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―――― ヘッドギアを装着しベッドに横になる。
トイレ――OK
食事――OK
急用――OK
バッテリー――OK
よし、と一言心の中で呟き電源を入れる。
「――VRヘッドギアの起動を確認しました。
バイタルチェックを実施します。リラックスした姿勢でしばらくお待ちください」
無機質な女性の合成音声が告げる。すぐに始まるのかと思ったらバイタルチェックが始まる様子。よく考えればそれもそうか。もともと医療用技術から生じた分野だし、安全への管理確認は必要なんだろう。
「脳波、呼吸数、体温、脈拍、血圧、血中酸素飽和度――バイタルチェック、クリア。
未登録のユーザーを確認しました。現在このVRヘッドギアにはユーザーが設定されていません。残り登録可能ユーザー数は3名です。
新規ユーザーとして設定される場合はVRヘッドギアを装着したまま電源ボタンを3秒間押し続けてください。ボディスキャンが実行されます。
ユーザー設定を行わない場合はVRヘッドギアを取り外し、電源ボタンを押してシステムを終了してください」
当然新規ユーザー登録するんだから、電源ボタンを押して、と。
「新規ユーザー登録を行います。
ボディスキャンを実施します。そのままの姿勢でしばらくお待ちください」
この新しいゲームを始めるときのドキドキ感はいつになってもいい意味で慣れない。例えるなら遠足前の感じに近いかな。あれをしよう、これもしたい、そんなワクワクで胸が膨らむ。この気持ちがずっと続けばいいような、でも早く明日になってほしいような、そんな気持ちだ。
「ボディスキャンを終了しました。
『ユーザー1』を登録しました。VRシステムを起動します。目を閉じていただき、リラックスした姿勢でしばらくお待ちください」
言われた通り目を閉じて体の力を抜く。眠りにつくときのようなスーッと意識が遠くなる感覚がした。
〈VRシステムは正常に起動しています。
目を開けていただき、使用するソフトウェアを選択してください。〉
目を開けると深い緑の苔色をした空間に0と1の数字が縦横無尽にくるくると回っている不思議な空間に立っていた。
お腹の高さほどの場所にタブレット端末のようなものが浮いており、そこにはスパナとネジの工具が描かれたアイコンとクエスチョンマークのアイコン、パソコンの電源マークのアイコン、そして、剣と杖が交差したアイコンの4つが表示されていた。
「すごいな……これがVR空間……。
……ハッ!?ンンっ、『かがくの ちからって すげー !!』」
「初めまして、本日はVRヘッドギアをご活用いただき、ありがとうございます。
わたくしは、新規ユーザー様向け音声ヘルプでございます。ご不明な点がございましたら、どうぞお声かけください。」
「ひょわっ!?ビックリしたぁ……」
誰もいないと思ってついつい定番ネタをやった直後に響いたアナウンスに変な声がでた。あぁ、いやほんとびっくりした……。
「申し訳ございません。それでは、音声ヘルプをオフにされますか?オフにした場合も、工具のアイコン――『設定』からオンにすることが可能です。また、クエスチョンマークのアイコンからヘルプを呼び出すことも可能となっております」
「いや、今はそのままにしておくよ。まだよくわかってないし。
それで、『Chaos World』を起動するにはこの剣と杖のアイコンを押せばいいのかな?」
「かしこまりました。設定は変更されていません。
はい。『Chaos World』は剣と杖のアイコンとなっております。ゲームの起動はアイコンを選択後、OKボタンをタップしていただくことでソフトウェアは実行されます」
言われた通りアイコンを選ぶと、〈 『Chaos World』を起動しますか? 〉と吹き出しが現れた。迷わずOKボタンをタップ。
「ゲームの起動を確認しました。それでは楽しんで行ってらっしゃいませ」
音声ヘルプさんの声を聞きながら再び意識が遠のいていく――――
「――――無垢なる魂よ、目覚めの時が来ました。
さぁ、世界はあなたを歓迎していますよ」
落ち着いた声が響くと同時に意識が浮上する。目に見えるのはゆらゆらと光を通す青い世界。浅い海の底から空を見上げたような感じといえば伝わるんじゃないだろうか。とても不思議な光景だ。耳に入るのはくぐもった潮騒の音。懐かしいような、もの悲しいようなBGMも相まって余計に海中にいるような感覚に襲われる。
「無垢なる魂よ。今こそ選択の時です。
人として可能性と共に信じた道を進みますか?
万象に通じる魔力と共に己が道を切り開きますか?
