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この混沌とした世界で友達が欲しい!  作者: ダストブロワー(缶)
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 今日もまた朝が来て、僕は目覚める。いつものように、いつもと変わらず。理由は考えるまでもない。それは至極当たり前のことで、当然で、常識なのだから。


 けれど、俺は知っている。当たり前や常識が、気づけば自分の知ったソレとはまるで違うモノになってしまうことを。



 拝啓、前世の母さんへ。どうやらこの世界はいろいろとあべこべなようです。



 『僕』が『俺』だったころの最後の記憶は特に書くこともないようなありふれたものだった。トラックだとか病気だとかではなく、いつもどおり普通に学校の勉強をして、ゲームをして、眠っただけ。


 けれど、気が付けば『俺』は『僕』こと『方城 ユタカ』となって家の中にいた。小学生になるというおまけつきで。あの時はどこぞのスタ○ド使いの気持ちが痛いほどにわかった。理解できない現象ほど恐ろしいものはないのだ。


 過程も理由もわからないが、小学生からやり直せると知った『俺』は誓った。

 『俺』のようなぼっちにはなるまい、と。

 友達を、いや、親友と呼べるほどの友を作ろう、と。

 この決意を胸に、もう一度、今度は精一杯前を向いて生きようと。そのために俺は『俺』ではなく『僕』になることを決めた。言うなればこれは、ぼっち道を邁進していた『俺』からの脱却である。




 この世界の常識があべこべだと知って決意がさっそく崩れそうになるのは、この数時間後のことだ。今となっては良き思い出、5年前、『僕』が10歳の出来事である。




――――――――――――――――――――




 起きて最初にすることが人となりを表すとかどうとかを最近テレビで見た気がするが、そんなこととはまるで関係なく、僕は起きて最初にパーカーとか上着を着るようにしている。

 別に何も素っ裸で寝ているわけじゃない。ハーフパンツと大きめサイズのTシャツっていうだけだ。僕としてはいたって普通な、おしゃれに気を使ってない男のよくあるパジャマ兼部屋着のつもりなのだが、それで居間に行こうものなら母と姉に怒られてしまうのだ。実に不条理である。


曰く――――

「男なんだから服装には気を付けて――」

「そんな露出が多い服は家の中でも控えたほうが――」

「もうちょっと自分を大切に――」

「女なんてケダモノなんだから危機感が――」


 正直僕には理由がまるでわからないのだが、この世界での男性の出生率は低い。ほかの動物が概ね1:1なのに対し、ことこれがヒトになるとまさかの男女比1:9となっている。DNA仕事してくれと叫びたい。

 パーセントにすれば男性は全人口の10%、仮に全ての男性が一人の女性と結婚したと仮定しても女性のほとんどが結婚できないという事態が生じてしまうのだ。『婚活は就活よりも数十倍も大変なんだよ』とは、遠い目をした母さんの談である。


 さらに加えて、女性のほうが多いという関係上、僕の常識の中でいう男性と女性の役割や貞操といったものがほとんど例外なくあべこべになってしまっているのだ。

 つまり、体を張ったギャグをネタにする芸人やプロスポーツなどは悉く女性が主役であり、いわゆるエロ方面に積極的なのも女性、レディファーストならぬジェントルファーストが極々一般的マナーとして定着している。前世での男の立ち位置で平然と女の人がネタをするから、テレビとかを直視できないことが割とあって困ってしまう。

 勘違いしないでほしい、僕としても異性に興味はあるが、がっつくのは恥ずかしい。そういう年ごろなのだ。


 そうそう、流石に美醜の感覚まではあべこべになっていなかった。ヴィーナスにダビデ像、黄金比は世界を超えて共通の美的感覚ということか。


 この男女比の問題のため、社会における男性はかなりの優遇措置が取られている。

 異性がほとんど占める関係で学校へ通うことが精神的負担となりやすいため、自宅学習での義務教育課程に高卒・大卒認可は序の口で、生活支援として月当たり一般女性の平均月収の半額程度の生活支援金の振り込み、就労時間の制限(もちろん一般女性に比べ短くなるように、だ)男性専用車両や男性割引、各種保険の適用範囲や自己負担額などなど、いろいろとそれで大丈夫なのか心配になるような優遇措置があったが、それでも社会は回っているあたりなんとかなっているのだろう。






