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* 序 *

挿絵(By みてみん)

 死神ちゃんがダンジョンに降り立つと、そこは五階砂漠地区にある〈小さなピラミッド〉だった。〈担当のパーティー(ターゲット)〉と思しき冒険者を見つけて天井伝いにこっそりと近寄っていくと、死神ちゃんは彼女の眼前に逆さまの状態で急降下した。ローブ姿の彼女は両頬を軽くタッチされて盛大に悲鳴を上げると、その場から走って逃げた。一心不乱に走っていく彼女の後を追いながら、死神ちゃんは「罠にでもかかって早く死なないかな」とぼんやりと思った。

 このピラミッドの中は罠が大量に仕掛けられており、またモンスターも手強いものが多い。しかしながら、冒険者は見事なまでの強運でそれら全てを回避した。だが、脇目も振らずに無茶苦茶に走り続けた結果、どうやら彼女は迷子になってしまったようだった。袋小路に追い詰められた彼女は、俯いてゼエゼエと肩で息をついた。まだ息も落ち着かぬうちに、彼女はちらりと死神ちゃんに視線を投げて顔をしかめさせた。



「ええええ!? 何よ、ただの小人族コビートじゃない! そうと分かってたら、こんな闇雲に走り回って逃げるなんてことしなかったのに!」


「ところがどっこい、俺は小人族じゃあないんだよな」


「まさか、あなたが噂の〈喋る死神〉!?」



 素っ頓狂な声を上げると、彼女はがっくりと膝をついた。そして目尻に涙を浮かべながら「何としてでも、生きてここから脱出しないと」とこぼした。


 彼女は本来、複数名でパーティーを組み探索を行っているそうだ。そうでなければ、彼女の熟練度では五階など彷徨うろつけやしないのだという。しかしながら、どうしても手に入れたいアイテムが有り、彼女は〈姿くらまし〉の術を駆使してここまでやって来たのだそうだ。



「〈姿くらまし〉が使えるってことは、お前、冒険者職は盗賊なのか?」


「いいえ、私は召喚師よ。わざわざ〈姿くらまし〉を覚えるために、過去に一度、盗賊になったことがあるのよ」



 道理で、と言いながら死神ちゃんは相槌を打った。すると、彼女はため息をついてぼんやりと遠くを見つめた。



「あー、どうしよう。道にも迷ったから〈姿くらまし〉を駆使しても、すんなりとは帰れないだろうし。ここは〈異界の勇者ゆうじゃ〉を召喚しようかな……」



 のろのろと立ち上がると、彼女は杖を構えてじゅもんを唱えだした。すると、どこからともなく光が集束し、その中に二つの影が現れた。直後、彼女はギョッと目を剥き固まった。死神ちゃんは彼女を見上げると、感心するように目を丸くした。



「お前、すごいな! 複数を同時に召喚できるだなんて。かなり凄腕の召喚士だったんだな!」


「出来ない」


「え?」


「私、一人としか召喚契約結んでないよ! それに、複数同時召喚だなんて、そんな高尚なこと出来ないよ!」


「じゃあなんで影が二つあるんだよ」


「それは私が知りたい――」



 死神ちゃんと彼女が言い合いをしていると、光が薄らぎ青年が一人現れた。彼は正座してブラシを握りしめ、ある生き物を膝に乗せて、にこにことのんきに笑っていた。



「さあ、スナコさん。準備はいい?」


「コヤ」


「じゃあ、始めるよー。――よーしよしよしよしよし」


「コヤ」



 彼は周りのことなど気にすることなく、膝の上の生き物に入念にブラッシングを施し始めた。死神ちゃんは自身にとって馴染みのあるその生き物を凝視すると、抑揚なく口早に言った。



挿絵(By みてみん)



「何でチベスナ」


「えっ、何、誰―― ぎゃああああああ! ここどこ!? 何!? 何なの!?」



 死神ちゃんが呟いたことで、ようやく彼は自分のおかれた状況を察したらしい。慌てふためきギャアギャアと騒ぎ出した彼を指差すと、召喚士は足を踏み鳴らしながら憤った。



「あなたこそ何なの!? 一体何なわけ!?」


「えっ、お前が契約してるの、こいつじゃあないのかよ。ていうか、光の中の影は二人分だったよな? もう一人はどこに行ったんだよ」



 死神ちゃんが素っ頓狂な声を上げると、青年の膝の上でふてぶてしく寛いでいたチベットスナギツネがすっくと立ち上がった。チベスナはコヤと鳴くと、そのまま彼の背後に回った。直後、ボフンという音とともに煙が立ち、その中から女性が一人現れた。



