初めての出逢い/巨人リーリン
こんにちは。ほとんどのテストで爆死した僕です。物理とかなんなんマジで。
6話でーす。
1
「トキ、今日はとても大事な話がある」
「なぁに、お父さん」
空返事は返すものの、背を向けたままこちらに顔を向けようとはせず、集中しているから構わないでくれ、とでも言いたげに傲慢な態度でアピールしている。太々しいガキンチョである。一体誰に似たんだか。
何して遊んでいるのだろうと覗いてみると、積み木でビル街を建設しているらしい。そこらじゅうにブロックが散らばっている。先日東京の都心部に2人でお出かけをしたのだが、始終、首が痛くなりそうなほど摩天楼を見上げていたから、成程、どうりでピリピリしているわけだと納得できた。
……しかしよりによってビル街か。積もり積もった彼の寂寥が溢れた結果だろう。
「トキ、こっちを向きなさい」
怒気を含ませると、無言で振り返る。流石に観念してくれた。
いつもであれば子供の仕事を取り上げるようなことはしないが、今日は現場作業員より重要な、父親の仕事をしなければならないのである。
時未は、表情で先を促す。
「今日から、家族が一人増えるぞ」
「……ふん? 弟?それとも妹?そしたらトキは二人のボスだね」
興味をなさそうに、幼児らしからぬジョークを飛ばした。いったい誰に似たのだ。
「あのな、紗雪はそもそもお前の部下じゃないぞ。……下の方じゃないんだ。言うと、お前にはお姉ちゃんができる」
「お姉ちゃん??」
姉が出来ると言っても、理解できまい。普通はあり得ない。
「そうだ。お姉ちゃんといっても、歳は5才だけど、ほとんど同い年だ。お前は今4歳だよな。もっと小さかった頃、何回か会ってるんだぞ」
「へぇ~。覚えてない」
「なんせトキが赤ん坊だったからな」
あれは4年前の話か。家族ぐるみで出掛けたことも多々あり、結論はいい思い出しかない。よく大黒柱決定戦を催し、酔い潰れるまで飲み比べしたことも、大切な宝物だ。
中学からの旧友が事故で死んでから早1年。あっという間だ。
「ほれ、姫桜。こっちへおいで」
リビングと廊下を隔てる扉に身を隠し、呆けている白髪の少女を呼び出す。
彼女と実際に面会したのが3日前。前々から、姫桜を取り巻く家族関係については心得ていたつもりだし、過度なストレスが原因で髪色が抜け落ち、臓機能が一時的に低下していることも予め妻から聞かされていた。だから、ある程度覚悟は出来ていたが、いざ目の前にすると、その変貌ぶりに度肝を抜いた。
妻は仕事の都合で、俺に姫桜を預けるや否やイギリスへ発ってしまった。
つまり、男手一つで三人の子供を育て上げる使命を課せられたという訳であり、一番下の紗雪に限ってはオムツも取れていない赤ん坊である。
「…………」
やはり口は利かない。だが諦めてはダメだと決意した。しかし今は、彼女はいつか心を開いてくれると信じるしかない。
「うわ、ババア!」
「……コラ!そんなこと言うんじゃない!」
悲しみと後悔と覚悟で頭が埋め尽くされていたからか、幼児が言う程度の簡単な俗語が難解な熟語のように感じた。
開口一番罵声を浴びせる始末の時未に鉄槌を下す。ゲンコツとはいっても、小突く程度だ。
ただ、俺の注意不足というのもある。子供は正直なのだ。事前に忠告しておけばよかったと、後の祭りながら後悔する。
ただでさえ彼女は心に傷を負っている。これ以上病を深刻にさせない為にも、誤魔化さねばならない。
予め用意しておいたフレーズを引っ張り出す。
「トキ、これは白髪じゃない。……銀髪なんだよ」
銀髪はいつだってヒーローでヒロインだ。いつの時代だってその定義は不変なはずだし、どうせならいまからそのイメージを植え付けるまでだ。
「銀!?カッケェ!……さっきはごめん。よろしく、ヒサラ。トキで良いよ。女だからギシキはなし!」
