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御影出陣


 マルクト王国、マーリン地区貴族居住区。

 大きな屋敷の一室は、王弟フェリクス公爵が住まいとしている場所である。


 フェリクス公爵は部屋の中にいた。

 カーテンを閉じ、部屋の鍵を閉め、ランプの明かり一つない暗い密室の中で、ただ一人震えていた。

 それもこれも、つい数日前に情報がもたらされた最大の事件が原因だ。 


 魔王がどこにもいない。

 それに気が付いたのは、魔王のことを知る元公爵の一人だった。単独行動が多いレオンハルトではあるが、この貴族居住区のどこにも顔を見せないというのはこれまで起こらなかった事態だ。

 フェリクスは彼を探した。その足取りを追っているうちに、魔王が無人の洞窟へ向かっていくのを見た、という貧民の情報を得た。


 そこで、見つけてしまった。


 洞窟に転がっていたのは、何者かの首なし死体。

 周囲には焦げたススの跡や割れた岩などが放置されていた。何者かが争った形跡だ。

 そして、首なし死体は魔王と同じ服を着ていた。


 公爵は結論を下した。ここで何が起こったのか、火を見るより明らかだ。推理の必要すらない。


 魔王が、死んだのだ。

 誰が殺したか分からない。魔王を殺せる人間に心当たりなどないのだ。あの勇者一紗や匠とて、魔族の長を殺すことなど不可能なはずなのだから……。


「これは……一体……」


 どこで選択を間違えたか分からない。

 だが、魔王は死んでいる。死んでいるのだ。

 これは非常に恐ろしいことだ。単純に同盟関係にあった仲間が死んだ、というだけでは済まされない。魔族たちの長であり、最強であるはずの魔王が死んでいるのだ。


 その衝撃は、世界を震撼させるだろう。

 王の死は魔族たちにとってどうなのだろうか? フェリクス公爵たちは、逆恨みされてしまうのではないだろうか?

 魔王がこの地にいることがばれたらどうなる? 阿澄咲は激怒するだろう。赤岩つぐみは魔王を口実にしてこの地に攻め込むかもしれない。旧王国領にいる協力者たちも、これを機にこちら側と縁を切ってしまうかもしれない。


 もはや共和国や匠を相手にしているのとは違う。まったく勝ち筋が見えない、死に至るだけの道を歩まねばならないのだ……。


 そう考えると恐ろしくて、夜も眠れなかった。


「わ、私は、これからいったいどうすれば……」


 フェリクス公爵は混乱で頭がいっぱいだった。下手をすると涙すら出てしまいそうな気持だった。

 もはや、かつてのように王国のためだとか貴族のためだとか言って指導力を発揮する気にもなれなかった。魔王の死は、それだけで公爵の心をズタズタに引き裂いたのだ。


 怯えと恐怖が支配する中、公爵は最後の力を振り絞りかん口令を敷いた。魔王の死が外部に漏れるのはまずいと思ったのだ。


 しかし、肝心の阿澄咲、赤岩つぐみにこの件は筒抜けだ。時任春樹を通して伝わってしまったこの情報は、公爵の手ではどうしようもないのだから。

 結果、皮肉にも味方であるはずの加藤や御影だけがこの事実を知らないという状況が生まれてしまった。



 *********


 僕の名前は御影新。

 異世界転移でこの地にやってきた、主人公だ。


「ううーん」

 

 ふかふかのベッドから、ゆっくりと上半身を起こす。

 窓の外が明るい。朝だ。


 ここは僕の部屋。程よい調度品とベッドが置かれた、まるで高級ホテルのような一室だ。

 今日も僕の朝が始まる。


 僕はベッドから出て、軽く関節を鳴らした。こうすると目がさえて気持ちいいからだ。


「おはようございます、御影様」


 メイドの一人が僕に話しかけてきた。


「お召し物をこちらに」


 僕が両手を広げると、すぐにメイドたちが服を着せてくれる。

 気持ちいいな。

 やっぱり女は男に跪くのが正しい姿だよね。滅私奉公で主人に尽くす姿が一番だ。


 着替えが終わると、メイドたちはすぐに部屋の隅へと控えた。


 この子たち、なんでも借金や犯罪のせいでここで働かなくてはいけなくなったらしい。要するに自業自得というやつだ。だったら同情なんてする必要ないよね?

