潜入調査
様々な音が入り乱れ、歓喜の雄叫びも嘆きの慟哭も聞こえて来るカジノ内部。
我がギルドの面々と共に、しばし卓で遊び、楽しんだ後。
「……さて、と……」
皆と別れた俺は、小さくそう呟いて周囲の様子を確認する。
アクティブスキルの『索敵』によると――恐らく俺の目的の部屋は、ここよりさらに地下にあるようだ。
通常の出入り口ではそこに行くことは出来ず、裏の従業員通路を通る必要がある。
そして、この近くにある従業員用出入り口には……守衛が二人。
隙間なく扉の左右を固めていて、あれでは『ハイド』スキルを発動したとしても、バレずにすり抜けるのは無理だろう。
気絶とかさせても、人目があるからすぐに騒ぎになるだろうしな。
というか、流石にしっかり警護しているらしく、そういう出入り口には全て守衛が――あ?
……いや、違うな。
……ふむ、侵入経路は決まったな。
ならば後は、そこに行くにはどうするかだが……。
――と、その時、周囲に視線を巡らせていた俺の視界にふと映ったのは、内部に設置されているバー。
見ると、バーテンダーがカウンターの向こうでカクテルを作っており、このVIPエリアの客であれば無料で飲むことが出来るようだ。
……行けるか?
「――よし」
それじゃあ――そろそろ俺は、真面目に潜入するとしようか。
* * *
「ハハハ、あぁ、負けちまったよ、おい!」
「え、えぇ、そうですね」
「何だぁ? そんな顔してよぉ。ほら、もっと楽しもうぜ。何たってここは、カジノなんだからな!」
俺は、近くのディーラーの肩をバンバンと叩き、大声でそう喚き散らす。
周囲にいる客達が、俺のことを迷惑そうな顔つきで眺める。
「……あの、お客様。あまり大声を出されますと……」
「何? 何だって? 俺が大声? そうか! 悪かった!!」
そう言って、ワハハと騒ぐ酒気を漂わせた俺に、ディーラーは顔面を一瞬だけ引きつかせるも、流石に客商売をしているだけありすぐ笑顔に戻る。
うむ、何か、ちょっと申し訳なくなって来た。
「……お客様、大分酔っていらっしゃるようですので、一度ご休憩をなされたらいかがでしょうか?」
「休憩だぁ? オイオイ、馬鹿言うな。今いいとこ、ろだろぉ? へへ、へ……」
と、俺はその言葉途中でカクンと身体から力を抜き、目の前の卓にドガンと頭から落ちる。
「……すぅ……グゥ……」
「……オイ、この酔っ払いを連れてってくれ。騒がれて敵わん。救護室で治癒士の先生に解毒でもさせとけ」
「……大変だな、お前も。相手もお偉いさんだから、滅多なことは出来ないしな」
「あぁ、わかってくれるか……」
こちらの様子を見て駆け寄って来た守衛と、俺が絡んでいたディーラーが、俺の頭上でそんな会話を交わす。
「ほら、お客さん、行きますよ」
「……ん、あ、あぁ……」
そうして俺は、守衛に肩を担がれ、カジノの端の方に設置された場所――『救護室』まで連れて行かれる。
救護室の中にいたのは、白衣姿の初老に差し掛かった男が一人。
部屋の外には別の守衛がいたが、しかしここには彼しかいない。
「……? ヴェルム、そちらの方は?」
「酔っ払いのお客さんです。解毒の魔術でも掛けて寝かせといてやってください、先生」
「そうか、わかった。……私はそういう目的のために、治癒魔術を習得したのではなかったのだがね」
「ハハ、そりゃそうでしょうね」
と、ヴェルムと呼ばれた男は快活に笑うと、俺を救護室に備え付けられたベッドに横たえ、「それじゃあお願いします、先生」と言って部屋を去って行った。
――部屋の中に、初老の男と俺しかいなくなる。
「ハァ、全く……お客さん、お酒は確かに美味しいが、程々にね」
「えぇ、次からそうさせていただきます」
「えっ――」
「『スリープ』」
呆気に取られた医者の男に初級睡眠スキルを使うと同時、まるで糸の切れた操り人形のように彼の身体からカクンと力が抜け、座っていた椅子にズルズルともたれかかるようにして意識を失った。
男が完全に眠っていることを確認して俺は、次にいつもの仮面を取り出し顔に宛がうと、救護室の奥――見張りのいない従業員出入り口に向かう。
当然、鍵は掛かっているようだが――。
「『解錠』」
俺がスキルを発動するとすぐに、小さくカチャリという音が鳴り、ドアノブを回すと扉が開く。
俺、暗殺者なので。
こういう『解錠』スキルみたいな犯罪者用スキルも、一通り揃ってまして。へへ。
こんな三文芝居でわざわざ救護室に忍び込んだのは、中に入ることの出来る従業員用の扉が、この救護室内部にも設置されていたためだ。
しかも、患者を威圧させないようにするためか、救護室の外に守衛はいても、内部にはいなかった。
その代わり、扉には何か細工がしてあったようだが、俺の『解錠』スキルはスキルレベルがカンストしている。
これぐらいであれば、特に苦労することもなく中に入るのは楽勝なのである。
普通に体調不良でここに来ても良かったが、軽い症状を装うと長居した時に怪しまれるし、重い症状を装っても色々と不都合がありそうだからな。
あまり重い症状とは思われず、かつ長くここにいても不審に思われないよう、泥酔客を装っておいた訳だ。
まあ、無駄な配慮だった可能性もあるがな。
上手く行ったのだから、別に良いだろう。
「さて――悪の親玉の面でも、拝みに行きますか」
そう呟きながら俺は、『ハイド』スキルを発動し、カジノの裏側へと溶け込むようにして消えて行った。
* * *
「おい、じいさん。本当に出場するのか? 悪いことは言わねぇから、やめといた方がいいぜ。ケガじゃ済まなくなる」
「ご忠告、感謝致します。ですが、お気になさらず。出場登録をお願いします」
「……じいさん、俺は止めたからな」
そう言って男は、手元の用紙に眼を落とし、質問を始める。
「それじゃあ、じいさん、登録名はどうする?」
「ジョン・ドゥで」
「……名無しか。武装は?」
「特にありません。しいて言えば、我が身ですね」
「なるほど、格闘家か。――よし、ジョン・ドゥ。アンタの登録番号は17番だ。出番になりゃ、係員が呼びに来るから、それまで控室で待機していてもらう」
「えぇ、了解しました」
「それと、この札を身に付けておけ。これがないと出場できなくなるから、無くすなよ」
「心得ました」
「よし、これで登録は全てだ。――それじゃあな、じいさん。アンタの活躍が見られることを、期待しているぜ」
ニヤリと口元に笑みを浮かべる男に、彼は軽く会釈をして、その場を去って行った。




