襲撃者
「――そのまま聞いてくれ。今、俺達を尾行している二つの集団が動き出した」
俺は、抱き寄せた二人の耳元で、小さくそう囁く。
その俺の言葉に、ピクッと身体を反応させるセイハに、自然体で返事を返すネアリア。
「へぇ? この王都に戻って来た時から尾けて来ていたってヤツらか? でも、二つっつったな」
「あぁ、その王都に戻ってから尾行して来ている方はいいんだ。こっちは多分、冒険者だ。俺達の素性を調べているんだろう。……ただ、もう一方の集団が少々問題だ。どうも抜き身のナイフを構えている辺り、ただの俺達の熱烈なファンって訳でもなさそうだしな」
「……すみません。先に私が、気が付くべきことでした」
「いや、これぐらい気にするな。こう言っちゃアレだが、近場の索敵の性能は俺の方が上だからな。勿論、索敵範囲に関して言えば、セイハには全く及ばないが」
そう言ってから俺は、彼女らへと言葉を続ける。
「今言った後者の方は、敵意満々なようだから、多分俺達が人気のないところにでも入ったら襲って来るだろうな。――排除するぞ。五人だ」
「ったく……せっかくいい気分だったってーのに」
と、武器をアイテムボックスから取り出そうとしたネアリアを、セイハが止める。
「ネアリア、冒険者の尾行者もいるのです。軽率な行動はやめてください」
「そういうことだ。目撃者がいる以上、こちらから襲い掛かるのはダメだ。あくまで襲い掛かられた側である被害者を装う。武器を構えているのを見られるのはマズい」
「別に、見られたって構わねぇだろ。武器を持って追って来ている者を発見したからぶっ殺した、ってだけで、筋は通るはずだ」
「まあ、そうかもしれないが、あんまり際どいことはしたくない。どう思われるかわからんからな」
「チッ……わーったよ」
そう言って彼女は、武器を取り出そうとした腕を下ろす。
まあ、かと言って別に、ネアリアは手ぶらという訳ではない。
見えるように軍用ナイフばりにゴツいヤツを片方の肩から一本下げているし、そして見えないように小さめのハンドガンを後ろ腰に隠し持っていることは知っている。
無粋な闖入者が襲って来ても、武器に不自由はしないだろう。
「……本当に、邪魔な者達です。せっかく良い時間を過ごしていたというのに……」
と、小さく怒気を立ち昇らせながら、いつでも武器を抜き放てるようにと自然体で構えを取るセイハ。
……彼女に襲い掛かる担当のヤツは、御愁傷様といったところだな。
苦笑いを溢し、そのまま二人を連れて人気の全くない路地の裏手に入ると同時――推測通り、敵の攻撃が行われる。
突如、ヒュッと風切り音を発し、俺の額ど真ん中に向かって飛来する、短矢。
俺は、さも唐突の事態に驚いた、といったような表情を浮かべながら首を捻ってそれを躱し、即座に後ろ腰から妖華を引き抜くと、
「ッ、誰だ!」
そう、短矢が飛んで来た咆哮に向かって、鋭く誰何の声を放つ。
うむ、これで俺達が尾行者の存在をとっくに気が付いていたとはバレないだろう。
何という演技派。これならスパイも目じゃないな。
「……頭領、アンタ、演技は下手なんだな」
……そうでもなかったかもしれないが、しかし、どうやら相手はこちらの目論みに嵌まってくれたらしい。
初手が失敗したことを理解し、ススス、と闇から滲み出るようにして俺達の前後に現れる闖入者達。
前に三人、後ろに二人だ。
「……死人に話しても意味はない。死ね」
そう、一言呟くと同時――ヤツらは一斉に襲い掛かって来た。
まずは、俺を潰そうと考えたらしい。
敵集団の内の一人、どうもリーダーらしいヤツがスッと腕を前に伸ばし、そこから連続でこちらに向かって飛来する短矢を、俺は妖華と自身の身を捻ることで回避。
と、そうして攻撃を避けるのと同時に、前後から敵の二人が俺に襲い掛かり、その手に握っているナイフを振るう。
かなり訓練された、統率のある攻撃だ。
このことだけで、敵がただの物取りや暴漢などといった者達ではないことがわかる。
……まあ、それは容姿の全てを隠すような相手の恰好を見れば、一発でわかることかもしれないが。
俺は、妖華を持つ反対の手で瞬時に短剣『シュバルツァー』を腰から引き抜くと、その二本で敵の攻撃をそれぞれ防御する。
