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遭遇《1》



「――よし、ここを拠点とする! すでに、例の魔物の棲息域には進入したと考えられる、十分に注意しろ!!」


 そう声を張り上げるのは、騎士風の甲冑を身に纏った、総髪の男。


 背は高く、鎧でわかりにくいもののかなりがっちりとした身体付きをしているようで、歳は40そこら。

 重そうな長いランスを片手に抱え、もう片手には飾り気の少ない、実用性重視のヘルムを抱えている。


 彼は、この冒険者の一団のリーダーだ。


 恰好を見てすぐにわかる通り、王都に存在するどこかの騎士団の団長サマであるそうで、彼の指揮する騎士団のみこの調査隊に同行している。


 冒険者と騎士団というのは、やはり微妙に職務が被っているためか、あんまり仲の良い間柄ではないと聞いていたのだが、しかしどうもこの騎士団長は冒険者上がりであるそうで、冒険者という者達のやり方をよく熟知しているため、彼が指揮を執ることに対する反発はほぼ無かったようだ。


 そういう叩き上げとかって、この世界のように封建的社会を形成しているところじゃ嫌われそうなもんだが、見ている限りだとその騎士団の部下達からもまた結構慕われているらしく、皆ビシッと彼の指示に従っている。


 まあ、きっと、それだけ人格者なのだろう。


「護衛組はこのポイントを死守。馬車を盾とし、簡易陣地の形成に入れ! 調査組は、捜索地域を振り分ける! 一度こちらに集合しろ! ――そこの者達!」


 と、騎士団長の周囲を集う冒険者の中に紛れながらそんなことを考えていると、こちらの方に向かって声を掛けられる。


 その瞬間、冒険者達の視線が一斉にこちらに向き、あんまり視線に慣れていないのか、ビクッ、と臨時パーティを組んでいる魔術師の少女――イルが肩を小さく跳ねさせる。


「狼を連れたお前達だ。話は聞いている、道中のロックウルフの襲撃を退け、そのリーダー――そこにいる狼を手懐けたそうだな。それだけの実力者を後方に控えさせておく余裕はない、お前達も調査組に入ってもらいたい」


 口調こそ横柄だが、その表情は真剣であるため、あまり不快さを感じることはない。


「先に聞いておくけどよ、それはほぼウチらのボスが一人でやったことだが、ウチらも調査組に入るのか?」


「無論だ。パーティなのだろう。全員調査組に入ってもらう」


 ネアリアの質問に、そう答える騎士団長。


「あ、あの……わ、私も大丈夫なんですか? 私、完全に足手まといになっている気がするのですが……」


 と、今度は、おずおずといった様子でイルが口を開く。


「足手まといになっているとは聞いてないけど。ロックウルフと遭遇した時、しっかり皆を援護してくれてたんだろ? なぁ、セイハ、ネアリア」


「はい。彼女の支援魔法は的確でした」


「ま、確かに助かりはしたな」


 二人の話を聞くに、この魔法少女の支援魔法は、そんな突出して優れている訳ではないが、必要なところに必要な支援を送り、しっかり役目を果たせていたそうだ。


 そういう存在は、あんまり目立ちはしないかもしれないが、相当に重要だ。

 一人いるだけで、かなり優位に戦闘を進めることが出来る。


 この若さで冒険者をやれているのは、やはりその辺りの優秀さが理由なのだろう。


「あ、いやでも、その調査組の方は、多分護衛組より危険になる。そうだろ、騎士団長殿?」


「その通りだ。それぞれのパーティごとに分散して動くことになるため、出現した魔物も各々で撃破してもらうことになる。目標に遭遇すれば、さらなる危険も容易に想像される」