「おはよう、母さん。姉さんも。」


 階段を下りて居間へ行くと、既に母さんが朝食の準備をしており、テーブルで姉さんがテレビニュースを興味なさそうに眺めているところだった。

 前にいろいろあったせいでなんとも距離感を図りかねていた時期もあったが、今となっては普通に声をかけるしお互いに喋ることもできる、自慢の家族だ。

 残念なのは諸般の事情によって3年ほど引きこもり生活をしていた僕には自慢する相手がほとんどいないことだ。惜しいなー。いやぁー相手がいればなー。話もするのになー。


「ええ、おはよう。

朝ごはん、今ならパンとごはんで選べるけどどっちにする?」


「おはよ、ユー君。今日は土曜日なのにいつもより早起きじゃない」


 母さんは『方城 菖蒲アヤメ』今年で39歳になる会社員で、全国展開している結構な大手会社に勤めている。容姿は僕から見るとどうみても20後半か30前半にしか見えない。何か秘訣があるのかと一度若く見える理由について尋ねると「息子がいるのに格好悪い母親じゃいられないからよ」と笑いながら教えてくれた。大変男前である。いや、この世界では女前か。


「うん、おはよう。それじゃ朝ごはんはパンでお願い。

早起きにだったのは、ほら。たしか今日でしょ?アレが届くの。楽しみで目が覚めたんだ」


 姉は『方城 ミノリ』今年で16歳、高校1年で僕の一つ年上、所謂年子にあたる。僕の常識では『花の女子高生』と持ち上げられる存在だが、この世界ではありふれた学生(俺の常識における男子高校生)として扱われる。整った目鼻立ちをしており、身内の贔屓目もあるが少し上がり気味の目尻がキリッとした印象を抱かせる美人だと思う。個人的には笑った時の少し目尻が下がった優しい顔が好きだ。


「なるほど、ユー君もなんだ。私もそんな感じ。

いやはや、ユズねぇには感謝だね。まだまだ手に入りにくいアレを二つも準備してくれるとは」


 言いながら姉さんの顔がにやけていく。やっぱりそれだけ楽しみにしているのだろうな。かくいう僕もかなり楽しみにしている新作ゲームが今日届く予定になっているのだ。


「ほんとにね。まだまだ品薄だろうにユズ姉さんってばどうやったんだろう」


 『方城 柚子』――ユズ姉さんは厳密には姉ではなく、母の妹、叔母に当たる。一緒に住み始めたころ、親戚とはいえ軽々しく呼ぶのはどうかと思い、ユズ叔母さんと呼んだら無表情で泣き始め、頼むから叔母さんは勘弁してくれと乞われたがため姉弟そろってユズ姉さんと呼んでいる。なぜか僕が読んだ時だけツヤツヤしているように見えるのが不思議だ。


「ハァ……あのお気楽女郎は遊ぶことにばっかり本気だすから。

ゲームのこともいいけど、二人ともちゃんと勉強もしなさいね」


「「はーい」」


 軽く怒られてしまったが、それでもやっぱり楽しみなものは楽しみなのだ。生返事になってしまうのも今日ばかりは大目に見てほしい。




――――――――――――――――――――




―――Virtual Reality Massively Multiplayer Online Role-Playing Game


 仮想現実を使用した多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム。数年前からゲーマー達の耳目を集めたこのゲームジャンルは、今年の春から発売が噂され、今秋、ついに満を持して発売された。VRを利用したシュミレーションやRPGなどは少し前からそれなりの数リリースされてきたが、オンラインゲームとしてVRシステムを活用したゲームはこれが初めてとなる。


