緊急依頼終了《2》
「――全く……大したことをしてくれたものだねぇ」
小さく吐き出される、ため息の音。
「……一応、こちらとしては、言われたことをやったまでなのですが」
「ドラゴンの討伐を一パーティだけで成し遂げることが、果たして言われたことに入るのか聞きたいもんだね。本当に……ロドリゴのヤツもちょっとは考えてほしいもんだ。首を持って帰って来たのはいいが、市民どもの恐慌状態を治めるのにアタシらがどれだけ苦労したことか」
現在この部屋にいるのは、俺と、例のギルド職員のスキンヘッドのおっさん。
そして――目の前の造りの良い机に座る、冒険者ギルドの王都本部を統括するギルドマスターである。
老齢ながらも、毅然とした態度を崩さない老婆であり、鋭い眦から放たれる眼光が強く印象に残る女性である。
この世界は、前世と同じく男性優位社会であるようだが、こうしてギルドの長という席に座っているところを見る限り、本当に大した手腕の持ち主なのだろう。
実際、ここに来るまでにスキンヘッドのおっさんに少し聞いた話だと、伝説のⅠ級冒険者であり、数々の逸話を残した人なのだそうだ。
――あのドラゴンを討伐後、調査隊と共に、俺もまたセイハとネアリア、イルと王都に帰還。
そして、帰って来て早々「至急来るように」と呼び出しを受け、そのままギルドマスターの執務室まで有無を言わせず連れて来られ、こうしてこの組織の長である彼女と対面しているのである。
「それでアンタ、いったい何者なんだい? 『フーシン旅団』とは、何の組織だ?」
と、鋭い眼差しでこちらを見据えながら、そう問い掛けて来るギルドマスター。
「普通の旅団で、俺はただのそこの一員ですが」
「馬鹿言ってんじゃないよ。アンタのような実力者が、無名であるってのがまずおかしいんだ。登録されている出自は全てデタラメ、ここに来るまでの経歴は一切不明。アンタのみならずお仲間もそうだ。ここまで怪しい集団があってたまるもんか」
そりゃあ、まあ、この世界に来てまだ一か月と経っていないので。
経歴不明は意図してのことではないし、出身地も別に、嘘を吐いている訳ではないのだが……。
「まあ、規約違反じゃないでしょう?」
「……そうさね。何も違反はない。無名の英雄、ドラゴンスレイヤー。その英雄様に、一度殿下と宰相閣下がお会いしたいとの仰せさ」
「それはそれは。光栄ですね、是非ともご挨拶させていただきたいものです」
わざと飄々とした様子で肩を竦めると、ギロリと俺を睨むギルド長。
その眼光の鋭さからは、確かな威厳と、人を畏怖させるような力を感じさせる。
「――アンタはいったい、何を企んでいる?」
「別に、何も。冒険者としての義務を果たしたまでですよ」
「ハッ、そうかい。義務かい」
「えぇ、そうです。緊急依頼に参加するのは、冒険者として当たり前のことですので」
「…………」
あくまでシラを切る俺のことをしばし睨んでから、やがて彼女は「……フン」と鼻を鳴らし、言葉を続ける。
「……まあいい。アンタは今日から『Ⅳ級』だ。パーティの三人は『Ⅴ級』。後で手続きをしておくんだね」
「……そんな簡単にランクを上げていいんですか?」
こっちとしては願ったり叶ったりだが……一気に三つも上がるか。
「ドラゴンを倒せるような実力の者を、素人に毛の生えた程度のランクにしておけるはずがないだろうが」
あぁ……まあ、そりゃそうか。
破格の待遇に思うが、冒険者ギルドの体面としても、自分で言うのもアレだが実力者を低ランクで甘んじさせているのは、あんまり良くないのだろう。
チラリとスキンヘッドのおっさんの方に視線を送ると、コクリと頷かれた辺り、これはもう決定事項と考えていいか。
これで、今後の計画が立てやすくなるな。話が早くて助かることだ。
……それにしても、素人に毛の生えた程度とは、結構なことを言うな、このばーさん。
自分の組織だろうに。
「それと、恐らく近い内に褒賞に関して王家の使いが来るはずだから、泊まっている宿を教えるんだね」
その彼女の質問に、俺は厄介になっている宿の名を素直に答える。
「――フン、ただの旅人だと言う割には、随分お高い場所に泊まっているじゃないか」