若干の背徳感を感じながらも、やはり俺の持論はあっているようだなと確信する。
「…………」
初対面から親睦が深まるという都合の良い話はなく、深蒼な瞳は差し出された手を冷徹に見定めている。無理もない。俺もその微動だにしない小さな手を眺めることしかできなかった。
「あぁ、もう!」
時未は声を荒げ、強引に手を取る。是が非でも握手をしたいらしい。
「―っ!?」
予期せぬ行動だったらしく、混乱状態に陥った姫桜は時未の百パーセント善意で振り出した手を全力で弾き、後ずさりをするも足が引っかかって尻もちをついた。瞳をぎょろぎょろと見開き、顔を強張らせながら汗が噴き出ている。
「あっ……」
「トキ、トキ。いいんだ、怒ってやらないでくれよ、な?──姫桜も、今日からこいつはお前の家族だ。……危なくないんだ」
危ないという遠回しな言葉を5歳児が理解したとは到底思えないが、笑って諭してやるしかない。
多少ながら、警戒心は解いてくれたのか、姫桜の方から無言でおずおず手を差し出す。
「ほらトキ、仲直りも兼ねて握手してや。いや、指だな、人差し指をだしてごらん、そうだ」
「うん」
時未は人や物を指すときの手を作る。人は指さすなと注意するもいつも無視する時未である。姫桜は見様見真似であのエイリアンのポーズを作る
「よろしく」
「…………うん」
安堵の溜め息を吐きそうになった俺は、3人の父親として、彼らを導いてやらねばならならないのだ。
立派に育てる。
俺は改めて亡き親友に誓った。
2
不意に目が覚めた。妙に夢をしっかり覚えている。これが明晰夢というやつだろうか。
目覚まし時計の五分前にたまたま起床することも、別に珍しいことではない。といっても、地球ではないこの世界に目覚まし時計など存在するわけはない。なぜならば、そう、俺は異世界にt……あったんだけど。自然に置いてあるんだけど。
俺は未だ胡乱な脳味噌で熟考する。―ああなるほど、全部夢か、──と思いたいところだ。すべてが嘘だったら、この知らない真っ白な天井の説明がつかない。ロネさんが向こうから持ってきたんだな。と自分を納得させる答えを導きだした。あれ、つかここどこよ?駄目だ、昨夜の事を思い出せない。まあ、隣に裸の女性が寝ていないだけマシか。
―!?……って、なわけあるか。
なんて一人楽しく呑気なことを頭に浮かべながら、俺は仰向けになり、真っ白な天井を眺める。
何分ゴロゴロしているのか、もう忘れた。
二度寝と覚醒の狭間を愉しみつつ、枕の匂いを嗅ぎながら朝の余韻を愉しんでいると、スヌーズが鳴り響く。
子鳥の囀りや、荘厳なクラシックではなく、ただ無機質な電子音がピピピと喚いている。
俺はこの音が好きだ。というか、目覚まし時計の音楽というものは、日を追う事にその曲に殺意を憶えていくから、結局はスヌーズに落ち着くというのが通説だ。
時計の頭をげんこつで黙らせ、再び横になる。といっても、二度寝してしまおうという魂胆ではない。
醒めきった頭を枕に乗せると、色々なことを巡らせるものだ。懐かしい思い出や、くだらないインスピレーション。戒めなんかも当てはまる。
昨日、ロネが言った。「死は常に身近だ」。
おっしゃる通りだ。なんたってまず医療保険に加盟していない。
明日も俺が、元気に地に足を着けていられるのか。明日も、右をみれば奏士は変わらず屈託のない笑顔を浮かべているのか。6時間後も右の視界が晴れていて、視野は立体的か。30分もマフィアに誘拐されずにいられるのか。
治安は決して良くはないだろう。表通りは活気があって、スリだけを警戒していれば大丈夫そうだけれども、見たところこの街はかなり発展しているようだ。住人も、富裕層が多い気がした。
「―バカにぃぃぃ!」
