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デーモン・ワークス  作者: 里予ロマリック
序章
3/10

お派手が好きな奴ら。

前書きって一体なんだよぉ!って思い始める今日この頃

  1

 

 俺は騙された。

 あの女は欺いた。

 思い返せば、あの女には不審な点や矛盾は数多く存在していた。……それなのに、俺はとうとう・・・・異変を察知できなかった。今となれば何とでも言えてしまうが、俺はあのペテン師と対面した瞬間から違和感を覚えていたのだ。あの時に、どこぞの名探偵のように疑問を頭ごなしにをぶつけていれば、あの女の化けの皮は剥がれたに違いない。


 俺がそうしなかったのは、初対面の人間に失礼だから、という理由がもちろん第一にある。が、俺は、俺が存在してもしなくても支障を来すことはない、未来に嫌気がさしていたから、という理由があったのかもしれない。当時考えていたことと理由は違うかもしれないが、後の祭りに考えてみるとなんだかしっくりくるのだ。


 では現在、俺は期待を抱いている。

 コケットリーな微笑みも、時々見せるドジな素振りも、全ては計算であった。まんまと籠絡ろうらくされた慙愧の念は脳天から噴火しそうだ。しかしそれ以上にこのまま色香に迷ってみたいという好奇心が優っている。


 俺はあの女に裏切られ、世界から抹消された。俺を誑かしたあの女に憤りは感じていれど、結果に関してはむしろ感謝の気持ちすらあるのである。ヤツは魔性のサンタクロースだ。諧謔性も考慮すると、奴は時期的にあわてんぼうな魔性のサンタクロースだ。


   2


  最後の記憶は、公園で待ち合わせた彩音(いろね)と再会し、それからどうしたんだったか。―ああ思い出したぞ。あいつらが俺の青春に横入よこはいりして。俺史の後生に継承するはずだった大事な1ページを。で、光栄ながら姫桜に初めてを盗まれそうになったところで、……そこで記憶が途絶えている。


 視覚、聴覚が俺の言うことを聞き始め、意識が徐々に覚醒する。


「う~……ぅん」


 目を開けると見慣れない天井だった。…言いたかったんだよねこれ。

 さて、まずはここがどこで、ちゃんと足が付いているか確認せねば。布団を持ち上げる。よし、とりあえず死んだわけではないようだ。ちょっと股関が盛り上がってたけど、いつもの事だし。誰かご奉仕してくれないかな。


問題はここの所在である。見たところ民家の中のようだ。


 窓から柔らかな陽光が漏れ、気温湿度共に良好だ。それにベッドもふかふか。匂いも良い。昼寝には最高のコンディションだが、おちおち二度寝もしていられない。俺は丁寧にもベッドに眠らされたのか。背中や臀部に痛みがないから、睡眠環境はずっと良好だったということになる。俺がこんな厚待遇を受けているのだから、皆も無事だと考えていいかもしれない。


 中々見ない部屋の造りだ。和式とも洋式とも言い難い。ゲームや映画なんかでよく見る一昔前のヨーロピアンといったところだろうか。洋式じゃねーか。


 現状を一番わかっているのは彩音さんで間違いない。となると、次の目的は彩音さんを見つけることか。


 ベッドから腰を上げ、戸の音がでないように、そーっと開ける。が、キィーとうるさい音を出す。夜中に開いたら無茶苦茶怖そうだ。それより俺のメタ〇ギア作戦が失敗しちゃうでしょうが! あの手のゲームって敵の視力悪すぎだよな。


 少しだけ戸を開け、左、右とクリアリングする。FPSの影響かなぁやっぱ。


 部屋を出たら右方に7mほど廊下が続いていた。左は行き止まりだ。家の全体図としては俺の家よりも小さそうだ。廊下の先に下へ続く階段があるから、俺は二階に運ばれたわけか。体重63㎏の俺を起こすことなく運び込めるとは相当の力持ちだと考えられる。


 特に意味もなく、音をたてないようにゆっくり歩く。抜き足差し足忍び足~っと。


「あ、起きたね、おはよう。お目覚めのところ悪いけど、早速こっちに来て」

 背後からぬっと現れ、俺は猫のように飛び跳ねてしまった。

「ぁあ、彩音さん。おはよう。俺も話がある。皆はどこ?」


俺は目を擦りながら訊く。目ヤニがぼろぼろと落っこちた。寝起きのテカテカ顔を見られた。


「全員下。あ、なんか女の子がもう一人来ちゃってるんだけど、知り合い?」

「女の子…?」


 彩音さんでも姫桜(ひさら)でもない誰か?知らないよ他に女なんて。俺知ってる女の子2人しかいないの?


「まあいいや。ついてきて!」


 彩音に促されるまま、階段を下り、食堂らしき広間に連れてこられる。他は既に着席し、各々(おのおの)好き勝手やっている。ひーふーみーよー。“よー”?

 お誕生日席に座っている少女を見て背筋が凍りつく。16年位毎日見てきた一番馴染みのある女の……。いつも生意気でケチつけてくる女の……。先日睾丸を潰すと警告してきた女の……。いや、こいつは断じて女の"子"なんて生易しい存在じゃぁ断じてねぇ、俺は認めない。


「さ、紗雪(さゆき)?おまえ、どうしてここに…?」

「おにぃ尾行してたらいつのまにかここにいた」


「なんで盗聴なんかしてしてんだよっ」

「……心配だから?」


 眼鏡の知的(風)男子、京耶(きょうや)が口笛を吹く。

「フュー、さゆちゃんは相変わらずトキの事が大好きなんだね」


 やりちん(笑)の奏士も便乗する。

「仲いいなぁお前らホントに」


 え、俺らのことそう見えるの?


