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夜華の正体



 ギルドの、いつもの広場。


「さて、諸君。おはよう。今日も一日よろしく頼むぞ」


「……なぁ、頭領、一つ聞いてもいいか?」


 二日酔いなのか、痛そうに頭を押さえ顔を顰めながら口を開くのは、器用にも椅子の上にあぐらを掻いて座るネアリア。


「ふむ、何かね、ネアリア君」


「そこで耳まで真っ赤にして、テーブルに突っ伏しているヤツにいったい何があったんだ?」


「それは彼女の名誉のためにノーコメントでお願いしよう」


 あれは、不幸な事故だった。それでいいじゃない。


「えっとねー! セイハおねえちゃんとあんちゃんがねー!」


「燐華、後で遊んであげるから、今は静かにしてなさい」


「え、ホントー!?やったぁ!!」


 幼女の口を塞ぐことに成功した俺は、ゴホンと咳払いをしてから、疑わしそうなジト目を向けて来るネアリアをスルーし、勢揃いしている我がギルドの面々に向かって口を開いた。


「それより、知らないヤツもいるだろうから、全員揃っているところで改めて新たな仲間の紹介をしておこう。――夜華」


 その俺の呼び声に、広場の隅っこからのしのしと歩いて俺の隣に「お座り」の姿勢で座る、真っ黒狼こと夜華さん。


「コイツは夜華だ。緊急依頼の先で会って、飼うことにした。まあ、可愛がってやってくれ」


 ペコリと小さく頭を下げる夜華。従順で可愛いヤツだ。


「……あの、ユウ様、そのことで一つお話があるのですが」


 と、控えめに手を上げ、口を開く我がギルドのスーパーメイド、シャナル。


「お、なんだ、シャナル」


「ユウ様は、夜華さんの種族がお分かりになられておいでですか?」


「? ロックウルフの希少種じゃないのか? その群れの中にいたけど」


「いえ……やはり、お分かりになられていた訳ではなかったのですね」


「何だ、ハッキリしねぇ物言いだな。何が言いてぇんだ?」

 

 そう横から口を挟むのは、ネアリア。


「そうですね……結論から申しますと、夜華さんは獣人(・・)です」


 …………へ?


「獣人……? つまり、お前や燐華と同じ、ってことか?」


「えぇ、そうです。私達よりは、どちらかと言うと獣よりの獣人であるようですが、恐らく人化も可能かと」


 ……賢いヤツだ、とは思っていたのだが……俺達の言葉をしっかり理解しているらしいのは、それが理由か?


「……シャナルはこう言ってるけど、お前、人化出来るのか?」


「クゥ?」


 よくわかっていなさそうに、首を傾げる夜華。


「あー……俺達と同じような、人の姿になれるのか?」


 そう言い直すと、今度は理解したらしく、コクリと首を縦に振る。


 そして、俺達が見ているその前で、見る見る内にその身体が縮小していき――。




 ――やがて二息歩行で立ち上がったのは、眠たげな瞳をした、少し幼い顔立ちの少女だった。




 濡れ烏のような綺麗な黒髪に、対照的な色白の肌。


 背丈は燐華や玲よりは大きいが、セイハより小さい程。

 顔立ちと身体つきは人のソレだが、足と腕を黒色の体毛が覆い、狼の時と同じフサフサの尻尾とツンと立った耳を有している。


 そして――当然ながら、全裸である(・・・・・)


