* 急 *
一行は順調に歩を進めていた。幸運にもモンスターに出くわすことなく進んでいたのだが、彼らはとうとう敵に囲まれるという事態に陥った。懸命に走って逃げたものの、振り切ることが出来なかったのだ。しかし、そのような窮地にあってもスナコは涼しい顔を崩さなかった。彼女はどこからともなく大きな段ボールを取り出すと「中に入るように」と一同に促した。
しばらく段ボールの中でじっとしていると、モンスターの気配がなくなった。どうやら、この段ボールには〈姿くらまし〉の効果があるらしい。
「さすがは〈異界の勇者・スナコ〉のチベスナマジック! もう、外に出ても大丈夫そうよ!」
隙間から外を覗き見ていた召喚士が喜々としてそう言うと、スナコが当然とばかりに大きく頷いた。死神ちゃんは、唖然とした顔が元に戻らなかった。しかし〈チベスナマジック〉とやらは、これで終わりはしなかった。
しばらくして、一行は再びモンスターに囲まれた。段ボールを出すほどの余裕はないらしく、青年が召喚士を庇うように立ちながら顔を青ざめさせた。
「わわわわわわ! どうしよう! スナコさん、どうしよう!?」
「うむ、任せろ」
うろたえる青年の悲鳴に、スナコは自信たっぷりに頷いた。そして彼女は、彼らの一歩前に歩み出た。その様子を、死神ちゃんは怪訝な表情で眺めた。何故なら、彼女は丸腰だったからだ。しかし直後、死神ちゃんはギョッと目を剥いて「ええええ」と絶叫した。――スナコが、どこからともなく銃火器を大量にずらりと出し、モンスターに向かって撃ちまくり始めたのだ。
スナコは手にしていた銃の弾薬が切れると、側に出しておいてあった銃に手をかけ、再び乱れ撃った。モンスターを一掃し終えると、スナコは硝煙の香りを漂わせながら、フンと鼻を鳴らして胸を張った。
「歯ごたえがないな。危うく殺してしまうところだった」
「いやいやいや、モロに殺したし! ていうか、それ、スティーヴン・コャールの名台詞!」
「さすがだな、友よ。実はコャールとは共演したことがあってだな」
「何、お前、ただの映画フリークじゃあなくて、出演もしてるのかよ!?」
うむ、と得意げに頷くスナコに、死神ちゃんは目を輝かせた。そして、どの映画に出ているのかと死神ちゃんが尋ねている最中に、またもやモンスターが現れた。スナコは面倒くさそうにスナギツネ顔を浮かべると、再び銃を手にして戦い始めた。
その間中、青年はギャアギャアと喚き散らし、右往左往としていた。正直、〈今すぐにでも攻撃の的にしてくれ〉と言わんばかりのうるささだった。しかしながら、モンスター達はことごとく彼の目の前を通過してスナコに向かって行った。
モンスターを駆逐し終えると、スナコは歩きながら、死神ちゃんに出演映画について語ってやった。死神ちゃんも、興味深げにそれに聞き入った。しかし、楽しい時間は長くは保たず、彼らはまたモンスターに囲まれた。
スナコが大活躍を見せつけている後ろで、青年はやはり「どうしてこうなった」と喚きながら右往左往としていた。そしてやはり、モンスターはまるで彼が存在していないとでもいうかのように彼の前を素通りしていった。――そんなことがその後も何度か続いて起こり、呆然とした死神ちゃんは頬を引きつらせながらポツリと言った。
「なあ、もしかして、スナコよりもお前のほうが強いんじゃあないのか……?」
「そんなこと、あるわけないでしょ!? お恥ずかしながら、僕は一般小市民だからね! スナコさんみたいな戦闘能力、持ち合わせていないんだよ!」
「いやでも、モンスターがことごとくお前をスルーして行くんだぜ? 普通は、そんな行動しないんだが」
「ああ、僕、存在感が薄いからね!」
「そういう問題!?」
死神ちゃんが声をひっくり返すと、青年は何となく申し訳なさそうに頭を掻いた。すると、スナコがこちらのほうを向くことなく、青年にアタッシュケースを投げて寄こした。
「すまんが、加勢を頼みたい」
「ああうん、了解! ――って、ちょっと待って! この銃、どこの軍の!? しかも、組み立てから!? さすがにこれは無理だよ!」
