共和国のメシア、ここに参上!
朝。
俺たちは、マーリン地区へと攻め込んだ。
貴族側の総戦力は約500人。かつて近衛隊として王に仕えていた兵士たちが主力。こいつらは普段この地区の警備を担当しているらしいが、実戦経験はそれほどない。革命の時に王を逃がすために戦ったのが、最初で最後だろう。
対する俺たちは各地の軍団から引き抜いた精鋭1000人。さらに西側のマルクト王国側からはこちらも精鋭が2000人。練度、数、指揮官、すべてにおいて敵側を圧倒している。
当然だ。亡命先で強力な軍隊を持つことなど許されなかったのだ。この件は、御影という要素を除いて完全に俺たちが有利な状態だ。
「公爵たちがいない?」
本陣、とされた近くの廃村の一軒家。その中にいる俺とつぐみたちは、兵士たちから報告を受けていた。
フェリクス公爵たちがいない、という情報だ。
奇襲の準備をする時間はあった。包囲も完全とは言えない。五人、十人なら逃げられたかもしれない。しかし行方不明の報告が上がるのはいずれも高貴な身分だった貴族ばかりで、その数はすでに百人を超えている。
「おそらく、事前に情報が流れてしまったのだろう」
「誰が流したんだ」
「スパイか、斥候か、偶然軍を発見してしまった村人や旅人か」
「あるいはこの手際の良さ……咲自身が伝えた可能性もある」
と、これまで黙っていた春樹が口をはさんだ。
「咲が? なんで? 王国側も貴族たちを倒すつもりじゃなかったのか?」
「仕方あるまい。王国にとって貴族たちはまだまだ使える。今回は懲罰の意味を込めて半数以上を処分するつもりのようだが、それでも全員を罰する必要はない。彼女は貴族たちが大人しくなってくれればそれでいいんだ」
「見せしめか」
悪質な振る舞いの目立つ貴族たちを、スケープゴートにして逃げ出したということか。
だがこの件は高くつくはずだ。公爵や国王は、味方である貴族たちを見捨てたことになるのだから。
「いずれにしろ、この様子だと御影の心配をする必要はないな。大軍向けのスキルではないか、あるいは……たまたま不在だったか」
この分だと御影はいないのか? ひょっとすると、俺たちの本拠地である共和国の首都へ行ってるのかもしれない。乃蒼たちをここに連れてきたのは正解だったというわけだ。
もっとも、乃蒼たちは問題なくてもあそこに住んでいる人々には危機が迫ってしまったわけだ。御影が俺の不在を知って戻ってくるのか、それとも八つ当たりで近くにいる人々に悪さをするのか、どう転ぶかは分からないな。
俺はドアを開け、建物の外を見た。
主戦場はここから1kmも離れていない。遠くから怒声が聞こえたり、煙が見えたりと、いかにも戦争風の状況だ。
俺は戦っていない。御影対策で待機していたら、そのまま戦争が終わってしまいそうだ。
……公爵。
御影の件はまだいろいろ残っている。しかし少なくとも、貴族たちや公爵の運命は決した。
もはや国を奪い返すことは、どうあがいても不可能なのだ。近衛隊を失い、マルクト王国の信用を失った彼らに、未来などない。
この戦いは、つぐみにとって最後の革命になるのかもしれない。
そう思いながら、ぼんやりと戦場を眺めていた俺は――
「匠くううううううんん!」
突然、誰かに抱き着かれた。
「エリナか?」
西崎エリナ。
グラウス共和国第七軍、将軍職を務める俺のクラスメイトだ。
制服の上に黄色い紐を身に着けたその服は、つぐみのそれとよく似ている。しかしその体つきは大統領のそれと比べて幼く、子供が変なコスプレをしているかのような印象を受けてしまう。
光り輝く金髪を空色のリボンで両サイドにまとめた姿はまさに美少女。
そんな彼女に、俺は抱き着かれた。しかも上半身に両足を絡められ、抱きかかえるようにだ。
エリナは体が小さい方だが、決して子供ではない。全体重を合図もないまま上半身に乗せられたら、結構しんどい。
俺は自らの身を守るため、地面に倒れこむしかなかった。
「ひっさっしぶりいいいいいい! 元気だった? あたしは元気だったよ? ごはん食べてる? この前山賊から奪った干し肉がね、なんかカレーっぽい調味料かけてあっておいしかったよ! カレー……そうカレーが食べたいな。こう、レトルトカレーみたいな安っぽい感じのカレーがね、懐かしいかなって。調味料集めて作ってみようよ。でもこの世界、カレーないよね。全然見かけない。あたし悲しいな。……でもできる! 絶対できるよカレー。努力、根性、諦めなければ夢はかなうっ!」
「わかったから、俺から離れてくれ……」
「はっ!」
どうやら俺の姿しか見ていなかったらしいエリナは、ここにきて改めてつぐみや春樹の存在に気が付いたらしい。
こほんっ、とわざとらしく咳ばらいをしたエリナは、部屋の中央に置かれた机の上に立った。
どうでもいいがこの机、この地域の地図やら各隊を模した駒やらが配置された戦略的に非常に大事な地形図がある。足で滅茶苦茶にしてはいけないの……だが。
「夢と希望に溢れるこの異世界、悪の栄えた試しなし。共和国のメシア西崎エリナ、ここに参上!」
びしっ、と鼻を高くしながら決めポーズをするエリナ。
「解放、聖剣ゲレヒティカイトっ!」
エリナがその聖剣、ゲレヒティカイトを解放した。
この聖剣は白い閃光を発し、刃自体を強化する肉弾戦向けの能力だ。ただめっちゃまぶしいからこういう室内で使うのはやめて欲しい。
俺や春樹、そしてつぐみの目がやばい。
「うおおおおおおおおおおおおおお、ジャスティイイイイイイイイイイスっ!」
エリナが貴族居住区へと突っ込んでいった。
一人で大丈夫かな?
「エリナ、将軍だったよな? つぐみが戦争で呼び寄せたのか?」
「呼んでない」
「……え?」
「勝手にきただけだ。北方山脈に滞在する第七軍副官から、行方不明の知らせが届いている」
つぐみが頭を抱えた。
ホントに大丈夫か? あの子。




