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完成された操心術


 家を出て駆け出した俺は、しばらく走って目的の場所へとたどり着いた。

 旧公爵邸、フェリクス公爵の家だ。


「タクミ殿、どうしてここに? 乃蒼殿は?」


 公爵はベランダで紅茶を飲みながらくつろいでいた。


「……決心したんだ」


 ただならぬ俺の雰囲気を察したのか、公爵はティーカップを置いてこちらを見据えた。


「つぐみのせいで、俺や乃蒼は苦しんだ。あいつがいなければ、きっとあの兵士だって死ななかったと思う。もう誰も虐げられないために、俺には力がいるんだ。そのためには、必ず〈操心術〉を完成さけなきゃならない」

「……タクミ殿、何もそこまで思いつめる必要は……」

「公爵、俺たちには時間がないんだ。今すぐ練習を始めよう」

「仕方ありませんな。タクミ殿の決意。確かに受け取りましたぞ」


 フェリクス公爵は俺に向かって緑色のバッジを投げてきた。異世界人が固有スキルを使用するために必要な道具だ。

 俺はそれを身に着ける。


「今まではウサギを使っていたが、今日は用意したネズミを使ってみようと思う。ウサギよりもさらに小さい生き物だ。〈操心術〉の効果が期待できると思わないかね?」

「必要ない」

「……ん?」


 不思議そうにこちらを向いたフェリクス公爵に向かって、俺は手を突き出した。


「フェリクス公爵」


 それは、〈操心術〉を行うときの動作。


「俺に従え」


 瞬間。

 がくん、と頭を垂れるフェリクス公爵。立ってはいるものの、手の先は無気力に地面を向き、腰は今にも倒れこんでしまいそうなほどに曲がっている。


「話せ。お前の隠していることを、すべて。俺に話せ」


 がくがく、と何かを拒絶するかのように震える公爵の体。しかししばらくするとその動きも収まり、ゆっくりとその口を開き始める。


「わ……わわ……私は知らなかったんだ。タクミ殿の〈操心術〉は完成していた……」


 〈操心術〉の完成。

 それは俺もまた予想していた事実だ。


「あの少女兵士は監視でここにやってきたとき、〈操心術〉を偶然受けてしまった。『フェリクス公爵に従え』という命令だ。そして大統領官邸で、私は『罪人は腹を切れ』と言った。何をもって罪人と成すかは難しいところだが、おそらく彼女はその自覚があったのだろう。偶然命令を聞いてしまった彼女は、部屋の外で割腹自殺をしてしまった」


 決壊したダムのように、話すのを止めない公爵。


「すべては、私とタクミ殿のせい。私はそれを……隠さなければならない」


 それが、公爵の言いたい事すべてだったのだろう。再び口を閉じた彼は、物言わぬ人形となってその場に立ち尽くす。


 ……俺は、考えていた。

 先ほどまでの公爵の言葉を、ゆっくりとかみ砕いていた。

  

 そうか。

 そいつがあんたの答えか、フェリクス公爵。なら俺も、覚悟を決めないといけないよな?


 俺はポケットの中から針を一本取り出し、公爵に向かって投げつけた。 


「即効性の毒針だ。こいつを腕に刺して自害しろフェリクス公爵」


 フェリクス公爵はふらふらと石畳の上に落ちた針を拾い上げた。自らの手袋を脱ぎ、そのまま左手に持った針を構えそして――


 俺に投げつけてきた。

 