 中には貴族さんたちの夜の世話をしている子もいるみたい。まさに底辺だ。

 僕も何度か誘われたことあるけど、こんな非処女のビッチに興味なんてないからいつも断ってる。僕は乃蒼一筋だからね。


 僕は着せてもらった服を見た。


 高級毛皮のマント。

 シミ一つない白いシャツ。

 上着とズボンは、精密な刺繍で彩られた宗教指導者のような服。

 そして貴金属のアクセサリー。


 正直、仰々しいぐらいの格好だ。現代の日本人が見たら、呆れてしまうかもしれない。

 でも、これでいい。

 僕は特別な存在なんだ。特別な人間は特別な振る舞いをするべき。これくらい分かりやすく着飾っていた方が、周りの人だって僕の偉さを理解しやすいだろうからね。


 部屋を出ると、廊下には一人の少年が立っていた。刈り上げた金髪を軽く撫でながら、こちらに駆け寄ってくる。


「よっす、眠れたか」

「ああ、加藤君」


 彼の名前は加藤達也。

 かつては僕をいじめてた加藤君だけど、僕の制裁が効いたらしい。今では僕と仲良しだ。

 イジメっ子を公正させる。主人公はこうでなきゃね。


「御影殿」


 加藤君の後ろには、数人の貴族が立っていた。

 珍しいな。

 僕たち異世界人との交渉役は、フェリクス公爵ってヒゲのおじさんがほとんどだった。こんなにわらわらと人が集まってきたことはなかったはず。


「フェリクス公爵は?」

「公爵様は体調を崩され自室で療養中です……」


 うーん、そうなのか。

 貴族さんたちには本当に良くしてもらってるからな、お見舞いとか行った方がいいのかな?


「御影殿、折り入ってお話がございます」


 急に、集まった貴族さんたちが真剣な声色でそう言ってきた。


「今こそ……決起の時です!」

「決起?」

「下条匠や赤岩つぐみの横暴には目を覆うばかり。このままではわが祖国は乱され、永遠に奪還の機会を失ってしまいます。あなた様だけが希望なのです! どうかご決断を!」

「……うん、そうだね! 僕もスキルをかなり扱えるようになってきたし、そろそろ……動いてもいいよね」

「おお……では……」

「じゃあ……出陣しようか」


 貴族さんたちに喜びの声が広がった。


 僕は出陣するんだ。

 目標は下条匠。彼を倒し、操られている僕のクラスメイトたちを取り戻して、とりあえずはこの屋敷に連れて帰る。

 今、あの共和国は下条匠とその支配下のクラスメイトたちが仕切ってるから、これであの国は圧政からは解放される。後は貴族さんたちが国に戻って、元の王国システムに戻してくれればいい。


 ああ……あと赤岩さんはどうしようかな? 女のくせに大統領とか、下条匠に操られてるだけだよね?

 女が権力握った国はすぐに崩壊する。哲学者科学者芸術家王侯貴族、歴史に名を刻んだ人間の九割以上がみんな男! 女は男より劣った生き物。それは歴史が証明してる事実なんだ。

 もし、万が一だけど、下条匠抜きで赤岩さんが大統領続けたいなんて言い出したら、全力で止めないとね。僕のメイドでもやってもらうかな?


 僕があれこれ考えているうちに、貴族さんはテーブルの上に地図を広げていた。


「御影殿、我々はこのマルクト王国東端、マーリン地区にいます。ここから南東、すなわちこの辺りがグラウス王国の首都です。馬車を使って最短で2週間、といった距離でしょう」

「……そうだよね」


 もともと、下条匠を倒して欲しいと懇願されていた僕だ。王国のどこに彼がいるのか、どこが大統領官邸でどこが勇者の屋敷なのか、これまでも何度か話を聞いている。


「ここから距離があるため、昨今の情報は得られておりません。しかし御影殿のお力を持ってすれば、そのような些細なことに気を煩わせる必要はありません。あなた様は最強です。どうかご武運を!」

「フヒ、フヒヒヒヒ。照れるなぁ、僕最強だなんて。でも、任せてくれていいよ」

「……俺も行くぜ」


 加藤君が手を上げた。

 彼は本当に改心してくれた。僕のことをこんなに手伝ってくれるなんて。 


「ありがとう加藤君。さっそくだけど、もう出発していいかな?」

「金とバッジがありゃ十分だろ。いつでも出れるぜ」

「よし、じゃあ――」


 準備ができてるなら、もういいよね?


「行こうか」


 そう言って、僕はスキルを使った。 



 この三十分後・・・・

 御影新はグラウス共和国の首都に到着した。


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