……30秒後のマフィアより、3秒後の対策本部を建てる方が堅実そうだ。(確信)
強い足取りで沙雪が階段を上がって来ている。
明日も、皆が左右均等なリズムで足音を鳴らしてくれるわけじゃないのだ。翌日にはゴロゴロと車輪を転がす音が響くかもしれない。松葉杖を啄く音が聞こえて来るかもしれない。
骨折なら何の問題もない、いずれ治る。だが、俺達人間は蜥蜴ではないのだ。
……起きて早々、俺はなんて不謹慎なことを。
バタンッ
「いつまで寝ている!」
「さっきから起きてるよ。人んちの扉をぶち破るんじゃない。で、なに?」
「そうだ、学校へ行こう」
「京都へ行こうみたいに言うんじゃない。おい、寝ぼけてんのか?俺たちはもう自由オブマイライフなの
」
なんだよ人生の自由って。疲れてんなー俺。はぁ、このお布団いい香り。
「ロネさんが言っていただろう糞虫が!……あ、これじゃ虫に失礼だ」
「俺はうんこより下なのか」
「どっちかっつーと虫のうんこ」
「なるほど。お兄ちゃんは自然を育む大事なお仕事を担っているわけだな」
「じゃあ働け」
そういえば、ロネが言っていた。二ヶ月間、特別訓練をしてもらうと。確か、鬼影という代物を発現させる為だったはずだ。
「早く起きろ糞。皆首長くして待ってる」
「へいへい、首洗って待っとけって伝えといて」
「……?」
おおっと、中学生には早すぎたかな。
しかしそう簡単に起き上がれるもんじゃない。あと5分だけ作戦を実行しよう。
大きく伸びをして、大きな欠伸をする。しかしまあなんていい香りの枕なんだ。
「……それ私のベッドだから早く起きてほしいって、ロネさんが」
「!!!!!!???????」
俺はベッドから飛び起き、いそいそとベッドメイキングをした。
服装はずっと同じパーカーのままだ。私服のまま寝込んでしまって悪いなぁと頭を掻く。
そろそろ風呂にも入りたいし着替えたい。
「しかし、2ヶ月で足りんのかね」
土台、二ヵ月だけの養成で最前線に送り込むの拙速では、と思う節がある。
「んー、それだけ期待されてんじゃないの?」
さして考える様子もなく、紗雪は言った。
確かにそれはあるかもしれない。
昨日と同じ扉から廊下を通る。つまり、二日連続でロネのベッドで眠っていたということだ。どう謝罪すればいいのやら。
沙雪の後ろで、周囲を見回しながら進んでいくと、チラホラ現代の家具や機器を発見した。目覚まし時計の時点でもしやとは悟ったが、惜しみなく現代技術を取り入れているらしい。照明器具は最新LED。サイクロン式掃除機、が立て掛けられ、律儀にコンセントまで付いている。配線工事でもしたのだろう。何処かに発電機もあるに違いない。
やはり、彼女は自由に地球へ行けるのだ。さもなければ日用雑貨がこんなにあるなんて、逆に不自然といえる。
となると待てよ、俺も例外ではないのでは……。
コンセント規格を合わせる為なのか、日本製品が大概を占めているようだ。メイド・イン・ジャパンがもはや異世界にも親しまれていると思うと、製造した当事者でなくとも、同じ日本人tlして鼻が高い。
流石女の子と言うべきか、綺麗に整頓された家具配置に、廊下は塵一粒もなしと清掃も行き届いている。
一階に降りると、装飾が一変した。というか、本来あるべき姿に戻った。
LED証明は蝋燭に、化学繊維の絨毯は毛皮素材へと変わっていた。
この建物は事務所も兼ねている。壁に案内板やら手書きのプリントがそこかしこに貼られているからだ。
なるほど、客を中に入れるスタイルなのか。これだけ奇異な建築設計なのも頷ける。
昨日、食堂だと思っていたそれは接待室だった。ダイニングテーブルの他に、ソファがローテーブルを挟むように配置されている。部屋の隅に黒い布で隠されたインテリアが一つ、意味ありげに飾ってあった。