 俺の質問に、コクリと頷く騎士団長殿。


 まあ、彼に聞かずとも、この先にドラゴンが待ち構えていることはすでにわかっていることだし、危険があるのは間違いない。


「だから、無理に付いて来いなんてのは、言わないさ。ここから先、俺達に付いて来るか来ないかは、君が決めることだ。――それぐらい、許されるはずだよな?」


「……記録を見るに、お前達のところは臨時パーティのようだな。いいだろう、その辺りの裁量はこちらは口を出さん。好きにしろ」


「へい、どうも。――という訳だ。どうする?」


 まあ、彼女だけ護衛組に残るとなったら、少し安全を考える必要がある。

 一人だと危険だから、って理由で俺達のところに組み込まれた訳だからな。


 臨時とは言えパーティメンバーだ。危険が無いようにしてやりたい。


 ……そうだな、彼女が残る場合は、夜華を付けておくか。


 下手なパーティと一緒になるよりも、夜華と共にいる方が圧倒的に安全であると言えるはずだ。


 と、イルは少しだけ逡巡した様子を見せ、しかしすぐに決意を固めた表情を浮かべると、グ、と拳を握って口を開く。


「……や、やります! こ、これでも冒険者の端くれ、ここで逃げることなんか出来ません! ご、ご迷惑をお掛けしちゃうかもしれませんが、でも、付いて行かせてください!!」


「ハハ、わかった。それじゃあ、ここから先も一緒に行こうか」


「いいぞ、嬢ちゃん!!」


「カッコいいぞー!!」


 やる気の込められたイルの言葉を、周囲の冒険者達がヒュウヒュウと囃し立てる。


「あ、え、う、その……」


「静かに!!――話は決まったな。では、お前達はこのまま一パーティとして行動してくれ。では、調査組はこのまま詳細に移る。護衛組の者達は、すぐに行動を開始だ!」


 ――その後、騎士団長による、調査組の打ち合わせが始まる。


 折り畳み式の木製テーブルの上に置かれた、簡易的な地形のみが描かれた地図に記入されているポイントへ、冒険者パーティをそれぞれ割り振っていく。


 出発する前にも一度、ギルド職員である例のスキンヘッドのおっさんが割り当てを行っていたが、その時と多少変更されているようだ。


 どうも、馬車の一団よりも先行して捜索に当たっていた者達がいるようで、その情報を基に少し修正を加えたらしい。


「――捜索範囲の割り当ては以上だ。各自、異常を感知したら狼煙を上げて報せろ。緊急時は、配布した赤の魔煙玉を使え。質問は?」


「その目標の魔物は、正体はまだ掴めていないんですかい?」


 冒険者の中から飛ぶ質問。


「……これは、あくまで先行した者達による報告から導き出された推測だが……目標は、龍種(・・)である可能性が高い」


「何……?」


「龍種だと……?」


 冒険者達から漏れる、小さなどよめき。


 龍種とは、そのままドラゴン系の魔物のことだ。


 へぇ、もうそんなとこまでわかってんのか。

 調査隊ってのも、伊達じゃないな。


「まだ詳細はわからないが……仮にそうである以上、放っておけばいずれ、必ず王都において災厄となるだろう。故に我々は、ここで引くことは許されない。我々が、この手で、王都に住む市民の命を守るのだ」


 静かな熱の籠った騎士団長の言葉に、相手がドラゴンと聞いて若干動揺していた冒険者達の瞳にもまた、熱が籠り始める。


「此度の遠征で居場所を割り出し、可能ならばこれを撃破する。王都の平穏は、我らの手に掛かっている!!気合を入れよ、お前達!!」


『オォ!!』

 

 騎士団長の喝に、野太い声が周囲一帯に響き渡った。



   *   *   *



「……便利だな、ソイツ」


「だろ?」


 ボソッと呟いたネアリアに、俺はニヤリと笑みを浮かべる。

 

 彼女が眺めているのは、俺達より少し先行して、こちらに寄って来た魔物を食い殺している、真っ黒狼こと夜華のことだ。

 