「大丈夫だ、問題ない」
スナコは〈信用しているぞ〉と言いたげに、青年をちらりと見た。青年は絶句すると、取扱説明書を見ながらブツブツと言い出した。死神ちゃんは表情を失うと、抑揚なくポツリと言った。
「こういう銃に触れたことのあるヤツの、どこが一般小市民なんだよ」
「そうかなあ? これ、僕にとっては日常茶飯事なんだけど。……ていうか、ごめん。ちょっとだけ黙ってて。これ、すごく難しくて――」
青年は難しい顔でもたもたと銃を組み立てていた。あまりの手際の悪さに、死神ちゃんは苛立ちを覚えた。とうとうイライラが爆発すると、死神ちゃんは青年から銃をひったくった。
目にも止まらぬ速さで、死神ちゃんは正確に銃を組み立てた。ぽかんとした顔を浮かべる青年に、死神ちゃんは怒り顔で銃を突き返した。
「ほらよ! 組み立てっていうのは、こうやるんだよ!」
「おかしいよね!? 幼女が慣れた手つきで銃を組み立てるとか、絶対おかしいよね!?」
「うるさいな! これが日常だと言い放つ一般小市民に言われたくねえよ!」
日常なんだけどなあ、と不思議そうに首を傾げさせながら、青年はスナコに加勢した。その後もモンスターと遭遇するたびに、モンスターは彼の前を素通りしていき、そして彼はモンスターの背後に易々と銃弾を浴びせた。死神ちゃんはスナコよりも彼のほうこそが〈真の勇者〉なのではないかと確信した。
スナコと青年の活躍により、一行は何とかピラミッドを脱出した。そして帰路に就くべく砂漠を渡っている最中、空からサメが降ってきた。更には砂地からもサメが泳いできた。スナコは顔色一つ変えることなくチェンソーを取り出すと、襲い掛かってくるサメどもをバッタバッタと切り捨てていった。
「サメにはやはり、これだろう」
得意げにニヤリと笑ったスナコだったが、迂闊にも足を滑らせて流砂に飲まれた。青年がパニックを起こして何とか助けようと画策したが、スナコはそんなことなど気にもとめずに腕を天に向かって真っ直ぐに伸ばした。そして親指を立てて〈GOOD〉のジェスチャーをとると、ヒーローの笑みを浮かべてゆっくりと砂に沈んでいった。
「スナコさん!? 何で余裕の表情で〈あいるびーばっく〉してるの!? 今助けるからね、スナコさ――」
スナコが完全に砂に飲まれると、青年もフッとその場から姿を消した。どうやら、スナコが元の世界に帰ったことにより青年も引きずられて帰っていったらしい。
ずっと騒がしかったのが一気に静かになり、死神ちゃんはどっと疲れを感じた。死神ちゃんがげっそりとした顔で召喚士を窺い見ると、彼女も同じようにげっそりと頬をこけさせていた。そして、彼女はポツリと一言漏らした。
「どうしてこうなった?」
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死神ちゃんが待機室に帰ってくると、モニターの前でチベスナが感慨深げに何度も頷いていた。以前、彼は「親類がこの世界に召喚されてやってくることがある」と言っていた。それを思い出した死神ちゃんは、もしやと思い彼に尋ねた。彼はニヤリと笑うばかりできちんとは答えてくれなかったが、その様子を見るに、きっとスナコは彼の親類の一人なのだろう。
しかし、彼は五段階のケモノ度数で言ったら三に当たる〈半ケモ〉という出で立ちをしていた。対して、スナコは度数一の〈耳と尻尾だけケモ〉であった。化け術の習熟度によって姿が変わるのか、はたまた、彼の代とスナコの代の間がどの程度年数が開いているかは分からないが、その数年(もしくは、数十年)の間に何かがあったのか。――聞いてみたい気もしたが、何となく面倒臭く思った死神ちゃんは質問するのを止めた。その代わり、一言だけポツリと呟くように言った。
「どうしてこうなった?」
――――チベットスナギツネの規格外具合に、さすがの死神ちゃんもタジタジだったのDEATH。
お読み頂き、誠にありがとうございます。
原作「転生死神ちゃんは毎日は憂鬱なのDEATH」と「僕の彼女はチベットスナギツネ(作:玉藻稲荷)」のほうも、どうぞよろしくお願い致します!