俺を待つ間暇を潰していたのだろう、水平思考推理ゲームに興じる面子に朝の挨拶を済ませた。テーブル席が満席だったので、側の椅子に腰掛けた。
お誕生日席に座るロネが注目を掛けた。
「さて、揃ったところで。今日から二ヶ月間、訓練所に合宿してもらうよ。この先生2人に、別れて指導してもらうから」
「あれ?ちょっと待って。ロネさんが教えてくれるんじゃないの?」
ロネは頭を掻き、かぶりを振った。
「いやぁ、私は教えるのがヘタッピだから。アハハ」
彼女は少なくとも13歳の時点で戦場を駆けていると訊いた。それほどまで鬼才な証拠だ。天才故になんちゃらとかいうやつ。
ロネは、徐ろに2枚のプロマイドを広げた。―世界観が壊れるからせめて似顔絵が良かった。
1枚は、筋肉質でスキンヘッドという、如何にも鬼上官ですと写真越しにアピールしてくる剣幕のオジサマ。
もう片方は、巨乳で眼鏡という、如何にも漫画に登場する新米教師のような美人。何故かシャツが第三ボタンまで開けている。それならもう一個いってほしい。
「2人の腕は私が太鼓判を押す人だから安心して。割れそうだけど、どっちに教わりたい?」
無論、考える余地もない。決まっている。自然の摂理と言ってもいい。
「俺ァオッサンに教わりてぇ」
当たり前だ。これからの人生、命を懸けるというのだ。キツイに越したことはない。それに、先生とラブコメ展開なんてあり得ない。ましてやおっぱいを揉むなんてハプニングは断じて0%。俺はラッキースケベではないという自負がある。いらねぇ。
「おい、お前らもこっち来い。美人の先生なんて、どうせ人中が発達して終わるだけだろ」
こいつらに限って、特に奏士は、声も掛けられずただ悶々とするだけだ。断言出来る。
奏士と鏡夜は顔を見合わせると、
「「いってらっしゃい。頑張ってね」」
手振りまで見事な異口同音であった。
くっ、どうやら俺は裏切られたようだ。しかし屈しない!
俺はつまらなそうに爪をホジホジしている紗雪の肩を掴み。
「紗雪はお兄ちゃんと来るよね!」
「うぉ!?―誰が行くか」
くっ、どうやら照れ隠しのようだ。そんな紗雪が可愛い!
「……私は、トキといる」
「姫桜!!お前だけは俺の味方だ!」
「うん」
姫桜は顔を紅潮させ、モジモジする。正直、すごく可愛いので直視できない。
「じゃあ決まりだね、伝えとくよ。あと、トキの分と紗雪ちゃんの荷物は予め用意があるんだけど、皆の分の余りがないから、奏士くんと鏡夜くんと姫桜ちゃんの分を買いに行こう」
ロネは元々、一人だけ連れて来る予定だったのだ。男女1セットづつしか準備がないのも仕方がない。姫桜の件だがこれはサイズの問題だろう、ロネの衣服では少々キツかろう。とくに∣Bが。
ロネは立ち上げてそそくさと玄関へ身を翻すと、顔だけをこちらに向けて、
「あー、留守番する?」
「いや、先に行っちゃおうかなと。それでいいべ、紗雪」
紗雪は首肯した。
「分かった。これが地図で、私の家から訓練所までの道が書かれてる。これがトキの分で、これが紗雪ちゃんの分。……地図読めるよね、こっちが北、ここが今いる場所。倍率は2万5千分1。結構広いよ。で、トキはこっち、紗雪ちゃんはこっち。はいこれ紗雪ちゃんの。貰っちゃっていいよ」
立て板に水のようにテキパキと情報を伝えられた。
学ぶ先生によって場所まで違うらしい。俺と沙雪の目的地は正反対だ。地図を読む限り、俺の担当する教官は山方面。紗雪は海方面だ。馬鹿でかい湖かもしれない。
「ありがとう。じゃあまた二か月後に」
「……トキ」
「ん、なに?」
「布団、トキの匂いついちゃったね」
「んぐっ!―まじでごめんっ」
ロネは頬を紅くさせながら意地悪を言った。恥ずかしがるなら言わないでくれよ。
これでもかというほどの巨大なリュックサックを両肩に掛け、俺は別れを告げ、それぞれの道を歩む。