「何だ、仕事か」


「仕事って何!? スナコさん、仕事って何!?」


「うむ。我々は異世界に転移してきたのだ」


「えっ、ちょっと待って! 僕達、まだトラックに轢かれてもいないよ!? どうしてこうなったの? どうしてこうなったの!?」


「うるさいな、落ち着けよ」


「幼女に叩かれたーッ!」



 あまりにうるさく騒ぎ立てる青年に苛立った死神ちゃんは、彼の頬を叩いた。しかし、それは逆効果で彼は一層うるさく「どうしてこうなった」を繰り返した。死神ちゃんはゆっくりと召喚士の方を振り向くと「どうしてこうなった」とポツリとこぼした。


 召喚士が契約を結んでいるのは、どうやらこの〈スナコ〉と呼ばれたチベスナ女子のようだった。召喚士が呼び出し魔法を使用したのと、スナコが獣モードに変身して青年の膝に乗ったのが同時だったため、偶然にも二人まとめて呼び出されてしまったようだった。

 スナコは青年に「たとえ溶岩流に飲まれようとも、死にはしない。元の世界に帰るだけだから安心しろ」「遭遇するモンスターは鹿や猪と同じだから倒しても大丈夫だ」だの何だのと〈こちらの世界について〉を教えていた。青年は何か物申したそうな表情を浮かべつつも、必死に頷いていた。

 ひとしきり説明をし終えたスナコは、召喚士の方を向くとおもむろに手を差し出した。



「とりあえず、約束の品を頂こう。話はそれからだ」



 召喚士は頷くと、ポーチの中からあり得ないほどの量のお菓子を取り出した。驚いて目を剥く死神ちゃんに、召喚士は苦笑いを浮かべて言った。



「彼女と召喚契約を結ぶのって、誰よりもハードルが高くてね。大抵は月に一度、道具屋の契約カタログを通じて契約料の支払いをするだけでいいんだけど。彼女の場合は、毎回こうやって大量のお菓子を用意しておかないといけないんだよね」


「いくら何でも大量すぎるだろう……」


「驚きの量でしょう? これ、買ってたらお財布がピンチどころの騒ぎじゃあないよね。私、お菓子作りが趣味で本当に良かったよー」


「それで済むような量でもないだろう……」



 なおもお菓子を出し続ける召喚士に、死神ちゃんは呆れ返った。すぐ側では、目を輝かせるスナコをじっとりと見つめながら、青年が死神ちゃん同様に呆れ返っていた。

 そわそわと手を摺り合わせたスナコは、頂きますと言うのと同時にお菓子を口に詰め込んだ。真剣な眼差しでお菓子と向き合い、もくもくと手を動かし続けるスナコに死神ちゃんと青年が呆れ果てていると、召喚士はにっこりと笑ってお菓子を差し出してきた。



「折角だから、死神ちゃんとお兄さんにもあげるね」



 死神ちゃんが笑顔でお菓子を受け取ると、スナコが恨めしそうに顔を歪めて死神ちゃんを睨みつけた。何だよ、と死神ちゃんが顔をしかめさせると、スナコは死神ちゃんの手からお菓子を容赦なくもぎ取った。



「あーッ! 何するんだよ、お前!」


「こいつの作ったお菓子は、全て私のものだ」


「お前、こんなにいっぱいあるんだから、一つくらいいいだろうが!」


「駄目だ。そういう契約だからな」


「もう、スナコさんったら。こんな小さい子からお菓子を巻き上げるとか、どんだけ食い意地張ってるの? さすがに、それは駄目だよ?」



 青年が顔をしかめさせると、スナコは威嚇するように歯をむき出して「ならぬものはならん」とスナギツネ顔を浮かべた。召喚士は苦笑いを浮かべると、ポーチから更にお菓子を取り出した。



「仕方ないなあ。だったら、私のおやつ分として取っておいたのを分けてあげるよ。――はい、死神ちゃん」



 召喚士が死神ちゃんに渡そうとしたお菓子を、スナコは問答無用で奪い取った。死神ちゃんは愕然とした表情を浮かべると、火が付いたように泣き出した。

 スナコは青年と召喚士に怒られた。スナコは謝罪の言葉を渋々述べると、一転して優しげな笑みを浮かべた。微笑みながら死神ちゃんの頭を撫でるスナコの姿に青年と召喚士が胸を撫で下ろすと、スナコは笑みを湛えたまま言い放った。



「幼女よ。そのポーチの中から良い香りを漂わせているな。――私のお菓子が欲しければ、それと交換だ!」



 スナコは更にこっぴどく、青年と召喚士に怒られたのだった。

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