「……っ!」


 予想外の事態に動揺し、俺はとっさに左手で針を受け止めた。露出した素肌に、その針の先が突き刺さる。


 フェリクス公爵はこともなげに立ち上がった。先ほどまで見せていたような無気力な――有り体に言えば『操られた風』の姿とは打って変わって正常な立ち振る舞いだ。


「やれやれ、タクミ殿。事情を知る私を口封じ、とは少々ひど過ぎはしないかね? 君がそれほど冷酷な人間だったとは……」

「安心しろ公爵さん、そいつはただの縫い針だ。毒なんて塗ってない」

「はっはっはっ、これは一本取られたね」


 そう。

 俺が今日ここにやってきたのは、フェリクス公爵と〈操心術〉の練習をするためではなく、彼を操りその口から真相を聞くこと。

 無論、公爵を裏切り真相を聞くと言う形をとっている以上、俺はある程度この男の『悪人性』を疑っている。

 毒針はそのための布石。『もしフェリクス公爵が操られたふりをして、嘘の情報を話し始めたら?』という懸念への対策だ。


 そして、分かったことがある。

 この男は敵だ。それもとっさに上手い嘘をついて難を逃れようとするほどに、賢く狡猾な……敵。


「このバッジは偽物か?」

「いかにも。こういう事態を想定して、いくつか用意してある紛い物だよ。君の練習中にも、何度か掴ませていたことがある」


 俺はこれまでの行った固有スキルの練習を思い出す。

 俺は練習の中でフェリクス公爵に〈操心術〉を使おうとしたことだってある。全部が全部本当のバッジだったのなら、公爵は俺の命令に従わないとおかしい。

 俺が本当の意味で〈操心術〉を使えていたのは、公爵にとって都合がいい時だけだったようだ。


「お前は〈操心術〉の練習と偽って、俺にあの固有スキルを使わせた。主な対象は、監視のためこの地を訪れていたつぐみの取り巻き。命令は『フェリクス公爵に従え』。そう言って自分に従わせ、つぐみへの反論や反乱に利用しようとした。そうだな?」


 スキルは声だけ聞かせれば成立するのか、方向が関係しているのか、その辺りは良く分からない。しかし練習は一か月以上続けてきた日課だ。小細工をする機会はいつでもあったと思う。

 そしておそらく、この〈操心術〉には上書きのようなシステムが存在するんだと思う。でなければ、『俺に従え』という命令が生きていないとおかしい。


「なるほどなるほど、そこまでお見通しとは……。残念だよタクミ殿。あと少し時間があれば、すべては完成していたのに」


 フェリクスは心底残念そうに深いため息をついた。自慢のカイゼル髭が、心なしか沈んでいるようにすら見える。


「これまで、君は私の手で踊っていたのさ」


 つぐみは……正しかった。

 俺が〈操心術〉を使い、フェリクス公爵とともに反乱を企てている。その指摘は8~9割ほど正しい。ただ俺が自覚していなかった、その一点を除けば満点だったのだ。


 ひょっとすると、これまでつぐみとの仲が拗れ続けていたのもこの男が原因なのかもしれない。

 馬鹿は俺だった。同じ境遇だからと同情して、変に慣れ合ってしまったのがこの結果か……。


「参考までに聞きたいのだが、どこで気が付いたのかね?」


 それを俺に聞くか? そうか……。


「乃蒼はな、優しくて、恥ずかしがり屋なんだ」


 なら教えてやろう。


「それがスカートたくし上げて『抱いて欲しい』? 全部赤岩さんが悪いです? そんな都合のいい話があるわけないだろっ! あんたは俺だけじゃなく、乃蒼を利用した!」


 フェリクスは手で口元を抑えながらうつむいた。笑っている。笑いをかみ殺しているんだ。


「はっはっはっ、上手くいかないものだ。女を使って焚きつけようとしたのだが……、どうやら墓穴を掘ってしまったようだね」


 乃蒼を、道具として利用した。

 こいつ、俺が最初に会った貴族や賢者そのものじゃないか。女を奴隷か何かとしか思ってない。


「あの忌々しい女の配下を操り、失脚させる。操る人数が過半数を達するまで、あと2人というところ。惜しかった、本当に後一歩だったのだよ……」


 このまま何も知らず〈操心術〉の練習を続けていれば、もっとフェリクスに従う兵士たちが増えていたと思う。そうなれば本当に、この男の反乱は成功していた。


「タクミ殿、悪いことは言わない、私とともに来ないか?」


 フェリクスは、まるで俺を引き寄せるかのようにその手を伸ばした。


「私、否、我々は男には寛容だ。そして乃蒼殿一人程度であれば、君の奴隷として身の安全を保障しよう」

「…………」

「ああ、そうだ。君は幼い女が好みなのだろう? 私にそういう趣味はないが、貴族の中にはそのような男が少なからずいてね。あんな素人とは違う、本物の性奴隷を用意してやろう。三日もすればすぐに乃蒼殿のことなんて忘れ――」 

「それ以上喋るなっ!」


 ここまでくれば、もはや言葉なんていらない。


「俺だけでなく乃蒼を利用したあんたを、もう許すことなんてできない。俺はつぐみ側につく。あんたの敵だ」


 俺たちは互いを睨みつけた。妥協はない。協力もない。

 俺たちは敵になったのだ。


「氷河の王フェンリルよ」


 ……っ!

 魔法か?

 

「太陽の王ネウセルラーよ」


 すかさず、俺も詠唱に入る。


「穿つ鉾、零度の刃、かの者を貫きたまえっ!」


 フェリクス公爵の周囲を覆う冷気。そして氷の槍が出現した。


「正義の鉄槌、そびえる剣、怨敵を切り裂きたまえっ!」


 俺の周囲に光り輝く白い粒が霧散する。そして、光り輝く剣が出現した。


「――〈裁きの光剣ジャッジメント・ソード〉」

「――〈蒼き氷槍アイス・ランス〉」


 俺とフェリクス公爵の魔法が激突した。


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