんなのこの怯えよう、調子に乗ってる君。もう決定だ、君は正気を失ってるんだね」
「ちょ、ちょっと待て御影君! 話せばわかる!」
「……仕方ないなぁ」
メガネの奥で瞳を光らせた御影が、盛大にため息をついた。
その刹那。
御影は俺に肉薄した。
「……っ!」
こ、こいつ!
なんて速さだ。薬を飲んだ加藤以上だぞ? いや、もう速いとかそういう次元を超えて、目に映らないレベルの移動だった。
瞬間移動、みたいな。
御影のスキルは、瞬間移動だったのか。
警戒してなかったわけじゃない。どれだけ説得を試みようとしたとしても、御影は明らかに敵だ。視線はそらさなかったし、〈操心術〉も聖剣も準備だけはしていた。
だが、御影はそんな準備すらも覆す移動速度を見せた。これじゃあ、何も言わず攻撃をしてもうまくいったかどうか分からない。
「少し、大人しくしててよ」
何もすることはできなかった。
避けることも、攻撃することも、スキルを使うことも。この距離、この短い時、すべてが遅すぎた。
御影は、その手を伸ばして俺の肩を叩いた。
その、瞬間――
視界が暗転した。
なんだ?
何が起こった?
俺は、御影のスキルを食らってしまったのか?
「いやああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「匠! 匠ぃ……」
乃蒼? つぐみ?
声が、聞こえるような、聞こえないような。
なんだか、深い海の底でゆらゆらと揺れているような感覚だ。目の前が暗くぼんやりとしていて、音がやけに遠い。
俺は水の底にでも落とされてしまったのだろうか。体が……やけに重い。
暗く霞んでしまった視界を、必死に動かして現状把握を試みる。
なんだ、これ。
初めに異常を察知したのは、聖剣を握っていた俺の手を見た時だった。
それは、例えるなら干物。
からからに乾いた皮膚に、骨だけが張り付いたかのような印象を受けるその手は、老人を通り越してもはやミイラと言っても通じるくらいに、脆弱だった。聖剣を握っているというよりは、ひっかけていると言った方が適切だ。もはや握力なんてものは存在しないように見える。
俺が手を動かそうとすると、その手から聖剣が滑り落ちた。
これ……は、まさか。
俺の……手?
俺の、手、なのか?
手だけじゃない。その先にある腕の一部、さらにその下に見える脚の部分も同様に劣化していた。
な、なんてことだ……
俺の体が……老人になっている?
じゃあ、御影のスキルは……。
「僕のスキルは〈時間操作〉。主人公の僕に与えられた、最強チート能力だ!」
時。
御影君のスキルは、時間を操れる……のか?




