第一王子《1》
「――自己紹介がまだだったね。僕は、レルリオ=ヘイグヤール=セイローン。一応、この国の第一王子だ。よろしくね、ユウ君」
対面の椅子に座る礼装の青年は、爽やかな笑みを浮かべながらそう自己紹介した。
……やはり、この国の王子だったか。
まあ、昨日冒険者のばあさんがそう言っていたしな。殿下と宰相閣下が会いたがっているって。
あと、何となくユウ君って言われると、気持ち悪いからやめて欲しかったりする。
「……先程、敵が多い、とおっしゃいましたね? それ故に、厳重な警戒をしていると」
俺達の前には、見るからに高級そうな料理が並び、作り立てらしく湯気を立てている。
……結構長話をしていたはずなのだが、その辺り、計算して料理を作っていたのだろうか。
流石、宮廷料理人と言ったところだろうか。
ただ、肝心の味の方は、正直美味いのかどうか全くわからん。
高級料理なのは確かなのだろうが、俺、庶民だからな。
その辺りの味なんてよくわからんし、ぶっちゃけ、これならシャナルの作る料理の方が美味しいと思える。
やはり、普段食い慣れたものが一番美味しいということか。
ちなみにこの部屋の周囲には、数人のメイドと執事が控えており……恐らく、彼らも王子の護衛の者達だろう。
本当に何となくだが、彼らの身体の動かし方が少し、ジゲルに似ている。
洗練されている、といった感じだ。
戦っても、大分強いのではないだろうか。
まあ、俺は別に職業軍人という訳では全くないので、その推測が正しいのかどうか全くわからないが、俺が向こう側を完全には信用していないように、向こう側もまた俺のことは信用していないだろうからな。
あからさまに隠れていた護衛は今は引いているが、しかし完全にナシにはしないはずだ。
「僕に人望が無いということの現れだから、恥ずかしいことなんだけどね。実はそうなんだ。――君も、知っているだろう? 二週間後に行われる、『国王選定の儀』のことを」
「……えぇ、存じております」
――国王選定の儀。
それは、その名の通り次期国王を決めるための、言わば選挙である。
候補者は全員王族で、有権者は『男爵』以上の爵位を持つ貴族のみだが。
本来この国は絶対王政であるため、次期国王の選定も通常であれば現国王が行うのだが、しかし現国王は非常に老齢で、次期国王を明言することなく倒れてしまった。
国王が一時でも不在となるのは、国にとっては著しく危険な状況であるため、代わりに国王を選出する手段として、この国の貴族達が次期国王に相応しいと思う者に投票を行う訳だが……。
「投票で国王を決めると言っても、一応僕は第一王子だから、このまま順当に行けば国王となる。……だけど、それを快く思わない人は、当然いるようでね。ここ一か月で、すでに暗殺未遂が二桁だ」
そりゃ……確かにご苦労なこったな。
よくそんだけ暗殺されそうになって、こんな普通にしていられるものだ。
それぐらいの神経の図太さがないと、王子はやってられないということだろうか。
――そう、国王選定の儀は、表向きは公平な選挙であるが、当然ながら利が絡む以上、一筋縄でいく訳がない。
ここ最近、俺達が遭遇していた事件などが、その表れだ。
力のある貴族連中が、次期国王に自身の息の掛かった者を据えるため、自分達の派閥が少しでも有利になるよう裏で権力争いに明け暮れている。
金の亡者がそう簡単に権力を諦める訳もないので、裏での争いは激化する一方であり、この第一王子はその煽りを思いっ切り食らっている訳だ。
「……なかなか、大変そうですね」
「本当だよ。ハァ……僕、別に国王になってもならなくても、どうでもいいんだけどねぇ」
その発言に食いついたのは、彼の隣の席に座る宰相だった。
「何をおっしゃいますか! 殿下が国王にならなければ、他の者達はこの国を食い物にしますぞ! ただでさえ昨今は、国内ならず国外の情勢も不安定となっているというのに、奴らに国を明け渡しては、この国の破滅と同義ですぞ!!」
「……そんなに、他の国王候補の方達は信用ならないんですか?」
その俺の質問に、宰相は苦々しい表情を浮かべながら答える。
「……あの御方達の、全員が全員、そう言う訳ではない。当然、この国をさらに良くなさろうと考えていらっしゃる方もいる。だが……これは、内密にしておいていただきたいのだが、控えめに言って、あまり性格のよろしい方々ではないんだ」
控えめに言って、ね。
つまりは、ゴミクズのようなヤツが数人いるってことか。
ジゲルの情報通りだな。