そのまま、反撃を繰り出そうとした俺だったが――その前に動き出す、二つの影。
セイハとネアリアである。
俺が防御した敵二人の首を、彼女らはそれぞれダガーとナイフで、一人ずつ搔き切って殺す。
その隙を見せた彼女達に向かって、短矢使い以外の敵の残り二人が襲い掛かって来るのを視界に捉え、今度は俺が彼女らをフォローすべく地面を思い切り蹴飛ばし、まずセイハに襲い掛かろうとした者の前に瞬間移動染みた勢いで移動する。
敵が回避行動を取る前にソイツの心臓に妖華を突き刺した俺は、クルリと身体を回転させながら、その勢いでシュバルツァーをネアリアに向かって来ていた者の額に向かって投げつける。
その俺の攻撃自体は、足を止めた敵に回避されてしまったが……それだけで十分だ。
瞬時に態勢を立て直したネアリアが、俺が敵にトドメを刺す前に、その手に握るナイフで相手の首に一閃。
――俺達に襲い掛かった四人は、ロクに悲鳴を上げることもなく、地面に崩れ落ちて行った。
「チッ……!」
最後の五人目、リーダーらしい敵は、自身の味方が全員殺られたのを見て形勢不利と判断したらしく、路地裏の壁を蹴りまるで忍者染みた動きで上に昇って逃げて行く。
「逃がしません……!」
ジャギ、と数本のダガーを両手で構えたセイハが、逃げる敵リーダーに向かってその全てを一斉に投擲。
その内の何本かは突き刺さったようだが、しかし足を止めるまでには至らなかったようだ。
血を垂らしながらも敵リーダーは、そのまま屋根上へと登り詰め――。
「はい、どうもいらっしゃい」
――だが、そこにいるのは、俺。
「ッ――!!」
セイハが敵の気を引いている内に、同じく屋根上まで駆け上がっていた俺は、下段の回し蹴りを放ち相手の足を払う。
予想外の攻撃を食らって体勢を崩し、そのまま背後に倒れ屋根上から下へと落ちていく敵リーダー。
どうにか空中で姿勢を制御し、着地には成功したようだが――そこには、我が愛しの部下である彼女達がいる。
「おう、クソ野郎。アタシらを狙ったツケはデカいぞ?」
「…………」
ニヤァ、と酷薄な笑みを浮かべるネアリアに、無言で殺気を振り撒くセイハが、敵リーダーの前後を挟んで退路を断つ。
そして、唯一の逃げ場であった屋根上には、俺。
もはや逃げ場がないことを理解した敵は、戦う覚悟を決めたのか、腕に仕込んだ短矢ではなくナイフを懐から取り出し――自身の首を、搔き切った。
「あっ、テメッ――!」
ネアリアの制止は届かず、血をブシュ、と弾けさせ、血塗れになりながら路地裏の地面へと倒れ伏す敵リーダー。
――辺りに漂う静寂。
戦闘の余韻はすでにそこにはなく、夜の闇だけが広がっていた。
「尋問するつもりでしたが……訓練された敵だったようですね」
「そうらしい、なっ!」
俺は屋根上を飛び降り、大きく膝を曲げて彼女らの近くに着地する。
と、敵の骸を漁っていたネアリアが、「チッ」と舌打ちしながらその場を立ち上がる。
「クソ、そうだろうとは思ってたが、やっぱ身元がわかるようなモンは何も持ってねぇな」
俺はセイハが拾ってくれたシュバルツァーを受け取り、「ありがとな、セイハ」と礼を言って腰の鞘に戻しながら、ネアリアへと問い掛ける。
「武器はどうだ? 何か特徴あったりしないか?」
「特にこれといって――いや、待て。何か刻印があんぞ」
そう言って彼女が渡して来る死体のナイフを受け取り、俺もまたその刻印を確認する。
見ると柄頭に、微妙に意匠の異なった剣が三本交差し、そしてその中心にドラゴンが描かれているというデザインの紋章が彫られている。
「これは……最近どっかで見たことあるな。何で見たんだったか……?」
「……恐らく、遠征時の騎士団が身に付けていたものと同じかと」
「……あぁ! そうだ。思い出した」
確かにこの紋章は、緊急依頼で出会った騎士団の鎧やマント、武器の一部に描かれていた紋章と同じものだ。
「するってーとコイツら、国に属するどっかの部隊っつーことか。……徹底している割にゃあ、随分とマヌケな証拠を残したもんだな」
「……そうだな。あからさまに過ぎる。自分達が殺られる可能性なんて微塵も考えていない自信家どもだったのか、それともわざとか」
