老執事の一日《2》
「あー……君達。君達は多分、勘違いしていると思うんだ」
俺は、頬をポリポリと掻きながら、苦笑いを浮かべる。
――俺の周囲には、各々武器を持ち、何故か知らんが殺気だった様子のコワモテの男達。
「俺は、ただジゲルに会いに来ただけだ。君達にこうして、周囲を囲まれる必要はないと思うんだが」
「アァ!?テメェ、頭に何の用だ!?」
「まさか……ジゲルさんを殺りに来た仲間の一味か!?」
その一人の男の言葉に、他の男達から放たれる殺気の質が一段階向上する。
……え、何、ジゲルのヤツ、襲撃とかされてんの?
そんなこと、全然聞いてないんだが――いや、アイツは、必要なことや大切なことは必ず伝えて来る「報・連・相」を欠かさないヤツだ。
それを黙っていたということは、襲撃と言っても、本当に取るに足らないものだったのかもしれない。
まあ、後で聞いてみよう。
――というかそれより、いったいコイツらは何なのだろうか。
この様子から見て、恐らくコイツらはジゲルの部下なのだろうが、俺は彼に『念話』で「こっちの仕事が終わったから一度そっちに向かう」と伝えてあったはずなのだ。
コイツらにまで、連絡が伝わっていなかったのだろうか。
……こうして武器を向けて来ている以上、殺されても文句は言えないだろうが、部下の部下を殺すのはちょっと躊躇われる。
出来れば、穏便に事を済ませたいのだが。
と、そうして一人、どうしたものかと悩んでいると、こちらの騒ぎが聞こえたらしく、建物の奥の通路の方から二つの影が現れる。
一人は、我がギルドの老執事。
もう一人は……あれ?
レギオンかと思ったが、そうじゃないらしい。
彼も部下の一人だろうか、全く知らん男が、ジゲルの半歩後ろに立っている。
「ユウ様、お待ちしておりました。……しかし、申し訳ございません、少々お待ちいただけますか?」
「お、おう」
俺に小さく会釈してからジゲルは、次に俺を取り囲む男達の方に視線を向けると――。
「……お前達。私は、大事な方がいらっしゃるから、その時は丁重におもてなしをして下さいと言ってあったはずですが?」
――そう、鋭い眦と共に、底冷えするような冷たい声で言い放った。
「ハッ!?こ、このスカした野郎がお客人なんす――」
思わず、といった様子で口を開いた男が、その言葉の途中で突然、物凄い勢いで地面に頭からめり込む。
周囲に響き渡る、ドゴ、という鈍い音。
音の発生源にいるのは、拳を男の脳天に振り下ろした格好の、ジゲル。
「……言葉を気を付けなさい。あまり失礼を働くと、私が殺します――と言っても、もう聞いておりませんか」
……うん、まあ、完全に白目向いているもんね、その彼。
つか、「私が殺します」とか言っといて、すでに死んでたりしないよな?
血とか吐いてるけど大丈夫か?