 VR技術は近年で飛躍的に進歩した領域で、黎明期には医療用として感覚再教育術を目的とした開発がされたが、それはやがて娯楽領域へとその活用範囲を増やしてきた。医学の発展とともに、初期は音声や視覚への投影程度だったフィードバックされる感覚は年毎に増え、現在はほぼ現実と変わりないと感覚と世界を作り出した、と開発会社は謳っている。


 そうして改良されたVR機器のポテンシャルを全力で使い、開発されたゲームタイトルが『Chaos World』だ。ネットではVR混沌などと呼ばれ、既にいくつものサイトが開設されている人気っぷりである。とはいえ、発売から間もないため載っている情報は事前に公式サイトで公開されている情報に毛が生えた程度か、信憑性や正確性に難のある情報なのだが。


 パソコンの電源を入れ、開始時の注意や器具の装着方法などをもう一度公式ページで確認する。


 このゲームは某戦国の野望シリーズのように自身の所属する国を選択し、その国で生活するというものだ。初期で選べる国は10以上、ゲーム開始後に所属の変更できる国を合わせれば所属可能な国数は30に迫る、圧倒的ボリュームと、ファンタジーでリアルな国の様子が売りである。


 プレイヤーは国のトップを狙うもよし、最強を目指すもよし、開拓者となって村や町を作るのも自由。お金持ちになって経済を回してもよし、ただのんべんだらりと過ごすもよし、と極めて自由度が高く、プレイヤーの行動を制限する要素はほとんどないと言っても過言ではない。


 そしてゲームの目玉として存在するのが国家戦である。国対国の超大規模戦闘が実装される予定らしく、その様相はゲームの常識を新たに創造する――とは公式ページの謳い文句だ。


 キャラクタークリエイト要素も膨大で、人族だけでも大量の種族が用意されており、ヒューマンだけではなく定番のエルフ、ドワーフに加え、ケモ耳尻尾付きのビースト、半人半機のマシナリーとニッチなところもしっかり押さえている。加えてこれらのハーフ○○系、上位種であるハイエルフやエルダードワーフなどなど。


 今までのゲームならこれでも十二分なんだけれど、『Chaos World』ではここから更に人族ではなく蛮族という種族選択があるのだ。

 定番のゴブリンやコボルドに、オーガやサイクロプスなど巨人種、スケルトンやバンパイアといったアンデット、ゴーレムに魔導機といった無機物やメカメカしいもの、果てにはウルフやアントといった動物に虫までもがキャラクターとしてクリエイト可能ということだ。……動物はともかく、虫を選ぶ人が果たしてどれだけいるのかは正直謎でしかない。なぜベストを尽くしたのか……運営虫好き疑惑である。




 次は個人ブログでも見てこようかと思うころ、ようやく待ち望んだインターフォンが鳴る。

ドアを開けると向かいの部屋のドアから出てきた姉さんと目が合った。どちらからともなく笑い、そのまま一緒に1階の玄関へ。


「ええと、方城柚子様からのお届け物です。

 方城実様のご自宅でよろしいでしょうか?」


「そ、私が本人。で、どこにハンコ押せばいいか教えてもらっても?」


 受け答えがちょっと雑な姉さんが少し珍しいな思いつつ、成り行きを見守る。


「ありがとうございます。それじゃあ此方にハンコかサイ――――」


 あ、宅配業者の人と目が合った。とりあえず愛想笑いで微笑みながら軽く手を振っておく。

 地道な好感度上昇作戦が友達づくりの第一歩だと前世で見たネット記事に書いてあったのだ。


 『俺』の記憶では外回りは男性が多いが、この世界では案の定女性である。

 というかこの世界では男性がこういう外回りの仕事についていることはまずない。就労している男性の人数が少ないのもあるが、事務所などに配置して働いてもらったほうが他の社員のやる気が向上するからだ。