 王都から大きく離れ、原生林染みたところまで足を踏み入れているためか、ここに至るまでの道中より明らかに魔物の出現数が増加している。

 だが、その魔物どもを夜華が先んじて排除してくれているため、俺達はほぼ何にもせずに、ただ散歩とでも言わんばかりの気楽さで先を進んでいるのだ。


「マスターは、これを見越してあの素晴らしいモフモフの犬を仲間に引き入れたのです。ですよね、マスター」


「……あ、あぁ、勿論そうだぞ。うん。計画通りだ」


「ハッ、そうかい。頭領の先見の明に万歳、だ」


 わざとらしいしぐさで両手を肩の高さまで上げるネアリアに、苦笑を溢す俺。


 と、そうしてのんびり会話を交わす俺達の横を付いて来ているイルが、おずおずといった様子で口を開いた。


「あ、あの……ユウさん」


「ん? どうした?」


「こっち……多分、私達に振り分けられた捜索範囲からは、ちょっと外れてしまっていると思うのですが……」


「お、気付いたか」


 そう、彼女が言う通り、今俺達が進んでいる場所は、打ち合わせで振り分けられた地域から少し外れている。


 そりゃまあそうだ。

 俺達は敵の位置をジゲル経由ですでに把握しており、今はそこに向かって進んでいるのだから。


「実は、俺達は極悪人でな」


「へっ?」


「今回の緊急依頼は全て、冒険者のランクを上げるための俺達の自作自演なんだ。だから、目標の魔物がいる位置なんかもしっかり把握していて、今はそこに向かっているんだ。捜索地域から外れているのは、それが理由だな」


「もう、こんな時にからかわないでくださいよ。ユウさん達が極悪人な訳ないじゃないですか」


 やだなぁ、と言いたげな様子で、そう言う魔法少女。


 ハハハ、勿論冗談ダヨー。


「まあ、ちょっとアテがあってな。……これは秘密にしておいて欲しいんだが、ウチのメイドさんはとりわけ勘が鋭くて、索敵が得意なんだ」


「メイドさん?」


「私のことです」


 首を傾げるイルに、セイハがそう答える。


 現在、セイハは仮面こそ付けているもののいつものメイド服ではなく、女アサシンという言葉がピッタリ来るような戦闘服を身に纏っているため、メイドと言われてもピンと来なかったのだろう。


 ちなみに、俺とネアリアは全く変わらないいつもと同じ恰好だ。


 ネアリアさん、街中ならともかく、こんな原生林染みた森の中でそんな露出の高い恰好をしていたら、虫とかに刺されて大変じゃないですかね。


「んで、どうもこっちの方が怪しいらしいんだけど、そんなあやふやなものをあの場で言う訳にもいかないからな。とりあえず自分達で確認しようかと」 


 そういう(てい)で、一応やっていくことにしてある。


「……なるほど、そういう理由でしたか。それならば確かに、一度自分達で確認するのが良いでしょうね。わかりました、私もそのつもりで向かうことにします」


「あぁ、心構えはしといてくれよ。夜華がいるとは言え、実際ソイツとかち合ったら、俺達も動くことに――」




 ――と、ちょうどそうして話していた、その時だった。



 パァン、と、高らかに鳴り響く、何かの音。


 即座にそちらの方向へ視線を向けると、遠くに見える赤色の(・・・)狼煙(・・)


 予め定められていた、目標と戦闘中という合図である。 


「……さっそく、どこかのパーティが目標とかち合ったようだ。ネアリア、セイハ、急ぐぞ。イル、君は夜華に乗って付いて来てくれ。夜華、ここから先お前は、イルを守ることを前提として行動しろ」


「「了解」」


「グルゥ」


「わ、わかりました!」


 ワタワタしながらも「お、お願いしますね、ヨルカさん」とイルが夜華の背中に乗ったのを確認してから俺は、それまでののんびりとした歩調を一転、ゲームの敏捷を遺憾なく発揮し、人外染みた速度でその場を走り出した――。


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