「お前達も、わかっていますね? 何か、祖相をしでかしていれば……」
『へ、へい!!失礼しやした、お客人!!』
我がギルドの老執事に凄まれ、声を揃えて俺の方に向かって一斉に頭を下げる男達。
頭を下げるタイミング、下げる角度、声量など、その全てが完全に統制されており、まるで軍隊染みた規律を感じさせる。
……きっと、骨の髄までジゲルによって教育されたのだろう。恐怖で。
少しだけ、彼らが可哀想に思えてしまった。
「失礼いたしました、ユウ様。それでは、奥へ参りましょう」
* * *
ジゲルに連れられ、彼自身が手入れをしているのか、違法組織の事務所とは思えない程綺麗に掃除された廊下を進み、組長室らしい少し豪華な造りの一室の中に入る。
と、その瞬間、このゲームの身体になったおかげか、前世と比べ著しく向上している五感の一つ、嗅覚が、微かな異臭を嗅ぎ取る。
これは……血臭だ。
「……ジゲル、この部屋で何かあったのか? 血の臭いがするんだが……」
「ほう、わかりますか? 流石ですね、完璧に掃除したと思っていたのですが」
そう、割と本気で感心した様子の表情を浮かべながら、手馴れた動作でコーヒーを入れ、ソファに座る俺の前に音を立てずカップを置く。
「おう、サンキュー。――あぁ、そうか。お前を襲ったってヤツらの末路か。そっちはもう大丈夫なのか?」
「部下から聞きましたか。そちらに関しましては、ユウ様が襲撃された件とは完全に別件ですので、ご心配には及びません。この組織のことを、老骨が運営する壊滅寸前のカモと勘違いした者達が、わざわざ足を運んで来ただけのことですので」
あぁ……なるほど。
確かに、ジゲルの見た目は好々爺然としているからな……馬鹿な勘違いをしてしまうヤツも、いるのかもしれない。
その中身は、完全な破壊者だと言うのに。
不幸なヤツらもいたものだ。
「と、そうだ、レギオンはどうした?」
「彼には、もう一つの組織の方に出向いてもらっていますので、ここにはおりません。彼に何か御用が?」
「いや、ちょっと聞いただけだ」
そう言って俺は、ジゲルの淹れてくれたコーヒーを口に含む。
「うん、美味い」
「ありがたきお言葉」
小さく一礼するジゲル。
俺はあんまり、コーヒーは好きじゃなかったんだが、流石執事が本職だけあって、ジゲルの淹れるコーヒーはすごく美味い。
飲み慣れている訳ではないので、細かな違いなんかわからないのだが……我がギルドの老執事が淹れるコーヒーには、コクがある、という感じだ。
もう、すぐに虜になってしまった。
「それで、謁見は無事に終わったのですかな?」
「あぁ。王子に協力を取り付けた。情報は流してくれるってさ。……ただ、そのせいである程度こっちも協力しなくちゃならなくなったんだが、もしかすると使い潰される可能性がある。ただ利用されてな。そうならないよう裏を取って欲しい」
「ふむ……具体的には?」
「第一王子と、この国の宰相。俺を城に呼び寄せたヤツらだ、素性を知りたい。――あとジゲル。先に聞いておくことだったんだろうが……そこの彼は、誰だ?」
俺は、部屋の隅で畏まっている男の方を、クイと顎で指し示す。
「あぁ、彼は私とレギオンが潰したここの組織の構成員だった、ポヴェルという者です。中々賢い男でしたので、こうして仕事を手伝ってもらっております」
へぇ……ジゲルがそう言うってことは、本当に賢い男なんだな。
「……か、頭代理。この方が、本当の頭なんで?」
本当の頭?
……ジゲルの仕えている俺がこの組織の本当の頭で、そしてジゲルは俺から仕事を任されている頭代理、ということか。
ここのトップはジゲルのようだし、別に彼がそのまま頭で良いと思うのだが……律儀なヤツだな。
「えぇ、そうです。私とレギオンがお仕えさせていただいている主です。挨拶なさい」
「へ、へい! ――お、お初にお目にかかりやす、頭。ポヴェルと言いやす。どうぞお見知り置きを」
そう言って、頭を下げる男――ポヴェル。
「おう、よろしく。俺はユウだ。……あー、ポヴェル」
「へい、何でしょう」
俺は、ジゲルに聞かれないよう、こそっと彼に耳打ちする。
「ジゲル……普段はまともだけど、俺の仲間の中でも一番とんでもないことをしでかすヤツでな。色々と大変だと思うが……頑張ってくれ」
「……えぇ。その辺りは、その……よくわかりやす。ご心配、感謝しやす、頭」
彼は、すでにジゲルのぶっ飛び具合を理解しているらしく、苦みの強い苦笑いを浮かべ、コクリと頷いたのだった。