 この世界における女性の男性に対する免疫のなさは結構なもので、不意に出会うとフリーズしてしまうこともままある。……具体的な例を出すと顔を赤くして固まっている今の業者さんのように。

 友達を作りたいのだが、フリーズされると反応に困ってしまう。この問題が解決されない限りは異性の友達作りは難しいだろうな。


「はい!ハンコ!終・わ・り・ま・し・たっ!」


「のわっ!?っとと、申し訳ございません。

はい、確認いたしました。それでは此方がお届け物になります」


 姉さんの声で再起動する業者さん。おお、この人、顔は赤いままだけど復帰からの仕事への対応が早い。流石流通大手の宅配会社、人材教育にも力を入れているのだろう。


「まったく、今の人、ユー君を見て固まってたよ。プロならちゃんと仕事してほしいよね。もう」


 姉さんが荷物を持ちながら器用に玄関を閉めて鼻息荒く言う。まぁしかし、対男性免疫不全症(俺氏命名)の女性であったので致し方ないな。

 そういう姉さんも『俺』が『僕』になった次の日の朝、普通に挨拶をしたら固まっていたじゃないかと心の中でだけ言っておく。僕は空気を読める男なのだ。空気を読めない人間は友達がいないらしいのでそこらへんはしっかり気を付けている。

 それにしても残念ながら運送業者さんは姉さんの信頼を勝ち取るには至らなかったようだ。


「それより、姉さんは人族と蛮族、どっちの陣営でプレイするか決めた?」


「んー、いや、んー……蛮族いいなと思いつつ、まだ迷ってる。学校の友達がたしか蛮族だったかな。

 それと、ユズねぇが蛮族でやってるよーって言ってたけど……そういうユー君は決めてるの?」


「僕は蛮族でやろうかなって。キャラクターもぼんやりとだけど決めてるよ。

それに、ユズねぇが蛮族でやってるならログインしてすぐにいろいろ教えてもらえそうだし」


 自キャラについての構想はもう大体決めてしまっている。というか、キャラクタークリエイトの自由度が気になったことから興味を持ち、話題性も十分あることを知ったので始めようと考えたところが少なからずあるのだ。

 話題性のある人気のゲーム、友達作り共通の話題としてこれ以上のものはそうそうないだろう。

 だって僕には芸能ネタとか全然わからんし……。誰と誰とが熱愛だー破局だーとかそんなん心底どうでもいいし、というのが本音なのだ。


「そっか。それじゃ私も蛮族でやーろうっと。

私もユー君と……う”んンっ、みんなでやったほうが楽しいしね」


「それでさ、国がいっぱいあるけど、ユズねぇどの国でプレイしてるかわかる?」


 せっかく同じ蛮族サイドでプレイしても身内に会えないのでは面白さも半減だ。

 見知らぬ人とのコミュニケーションは友達作りという点では完璧だが、こちらが男性ということがバレると面倒くさい関係になりやすい。ちゃんと身内の所属国はチェックしないとな。

 ……断じて知らない人に声をかけるのができないとか、そういうのではない。ないのだ。ただちょっとプレイヤーは忙しいかもしれないから、そう、配慮しているだけだ。


「たしか『ヨーツンヘイム』だったかな。尖った特徴はないけどプレイしやすいマップ……らしいよ」


「わかった、ありがと。

あ、そうだ。それでね、さっき調べてたら、VRヘッドギアが複数あればゲームプレイ前にフレンドコードの登録ができるみたいなんだって。

……あの、よかったらでいいんだけど、先に登録して欲しいんだけど……いい?」


 ――ック!緊張して随分とらしくもない言葉遣いになってしまった。要反省だ。めんどくさいし先に登録しておかね?と、こう言うつもりだったのだが。やっぱり姉とはいえ美人を前に話をすることはいつになっても慣れないし難しいな。


「もちろん!

ソフトはもうインストール済みだから、コードの交換したら早速始めましょうか」


「うん。ええと、こっちとこっちつないで―――」




 さて、気合い入れてマイキャラクター作っていきましょうか!




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