その俺の言葉に、肩を竦めるネアリア。
「さてな。それを知りたきゃ、実際にコイツらの雇い主かボスかにでも聞いてみるか、それとも神官でも連れて来て、『おぉ、迷える魂よ。何故テメェらはこんなアホみてぇな証拠を残しちまったのでしょうか』って聞いてみるしかねぇな」
「ハハ……残念ながら、ウチのメンツにプリーストはいなかったからな。迷える魂君達に直接何かを聞くのは無理そうだ」
「そうかい。そりゃ確かに残念だ」
少しも残念じゃなさそうな様子で肩を竦めるネアリアに、俺は笑いを溢す。
「しかし……何故、このタイミングで私達を襲ったのでしょう。特に、狙われるようなことはしていないと思いますが……」
解せないといった様子で、そう呟くセイハ。
「あぁ、それも気になるな。ジジィの方で何かトチったとも思えねぇし、アタシらもドラゴンをぶっ殺しただけだし、狙われる理由がねぇ」
「……まあ、きっと相手方にはあるんだろうな。それこそ直接聞いてみないことには理由はわからないだろうが。――さ、難しく考えるのは、とりあえず帰ってからにしよう。もう結構遅くなっちまった」
「あいよ。……それより頭領、アタシとの約束、忘れてねぇだろうな?」
「勿論、忘れてなんか。晩酌にはしっかり付き合いますよ?」
「へへ、ならいい。帰ったらシャナルにつまみでも作ってもらおうぜ。頭領がいんなら、アイツも渋らず作ってくれんだろ」
「……そ、その、私も、晩酌を、ご一緒させていただいてもいいでしょうか……?」
「おっ、いいぜ。とうとうセイハが酒の味を覚える時が来たか。よし、なら今日は、アタシらと一緒に朝まで付き合ってもらおうか」
「……待て、ネアリアよ。お前、朝まで飲むつもりなのか?」
「そりゃ勿論。せっかくセイハが酒に興味を覚えたんだ、これを機にコイツを酒飲み仲間にしちしまう以外の選択肢はねぇだろ」
いや、それ以外の選択肢も普通にあると思いますが。
「い、いえ、私は別に、お酒に興味がある訳では……」
「何を言っているのか聞こえねぇな。――で、どうなんだ、頭領。部下の娯楽の埋め合わせに、付き合ってくれるって話じゃなかったのか?」
「グッ……わ、わかった、いいだろう。それぐらい、付き合ってやるさ!」
「へへへ、その言葉、しっかり聞いたからな。途中でへばるんじゃねぇぞ」
「バカ言え、先にぐでんぐでんになるのはお前だ。そして、机に突っ伏して眠るお前の寝顔を、思う存分弄り倒してやろう」
「おう、言うじゃねぇか。期待してっぞ」
そう会話を交わしながら俺達は、三人連れ立って路地裏を抜けて行った。
* * *
「……人数が劣勢での不意の襲撃を、無傷で撃退するか。凄まじい実力だな。アレなら、ドラゴンを倒したという話も頷ける」
――唐突に、路地裏の暗がりから現れる、二人の男。
彼らの内の一人は、ここ数日で急激に有名となったパーティの去って行った方向を眺め、もう一人は、路地裏に転がる五つの死体を見下ろしながら、引き攣り気味の表情で言葉を漏らす。
「あぁ。あの連係の完璧なまでのスムーズさを見ると、殺し慣れている、といった印象を受ける技量だったな。ヴァルデの大将が言っていた『元軍人の精鋭部隊』って線も、真実味が増すってもんだ」
「本当にな。ヴァルデさんの眼の鋭さもハンパじゃねぇ。……だが、それにしても、この骸さん方はいったいどこの誰だ? 彼らも、アテはないようだったし……」
「……こればっかりはわからんな。ただ最近、『選定の儀』に向けて、裏で色々と動きがある。ナローガ商会も潰された。ドラゴンを倒した、という者達の実力を知るために、当て馬として派遣されたヤツら、という可能性もある」
「そりゃ、可哀想なこった。けど、何のためにそんなことを」
「実力があるならば、自陣営に引き込むか。それとも敵になる前に潰すか。今の王都の不安定さを見るに、少しでも権力を増すため、そう考えている者がいてもおかしくはないだろう。……何にせよ、どちらかが一度報告に戻った方がいいな。死体の処理もある」
「わかった、なら俺が尾行を続ける。報告は頼んだ」
「了解、気を付けて行け。何があるかわからん」
「お互いにな」
そうして彼らは、再び闇の中へと消えて行く――。