「大人数で泊まれるところが見つからなかったので」
「? 何だい、仲間全員で同じ部屋に泊まっているのかい?」
「えぇ、皆気心の知れた仲間ですので。それに、一日の終わりに皆で集まって話し合いのようなことをしてますので、同じ部屋の方が都合がいいんです」
「そりゃ、結構なことだ。そういう仲間は一生大事にするこったね」
と、ちょっと年の功っぽいことを言ってから、ギルドマスターは放っていた威圧を収める。
「まあいいさね、詳しい話はまた後日にしよう。正龍の討伐、ご苦労だった。今日は、しっかりと英気を養うことだね」
「そうさせていただきますよ。それでは、これで失礼します」
そう言って俺は、背中にひしひしと視線を感じながら、その部屋を後にした。
* * *
「……いけしゃあしゃあと、って表現がピッタリ来る奴だったね。アタシの前で、あれだけ平然としていられるとは。演技を見抜かれていたかね。ヴァルデ、アンタはさっきの男をどう見る?」
「そうですな……何か隠していることがあるのは確実でしょう。ただ、彼が善性の者であるのは、間違いないと思います。問題はないかと」
ギルドマスターの言葉に、青年が去って行った方を見ながら、ユウからおっさんと呼ばれているスキンヘッドの男――ヴァルデがそう答える。
彼のその様子を見て、少し興味を惹かれたように口を開くギルドマスター。
「へぇ? 詳しく聞こうじゃないか」
「いえ、私も確かなことは言えないのですが……彼のパーティが持ち寄る魔物の骸、それを少し調べました。どれも、無駄なく急所を捉えた、非常に鮮やかな手口で倒されています」
「ドラゴンを倒すぐらいだしね。実力は確かにあるんだろうさ」
「えぇ。ですが彼らは恐らく、魔物討伐を主軸とした戦い方をしていません」
「……何?」
「冒険者はどちらかと言うと、そこまで丁寧に戦いません。こう言っては何ですが、訓練を受けていませんので。しかし持ち込まれた魔物の骸を見るに、彼らは一撃必殺を信条とした、明らかに訓練を受けている者の戦い方をしています。パーティが老若男女様々であることからも、何か一芸に秀でた集団である可能性は高いかと」
「とすると……元軍人か、どこかの組織の戦闘員かい?」
「それも、あまり表に出て来ないような、ですね。武装などから見ても、確実に殺すことを目的とする、言わば暗殺者のような戦い方をしているように思われます。実際の戦闘は見ていないので、あくまで憶測ですが……」
「……つまり、人殺しを生業とする輩であると」
「恐らくは。私が考えたのは、どこかの国の部隊が離反し、ここに流れ着いたのかと。素性を隠しているのも、その辺りが理由なのではないかと思っています」
「……なるほどね。有り得そうな話だ。さっき話した限りじゃあ、あんまり従順に従うタイプでもなさそうだし、上と仲違いして、部隊ごと逃げて来たか。――なら、あの男が善性って話は?」
「それは、まあ……勘です」
先程まで論理尽くで話していた男が、突然そんなことを言い出したため、ギルドマスターは一瞬目を丸くしてから、やがて小さく笑いを溢す。
「クックッ……さてはアンタ、あの男が気に入ったな?」
「……そう言われると少々語弊がありますが、嫌いになれない男であるのは確かですね。人柄が良いのは間違いなさそうですし」
「フフ、わかった。まあ、アンタの言うことを信用しない訳じゃないが、今は少し、時期が悪い。最小限の監視だけは付けておくからね?」
「わかりました。それがよろしいかと」
「よし、アンタも下がっていいよ。下の馬鹿騒ぎにでも参加して来な」
「ギルド長はいらっしゃらないので?」
「アタシはそこまで暇じゃあないんだよ。今回の件の事務処理がね」
「では、私も手伝いますが――」
「いいって。アンタに手伝える仕事はないよ。ほら、さっさと行って来な」
「……ハ。それでは、私もこれで失礼します」
そう言ってヴァルデは、彼の上司に向かって小さく頭を下げてから、執務室から出て行った。
誰もいなくなった部屋で、彼らの出て行った扉の方を眺めながら、彼女は一人、ポツリと呟く。
「……無名の英雄、ねぇ。それが味方であることを、願うばかりだね――」