俺は10kgはあろう荷物を背負いながら、10kmも徒歩で移動しなければならない。言わずもがなという絶望感である。
自身の足腰にに喝を入れ、石畳を強く踏み込んだ。
2
「ここ、か?」
手渡された地図を睨み、訝しみながらも全景を眺める。
というのも、この訓練所とやらが、旅館にしか見えないのだ。いや、合宿といえば旅館という二律背反が成り立つものだけれど、もっとこう、忍者の里をイメージしていたので。
「あのー、ごめんくださーい」
ノックをしても返事がなかったので、スライド式の扉を少しだけ開け、頭だけ突っ込む。「誰かいませんか?」を言うと誰もいなくなる現象が起こるので、絶対言わない。
仕方なく、靴を脱いで家に上がる。年季は見かけだけではないようで、歩くとフローリングはギシギシと悲鳴を上げ、埃が宙を舞う。まさか廃墟じゃないだろうな。
「ようこそ」
「あぼくぃぃんっ!」と、思わず叫びだしてしまった。背後から声を掛けられれば誰だって飛び上がってしまうのだ。恥ずかしくないぞ恥ずかしくなんかない。
「失礼、だが隙が大きすぎるな。貴様名は」
俺は振り返る。思わず壁だと思ってしまうほどの赳赳な巨躯。少なくとも2mはあるだろう。
写真とは違って、刺々しい印象はなかった。顔立ちは、ユダヤ系に近いが、もう少し柔らかい。
筋肉の浮彫がよく分かる焦げ茶のTシャツと少々ダボッとしたボトムスだ。部屋着か何かだろうか。
「あ、こんにちは。僕七瀬時未です。これから二カ月間、よろしくお願いします!」
「うむ、ナナセトキミ君か。話はシバル君から預かっている。私はグリアス・リーリンだ。よろしく」
差し出された手も巨大だ。幾度も剥けた拳ダコ、リンゴ程度ならいとも簡単に握りつぶせそうな指、タコだらけの掌。刻まれた無数の皺。俺はトラばさみに手を突っ込む錯覚に陥った。
「なに、心配するな。私は人を殺めたことはただ一度もない」
それって人以外はたくさん葬ってきたってことですよね。あれ、俺ってちゃんと人間なのかな。ちゃんと霊長類なのかな。誰か血統書みせてくれよ。
俺は恐る恐る握手を交わす。
そういえば、どうして携帯もないこの世界なのに、これだけ耳が早いのだろう。テレパシーとか?んなまさか。
「荷物は部屋に運ぶといい。案内しよう」
二階に上がらされ、8畳ほどの部屋に這入った。
「トイレは階段の隣、風呂はその奥。一つしかないから交代で。着替えはクローゼット、本棚の小説、特に図鑑は率先して読むように。洗濯桶は脱衣所、替えのシーツは押し入れの中。これが毎日の時間割表。食事の時間は守りなさい」
これまたロネと同じようにベラベラと説明してくる。軍隊出身は全員こうなのか。
「あ、はいわかりました」
「よし。といっても、ココをあまり使うことはないだろうがな。貴様、まだ何も食べていないだろう。来なさい」
言われる儘に後ろを付いて行く。
背中も壁の様にデカい。例え俺が後廻蹴りをぶち込んだとしても、微動だにしなさそうだ。
食堂にたどり着くと、凶暴な匂いが漂ってくる。
「こ、これはまさか!まさかまさか!!」
「あぁ、ノン特製の『ちゃーはん』とかいう料理だ。なんだ、ノンと顔見知りなのか」
「昨日ロネさんの紹介で彼女の店に行かせてもらったんですよ。いやぁ、こんな早く食べれるとは。俺特盛で!はっははは。ざまぁみろあの裏切りうんこどもめ!俺はたらふく食ってやるからな」
隣に併設されたキッチンルームから彼女が現れた。先日のコックコートにコック帽という出で立ちではなく、黒いセーターにジーンズを履き、エプロンを掛けているだけの簡素な服装だ。それらの要素から、プライベートとして来てくれたのだろうと察しが付く。若しくは、態態出張してくれたのかもしれない。