人として万象に至ることもありましょう。
魔として正道を歩むこともありましょう。
無垢なる魂よ。あなたの道を、あなたが決めるのです」
おぉ……声優さんの本気だな。なんだか、まさに『自分が主人公だ』と感じさせてくる。
前方の胸の先、手を伸ばせば届く距離に握り拳ぐらいの大きさをした珠が二つ浮いている。片方は蒼色、もう片方は朱色だ。とりあえず事前の情報収集では朱色を選べば蛮族サイドらしいのでそちらに手を伸ばす
すると〈 蛮族 でゲームを開始しますか? 〉とのポップアップが表示されたのでそのままOKを選択。
体が上、つまり水面方向にぐーんと引っ張られて行き――光の波が溢れる。
真っ白になった視界が晴れるとタブレット端末によく似たアイテムが浮遊している空間だった。
〈システムアナウンス:キャラクタークリエイトを開始します〉
〈システムアナウンス:VRヘッドギアのスキャンデータを読み込んでいます〉
〈システムアナウンス:スキャンデータの読み込みが完了しました。
スキャンデータの編集を行ってください〉
ピコンピコンと電子音が鳴るとともに、視界の右下のチャット欄にメッセージが書き込まれていく。タブレットを確認すると、まるっきり現実での僕と同じ姿が投影されており、どうもこれをある程度以上まで編集しないと次の画面に進まないようだ。きっと、リアルでの問題が起こらないために個人が特定できない程度には見た目を変えてね、という運営からのお達しだろう。
このゲームに限らないのだが、VRヘッドギアからの認証を行うゲームでは性別を変えてプレイすることが出来ない仕様となっている。ホルモンバランスがどうこうという内容をネット見たような気がするが、変えるつもりはないので関係ない。
さて、僕の予定ではこのアバターが使用されることはないので適当に済ませてしまおう。
まずは髪の色を変更、せっかくなので真っ白にしてみた。脱色は髪に悪いらしいので現実ではできないのだ。HAGEは……まずい……。
次、目の色を金色に。前世で昔飼っていた猫が白色金目だったのであわせてみた。ねこねこにゃんにゃん。
次、髪の毛を伸ばす。首筋にかかるくらいの長さから腰のあたりまで伸ばせば大丈夫だろう。
次、肌の色を薄めの褐色に変更。南国っぽい感じに。
目鼻口をいじるのは難しそうなのでパスして、肩から上腕にかけてと、大腿の内側面以外の足を毛皮にしてみた。亜人万歳である。ただし耳は人のまま。
ここまでいじればシステムアナウンスさんも文句はあるまい。印象はかなり違うしね。顔がそのままだからよく知ってる人だと気づくかもしれないが。
〈システムアナウンス:種族を選択してください〉
よし、システムアナウンスさんから次の項目に行ってもオッケーとの許可が出たぞ。
タブレットを確認すると、種族を選択してくださいという言葉と選択可能種族一覧がのっているようだ。
【蛮族】
『亜人』・ゴブリン、コボルド、リザードマンなど
『魔人』・インプ、ジンなど
『巨人』・オーガ、トロールなど
『半人半魔』ケンタウロス、ラミア、ハーピーなど
『動物』ウルフ、スネーク、ジャイアントアントなど
『植物』マンイーター、アルラウネなど
『不死者』スケルトン、ゾンビなど
『魔法生物』ゴーレム、イビルグリモワールなど
……調べていたとはいえこれだけ多いと目移りしてしまう。
掲示板で言われていた『蛮族サイドは種族選ぶだけで数時間』というのもあながち間違いではないのかも。まぁもう決めてしまってる人間からすれば、問題ないことだけどな!
ほかの種族も気になるけれど、『動物』カテゴリーを選択する
〈『動物』カテゴリーが選択されました。キャラクターの成長に伴い、種族は変更されることがあります。〉
〈キャラクタークリエイトを行ってください〉
さてさて、うまくできるかな。
うん、まぁこんなものかな。
まず名前は『ユー』に設定、ありきたり故に呼ばれても現実でバレず、かつ呼ばれ慣れていることから自分だと分かりやすいという利点があるのだ。僕は捻るよりはシンプルに決める派である。
そして種族はウルフ、オオカミにしておいた。見た目は白毛金目にしてちょい神々しい感じをイメージ。オーラ的なものはだせないけど、もふもふ度にはこだわった。あと尻尾と耳の感じ。ステータスには一切反映されていないが満足である。
ステータスに関してはゲーム開始後のチュートリアルに振り分け要素があるらしいので今は種族の初期状態のままだ。ケモノ系はスキル性能が高くない代わりにステータスが人族よりも高めの設定になっているらしい。
また、ケモノ系はボイスがなく、喋った場合は唸り声や鳴き声が再生され、喋った内容は初期設定だとチャット欄のほうに表示されるようだ。これは変更することで、再生は鳴き声だが意味は周囲に伝わるということもできるらしい。
チャットについては実際に姉さん達と話してみてどちらがいいかを選べばいいだろうから、これはとりあえず初期設定のままにしておく。
フフフ……よもや男性が完全ケモノキャラを作るとは思うまい。これなら男だからとかいう理由で構われることも多少は減ると……減るといいなぁ。気にかけてくれるのは嬉しいけど、自由な時間も欲しいのは仕方ないよね。
それに、同性の親友がいてこそ、ぼっち脱却だと僕は思うのだ。
個人的に異性の友達は成立するが、異性の親友は成立しないと僕は思っている。
さてこれでゲームを開始するぞと、つい5分前まで思ってました。過去形なのはキャラクタークリエイトの項目の一番下のこれに気づいてしまったから。
〈希少種族抽選〉
低確率でキャラクタークリエイト内容を参照した希少種へキャラクターを変更する。抽選回数は1回のみ。チェック後、〈ゲーム開始〉することで抽選が行われる。
クリエイト内容を参照ということは獣状態の維持できると思われる。というか、そも抽選で落選する可能性のほうが多いわけで。むむむ……。こう、フェンリルとか属性持ちオオカミとかが当たるんだろうか。気になる。うーむ。
――――そぉい
〈――『Chaos World』へ ようこそ!!――〉