――我が家のちょっとぶっ飛んでる執事に聞いた限りだと、現在国王候補として名が挙がっているのが、俺の目の前の第一王子から第四王子までの四人に、国王の弟である公爵が二人。
それ以外にも王族は当然いて、全員次期国王となる権利は持っているのだそうだが、その六人以外は国王を目指していないか、国王をやれるだけの人望が無いため、今回の件には絡んで来ないとのこと。
評判としては、第一王子が一番人気で、第三王子と第四王子が、まあ普通。
だが――公爵の方の二人と第二王子は、他の候補者達と違って黒い噂が耐えないヤツらなのだそうだ。
貴族に非ずば人に非ず、とでも考えていそうな、典型的なクソ貴族、といったところか。
民衆の評判は非常に悪いが、しかしそうして裏の顔が絶大であるため、金があり、権力があり、甘い蜜を吸おうとする他の貴族連中が寄って来る。
支持していなくとも、その権力の強さに逆らえず無理やり従わせられ、参加に組み込まれる貴族の数も多い。
それ故に実質的な国王候補はさらに絞られ、国王選定の儀はそのクズ三人とこの第一王子の、計四人の対決の様相を為しているらしい。
そして――俺達が追っているクソッタレの枢機卿は、確実にこの四人の背後にいる。
起きている事の大きさや、事件のもみ消し。
関わっている者の数に、動いている部隊の存在。
操り人形として裏から操られていたいつかのブタ君を拷問しても、黒幕までは至れなかったように、クソ枢機卿が全く表に出て来ず暗躍している以上、実際にそれらの活動を行っている協力者――即ち国王候補の者がいるはず。
そして、断定こそ至っていないが、相手の活動から見える朧げな敵の姿と強大さから、そんなことが出来る国王候補は、非常に限定的なものとなるのだ。
この辺りをサクッと調べ上げてくれた我がギルドの執事には頭が上がらないばかりなのだが、とにかくそのクソ枢機卿と会って、お話をするためには、この四人を追って行く必要がある。
こうして俺が王子と話をしているのも、それが理由である。
枢機卿と繋がっている可能性もあるし、国王候補の一人に近付くことが出来れば、自然と他の国王候補の情報も入って来るだろうからな。
そうして俺が、内心で今後の算段のことを考えていると、対面の王子が先程より幾ばくか真面目な表情を浮かべ、口を開いた。
「そして……今回、僕達が君を呼んだのも、それが理由だったりする」
「詳しくお聞かせ願えますか?」
続きを催促する俺に、コクリと頷いて彼は言葉を続ける。
「僕達は、ハッキリ言ってしまうと、もうこの国の者は誰も信用していないんだ。誰が敵であってもおかしくはなく、裏切りが日常と化している。信用出来るのは、ほんの一部のみ」
現在の情勢だと、一番国王の席に近いのがこの青年であるが……実際のところ、本当に信用出来る味方はそう多くはないと。
「そうなって来ると、新たなに味方を増やしたいと望んでもその選定には相当気を遣うことになるし、引き入れてみたら実際は敵の派閥の者だった、なんてことも普通にあり得る訳だ。初めから敵の者とわかっていて引き入れることもある。……だが、そんな時に現れたのが、君達だ」
……なるほど、話が見えたぞ。
「我々は旅の一団であり、国外の者であるため、敵の派閥に属している可能性は低いと。そして、ドラゴンを討伐するだけの実力もある。味方にするには適している。……しかし、すでにどこかの息が掛かっている可能性は普通に考えられるのでは? 国外からの間諜という可能性もありますし」
「それはないね。僕達もそこまで情報収集能力が劣っている訳じゃない。君達に国内の者の息が掛かっていないことはすでに調べ上げたし、加えて君達はこの国の様相を探るため、裏の組織を潰して傘下に収めただろう」
……ジゲルのことか。
そこまでバレているとは。
「さて、何の話でしょうか」
「いや、別に脅している訳じゃないんだ。君達が潰したところは評判悪くて、僕らも壊滅させる予定だったし。それに君のところが率いてからは、まるで従順な犬みたいに大人しく統率の利いた連中になったからね。むしろ、そのまま手綱を握っていてくれ」
さらりと壊滅、なんて言葉を吐く辺り、微妙な腹黒さを感じさせるな、この王子。
それと、ジゲルよ。
今までそっちのことは詳しく聞いていなかったが、荒くれ者が従順な犬になるぐらいの、何か教育でもあなたは施したのでしょうか。
……そっちは任せる、なんて言って詳しく聞いて来なかったが、何だか色々怖いから、近い内アイツのところに顔でも出してみるか。
なんか長くなり過ぎちゃったので分割。