この如何にも現代っぽい衣類は、ロネが関税を払わずに持ち帰った土産の一部であろう。
名誉コックは照れたように苦笑する。
「昨日は大絶賛してくれたから、また食べさせてあげたくなったのよ」
俺は頭を床に叩きつける。つまり全力の土下座である。
「あ、ありがとうございまぁぁす!!いただきます!」
「ちょっと、冗談よ。まあ、嬉しいけれど」
ノンさんの苦笑をよそに、夢中になって炒飯を貪る。
パラパラと零れる米。鼻を抜けるガーリックのパンチ力。その暴走を上手に制御する香辛料。食べれば食べる程口に放り込みたくなる無限ループが続く。
「ほら、伯父さんも」
「止まらなくなるから結構だ。……そう睨むな」
リーリンの分もよそり始めるノンさんに尋ねた。
「え、おうぃはん(叔父さん)??」
「そうよ、母の兄。因みに儂の名はノジェクラビ=アンリザエスというの。呼び辛いでしょう」
「ああ、伯父ね」
俺は炒飯を飲み込んで、
「ああ、だからノンさんか。俺もそう呼んでいいっすか?」
ノジェクラビ、もといノンはにこやかに頷く。クラスメートの名も、ついぞ憶えることなく地球を発った俺だが、ここまで複雑な名前だと逆に憶えやすい。
―あれ?
「リーリンさん、なんで姪にあたるノンさんを苗字で呼ぶんですか」
グリアス・リーリン然り、シバル・ロネ然り、日本人と同じく先に氏名が来ている。
「ああ、ノンの父親の出身が違うんだ。元は、グリアス・ノジェクラビという名前だった」
「なるほど」
なんだか語呂が悪いような気がしなくもないが、まあ実際異文化なんてそうだろう。
「やはぃおんはんおやーはんはあくえつぁ(やはりノンのちゃーはんは格別だ)」
いつの間にか炒飯をかきこんでいるリーリンは、ハッとして自分の腹を摘まんで渋い顔を作る。分かりますよ。一度食べたら止まらないもの。
腹を摘まむといっても、この大男に揉める腹は存在しなかった。というのも、シャツ越しでも板チョコのような腹筋がなんとなく透けて見えるのだ。余計な心配だと思う。
比べて俺の筋肉といったら、萌やしとまではいかないが、かなり細い。腕周りや脹脛も心許ない。長らく運動をしていなかったのだから当然だ。全盛期の俺はもう少し逞しかった気がする。因みに全盛期とは中学時代のことである。
そんな俺の悩みを忖度したようで、
「飯を食い終わったら、もう一人が来る前に貴様に体力を上げる運動を教えてやろう」
「えっマジっすか?んじゃお願いします」
俺が望んだ結果というのは重々承知だが、今の迂闊な一言を、ものすごーく後悔するのは、もう少し先になってからである。
「では、儂は帰らせて貰うわね。作り置きしたお弁当は、冷やし庫に置いたから」
冷やし庫とは冷蔵庫のことだと察しはつくが、まさかこの家まで電気が通っているのだろうか。
「わかった。気を付けてな」
「ご馳走さまです!」
俺とリーリンが手を振って見送る。
「……窓の外を見ていなさい」
リーリンは通りに面した窓を指差す。
何が起こるのかと期待していると、
シャーッ
ノンは長髪を靡かせながら、既視感のある物に跨がって通りすぎて∣去った。
靴もスニーカーで、彼女の周りだけ切り取られたような現代っぷりだった。
「面白いだろう、馬より便利なんだ。私は走る方が鍛錬になるから好かんがね。一応は乗れるが、最初は慣れんな」
「あー、はは。面白そうですね」
俺は愛想笑いを浮かべるしか出来なかった。
……なんかもう、なんでもありじゃねーか。
最近自転車に乗りっぱなしの僕です。おかげで尾てい骨が砕けそうです。
映画までの待ち時間にこれを書いてますが、やはりパソコンの方が書きやすいですね。何度か、打った文字をセーブ出来ずにGoogleが落ちてしまいまうんです。データは忘却の彼方、泣きそう。
読んでくれた方、ありがとうございます!
ではまた次回