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正体



 その報せを聞いた時、ダレイドは一瞬、思考停止に陥った。


「…………何?」


「ヤツら、派手に動き過ぎたせいか、どこかの組織に制裁されやがったんです!!ナローガ商会本部の屋敷は月まで吹っ飛んで、ナローガのクソ野郎も死にやした!!」


 部下の男から語られるのは、ダレイド達『シュタルシルド組』を脅かしていた、組織の壊滅報告。


 ――ヤツだ。


 咄嗟に、一人の仮面の男の姿を脳裏へと思い浮かべながら、ダレイドは部下へと詳細を促す。


「吹き飛んだんだろう? 制裁されたという根拠は?」


「見つかった死体がどれも、死因が爆死や焼死じゃなく刃物などの凶器によるものだそうで、加えてナローガに関してはかなり惨たらしい拷問をされた痕跡が残っていたそうです。レントのヤツが教えてくれやした」


 喜色を隠せない様子で、いい気味だといった表情を浮かべる部下の男。


 レントとは、同じ孤児院出身の者だ。


 衛兵という真っ当な道に進むことの出来た、自分達の誉れのような男なのだが……。


 ――そう言えば、あの仮面は呪いの武器の方を探していると言っていた。


 あのクソブタに拷問の痕があるということは、恐らくその保管場所を聞き出そうとしたのだろう。


「残党は? 何かしらの動きはあるのか?」


「直属のヤツらはてんやわんやですよ。どうにか実行犯を見つけようと躍起になっているようですが、有り体に言って大混乱ってのがしっくり来やすね。無理やり下部組織に組み込まれたヤツらも、どこも軒並み反旗を翻して、本部直属のクソどもをぶっ殺そうと手を組んで動き出していやす」


「そうか……終わったな」


「はい、終わりやした。これで、ヤツらの組が食い物にされ、解体されるのも時間の問題かと」


「……あの外道が、死んだか」


「そうです。死にやした」


 ――俺は、賭けに勝ったのか。


 その事実を理解すると同時、ダイレドは安堵から「フー……」と大きく息を吐き出し、椅子の背もたれへと身体を預ける。


 仮面の男について詳しく知らない部下の男もまた、自分達のボスが背負っていた重責の、一人が負うにはあまりにも大きすぎるその重さを知っていたため、安堵した様子を見せるボスの姿をただ嬉しそうに眺める。


「……先生のところへ行くぞ。準備しろ」


「へへ、そう言うと思いやして、すでに外出の準備は整えてありやす」


 ――あぁ、読まれていたか。


 ダレイドは苦笑を浮かべると、座っていた椅子から立ち上がり、掛けてあったコートを羽織る。


 と、そのまま部屋を出て行こうとした時、後ろに付いて来ていた部下が、ふと思い出したかのように彼へと言葉を放つ。


「――あぁ、そういや今、ガキどもの遊び相手として来てくれているお嬢様方の、保護者の男が来ているそうですよ。もしかすると、先生はその対応をしているかもしれやせん」


「へぇ、そう――」


「……ボス?」


 突然立ち止まったダレイドを、不思議そうに見る部下の男。


 ――あの仮面は確か、ウチの子達が世話になっている、などと言った。


 だが、あの孤児院の子供は全員、親無し。保護者などいるはずがない。


 だとすると、あの仮面の正体は、もしかして――。



   *   *    *



「いけー! あんちゃん号ー!」


「あんちゃんごー!!」


「わははは、どんどん行くぞー!!」


「「きゃーっ」」


 ――急いで下町を進み、ダレイドが世話になった恩人が経営している孤児院へと辿り着いた時。


 彼が見たのは、見覚えのない狐耳の少女と、そして孤児院の子供の一人が黒髪の男に両肩で肩車され、喜んでいる様子。

 黒髪の男の周りには他の子供達が群がり、随分人気があることが窺える。


 思わず頬が緩んでしまうようなその光景を見た瞬間、ダレイドは道中に感じていた言いようのない不安が全て霧消していき、思わず大きく息を吐き出していた。


「あら、二人とも。今日はどうしたんですか?」


 と、ニコニコしながら子供達の方を見守っていた老シスターが、やって来た二人の存在に気が付き、そう声を掛けて来る。


「……いえ、こちらのゴタゴタが片付いたので、その報告に来たんですが……あの男は?」


「彼は、ここに来てくださっている子達の保護者の方です。お子さんに一緒に遊ぼうとせがまれ、そのままなし崩し的にあの状態に。フフ、面白い方です」


「……何か、危険はありませんでしたか?」


「? いえ、特にそんなことはないですが?」


 よくわかっていなさそうに、そう首を傾げる老シスター。


 ――俺の、勘違いだったのか……?


「ボス、さっきからどうしたんすか? 何か、様子が変でやすが……」


「……気にするな。……じゃあ、先生。お客人がいるようですので、俺達は出直して来ます」


 と、そうしてダレイドが踵を返そうとすると、彼らに向かって掛けられる声。


「あぁ、いえ、俺はもう帰りますんで、大丈夫ですよ」


「えー、あんちゃん、もう帰っちゃうのー?」


「燐、主様は忙しいんじゃ。お相手をしてくださっただけでもありがたいと思いんさい」


「でも、玲だってちょっと寂しそうな顔したじゃん!」


「べ、別にそんな顔などしとらん!!」


「ハハ、ほら、お前らもここに通うのは今日で最後なんだろ? だったら、俺じゃなくてここの子達と遊んでやれ。ファームが頑張ってるぞ」


「そうだぞー! ファームだってご主人と遊びたいけど、でも皆のお姉さんとして頑張っているのだー! 二人もファームを見習えー!」


「あっ、そうだった! じゃああんちゃん、帰ったらまた遊んでね!」


「主様、また後で」


 男は笑って見知らぬ少女達の頭を撫でると、ダレイド達の恩人へと会釈する。


「それでは、今日もよろしくお願いします」


「えぇ、任されました」


 そして、そのままダレイド達の横を通り過ぎようとした――その時。


 格好はあの仮面とは全く違った、よくいる町人の服装だが……その男の後ろ姿に感じる、見覚え(・・・)の感覚。


 ――そう言えば、あの仮面が被っていたフードの奥に覗いた髪色もまた、黒色だった。


 この王都において、珍しい黒色の髪をしている者など、果たして何人いることか。


 そのことに気が付いた時、ダレイドは思わず、男に向かって口を開いていた。


「待て」


「――何か?」


 呼び止めたダレイドに、振り返る黒髪の男。


「……礼は言わんぞ、仮面(・・)


 唐突なそのダレイドの言葉に、黒髪の男は――ニヤリと。


「さぁ、何の話ですか?」


 ダレイドの部屋から消え去る前、仮面の奥に(・・・・・)覗かせた笑み(・・・・・・)|と同じように

《・・・・・・》ニヤリと笑みを浮かべると、そう言い残して孤児院から去って行ったのだった。



 次回一話閑話を挟んだら、次章に入ります。

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