「わっ、キレーな子!」


「ちょ、ちょっと、何か着るものを……」


「ご主人、えっちー!」


 幼女組が、それぞれ声を上げる。


「……とりあえず、これを着ろ」


 俺はアイテムボックスを操作し、余り物のコートを取り出すと、彼女にパフッと投げ渡す。


 が、しかし着方がわからないようで、首を捻りながら受け取ったコートを上下左右に回して観察している。


 ……本当に人型になったな。

 というか……雌だったのか、コイツ、いや、この子は。


「シャナル、着せてやれ」


「畏まりました」


 ススス、と前に出て来たシャナルが、夜華の後ろに回り、手馴れた手付きで彼女にコートを着せ、前を閉じる。


「あー……その、お前は夜華でいいんだよな?」


 その俺の質問に、彼女はサイズの合わないブカブカのコートを不思議そうに触りながらコクリと頷き、自分を指差して、


「よるか」


 次に俺を指差し、


「あるじ」


 幼さの感じさせる声で言葉短に返事をする。


「あるじ、よるか、忘れちゃった?」


「い、いや、忘れてないぞ。一応の確認だ、確認」


 俺は誤魔化すようにそう言いながら、彼女の頭をワシャワシャと撫でる。


 ただ、急激な変化にちょっと面食らっただけだ。


「ええっと……夜華、何であの狼どもと一緒にいたんだ?」


 種族が違うのであれば、あのロックウルフの集団とは当然生まれが違う訳だからな。


「彼らのボス、ころした」


「へぇ?」


 ――その後、あまり長文を喋らない彼女の言葉を纏めると、こうだ。


 どうも、出自はよくわからないらしい。

 気が付いた時には森で一人で暮らすようになっており、狼の姿でずっと森を駆け回っていたそうだ。


 あの狼の集団と出会ったのは、ある日いつものように森の中を走り回っていたら、理由はわからないが縄張りを移動して来たアイツらに出会ったのだそうだ。


 そこは彼女の縄張り内であり、相手は侵入者。

 当然、「仲良くやろうぜ!」となるはずもなく、ヤツらの一団と戦うことになったのだそうだ。


 その実力は、俺も見た通り。


 狼畜生よりも上等な頭脳で敵を翻弄し、そして地の実力で圧倒し、相手のボスを殺して流れでそのまま、自分がボスになったのだそうだ。


 そうして仲間になったのはそんなに昔のことではないらしく、だから、彼らについての詳細もあまりよく知らないらしい。


 群れのボスがいて、それに従う手駒がいる。

 ただそういう関係だったのだそうだ。


 そしてまたある時、配下達の食糧確保のため、森に入って来た冒険者の一団に襲い掛かり……ここにいたると。


 なるほど……この子は、ずっと一人で生きていたのか。


「そうか……ま、これからはここが家だ。今までより騒がしくなるだろうが、そこは諦めてくれ」


「よろしくね、夜華ちゃん!」


「よろしゅう、夜華ちゃん」


「よろしくねー!」


「……ん」


 幼女組の元気な言葉に、コクリと小さく頷く夜華。


 うむ、この子も、今日から幼女組の仲間入りだな。


 不思議ちゃん枠だ。


「フフ、それでは、彼女の服を新たなに(しつら)えなければいけませんね」


「ま、確かにな。そのブカブカコートじゃあ、三歩歩いたら転ぶぜ、きっと」


 シャナルの言葉に、ネアリアが肩を竦めてそう答える。


「……これがいい」


「あ? そのコートじゃ、ぜってーまともに動けねぇって」


「あるじ、初めてもらった。これがいい」


 と、言葉少なだが、明確な意思を示す夜華。


「あら。それじゃあ、無理に別のものを着せるのも可哀想ですね」


「いや、無理があんだろ……」


 微笑ましそうにクスクスと笑うシャナルに、脱力した様子のネアリア。


「ハハ……ま、夜華。そのコートはくれてやる。けど、ずっとそれを着ているのは無理だろうから、シャナルに別の服を仕立ててもらえ」


「……これ、くれる?」


「あぁ。夜華の好きにしたらいい」


「……ん」


 ちょっとだけ嬉しそうな表情を浮かべ、コクリと頷く夜華。


 ……俺、夜華は賢いから俺達に従うのだと思っていたが、少し勘違いだったかもしれない。


 自然の中ではそうしないと生きていけないため、最初出会った時はあれだけ強気な姿勢だったが、元来はこのように大人しい子なのだろう。


「ふむ。ユウ様、その子にはどういう仕事をさせるおつもりで?」


「そうだな……流石にもう、メイドはいらないもんな」


「えぇ、まあ。ルヴィと瑠璃が来てくれたおかげで、今は私も大分手が楽になりましたので」


「いっ、いえ、私なんて、メイド長様に比べれば……」


「…………」


 と、姉の言葉に続いて、無言で頷く双子妹。


 双子の姉ちゃんであるルヴィは……以前より言葉のたどたどしさが少し消えているな。 


 恐らくは、シャナルがしっかりと教育したのだろう。

 この短期間で、大したものだ。


 妹ちゃんの方も、今はいつも通りだが、大分ここでの生活には慣れて来てくれているようだ。


 最近、燐華と一緒におしゃべりしている様子も見るしな。


 と言ってもまあ、基本は燐華が一方的に話すのを、ただボーっと聞いて、時折相槌を打つぐらいなのだが。


「なら、やっぱり燐華や玲と一緒で、何かの時に一緒に戦ってもらおうか。ただこう言っては何だが、やっぱり実力に差があるから、ジグとレグドラに戦い方を教えさせよう。それと、部隊運用には優れていたから、その辺りはジゲルだな」


 彼女は自然の中で育って来たため、恐らく人の戦い方より獣としての闘争本能の方が強く、彼女にとってもそちらの方が適しているはずだ。

 

 戦闘を教えるならば、彼ら二匹に獣の戦い方を教えさせるのがいいだろう。

 それに加えて、ジゲルの教育が加わった時、どのような成長の仕方をするのか楽しみだ。


 ……今になって思ったんだが、何かこのギルド、幼女率が順調に上がって来ているな。


 双子ちゃんはまあ、幼女の枠から外れているだろうが……。


「頼んでいいか、お前ら」


「ハッ、仰せの通りに」


 小さく一礼したジゲルに続き、我がギルドのペット達がそれぞれ鳴き声を上げる。


「あ、レギオンも、気が向いたらちょっとは見てやってくれ。お前の『守る』技術は一級品だから、それを知っていて損にはならんだろう」


『勿体、無いお言葉。此の身が教示、出来ること、なら』


 よし、彼女のウチでの身の振り方はこれでいいだろう。


 ぶっちゃけこれ以上戦闘員が増えてどうすんだって思わなくもないが、我がギルドの一員として、これから頑張ってくれたまえ。


「……それにしても、よくわかったな、夜華が獣人だって」


「はい、まあ、私とは近親種ですから。その辺りある程度の見分けはつくのです」


 へぇ、そうなのか。


 狼の時は、もう完全にただの狼にしか見えなかったが……まあ、どこか違いがあるのだろう、きっと。


「……ま、こんなところか。よし、それじゃあお前ら、今後の話をしよう。今回の件で、予定が少し変わった――」


 そうして俺は、ギルドの面々へと話を続ける――。


 いつも感想、ブクマ、評価、ありがとうございます。


 とりあえず、当面の人員は、これで出揃いました。

 話の流れ次第では、その内一人二人増える可能性はありますが。

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