「ちょ、そんなんじゃないし」

「いや、俺らは仲良いぞ─イテェ!!」


 紗雪は照れたように早口で捲し立てる。可愛い。

 外面では将軍様モードは自制するらしい。


「じゃあ皆私の話聞いてー」

 彩音さんが注目を引き付ける。


「えー、どこから話そうか。まいいや。面倒だから単刀直入に言うよ。わかりやすいようにすると、具体的には円周率を3と置き換えるような感じで滅茶苦茶はしょると、用は君たちを異世界に転送させました」


「「「「「は?」」」」」という顔を俺含めしている。


「厳密にいうと、君たちの世界でいう並行世界?パラレルワールド?まあそんな感じ。知らないけど。証拠もあるよ。外見てみなよ」


 言われるがまま、カーテンを開けてみる。そこには石畳の道路や、その真ん中をカツカツと走る馬車。なにより、妖精がそこかしこに飛んでいる。彼らはピーターマンにでてくるジンカーベルのようにキラキラと輝いている。青や緑や赤と、放つ光の色は様々だ。百聞は一見に如かずとはこういうことを言うのか。


 辺りを見回すと姫桜を除く全員が目を見張っている。


「お、俺らが異世界に飛んだのはわかんねーけど分かった。でも、なんで俺らを召喚する必要があるんだ?戦争の徴兵か?」と奏士。もしかして女性恐怖症治った?


 確かになぜ俺たちが必要とされたのかが分からない。俺を含め全員一般人。仮にこの世界に戦争が起きているのだとすれば、拉致るべき人材は、日頃から訓練を受けている自衛隊や米兵だろうに。いや、技術者や将校だろう。しかし拉致するのは難しいか?


「召喚ではないけど。まあここからは丁寧に説明するね。皆、魔法ってわかるよね?この世界には『鬼影(きえい)』っていう魔法に似た特殊な力が存在するの。そうだなー、魔法と超能力のハーフアンドハーフと言えばわかりやすいかな? この鬼影を扱える人間はそう多くない。で、私は鬼影の隠れた才能をもつ人材を君たちの住む地球で探してたところ、トキ、君に出会った。初めて話しかけられた時は鳥肌がたったね」


 俺が優れた人材、だと?……お母さん、俺を産んでくれてありがとう!だが惑わされるな。そうなると必要なのは俺だけのはず。


「じゃあなんで一般人の私たちなんですか」

 紗雪が俺が抱いた疑問と同じ内容の質問をしてくれた。





 目上の人にですますを使うとは偉いぞ。てっきり学校の男全員の金玉と権利を握り潰していたと思っていた。


「うん、本当はトキだけ拉致ろうと思ってたんだけど、一緒にいた神宮くんも素質を感じたから。もしかしたらトキの周りには素質のある人が多いんじゃないかなって。そしたら大当たり!ぞろぞろと猛者予備軍が現れてビックリしたよ。因みに私、実は目が見えるんだ。騙しててゴメンね?鬼影をより敏感に察知する為にしてただけなんだよ」


「拉致って、おい」

 重大な事を淡々と告白し、目隠しを解く。


 彩音は眩しそうにゆっくりと瞳を持ち上げる。何日も目を瞑っていれば眩しいのも当然だろう。彼女の眼は翠色だった。宝石に例えるならば、その瞳はエメラルドの様な輝き。ははぁ、異世界人独特の眼色を隠す為の役割もあったわけだ。

 すると京耶。


「でも僕らはその鬼影とやらのイメージなんてないよー?ホントにできるかな」


 彩音はえへんと胸を張る。

「それは任せておいて!これから君たちには学校へ通ってもらうよ。学校? まあいいや、本来なら5年はかかるけど、素質が溢れてるからまあ短く終わるよ」


 それフラグ。五年を二ヵ月で?それって|太平洋戦争の|デジャヴ(犬死に)じゃないのか?まあ、5年なんてやってられないし、いいけど。


「で、2ヵ月通ったらどうすんだ?」

「うん、『シバル・ロネ遊撃部隊(ゆうげきぶたい)』に入隊してもらうよ」

「遊撃部隊?」


「そ。順に追うと、この世界には人族(ひとぞく)、妖精族、亜人族、竜族、の4つと屍族(しかばねぞく)から成っているんだ。人族である私たちは、昔から屍から侵略されていてよろしくない状況に立たされている」


 とそこで、奏士が質問。

「亜人ってのはゴブリンやらオーガやらの類だろ?竜も妖精ってのも分かる。だけど、屍って?」


 俺は閃いた、「それってあれだ、ゾンビ的な奴じゃねーの?この世界がバイオハザードしちゃってるとかそういうことだろ」


 彩音がポンと手を叩く。

「ご名答!人族は屍を退けなきゃいけない訳だ。けれど、屍っていうのは皮膚がガッチガチに硬くて、普通の鋼が通らない。人類は境地に立たされた。ではどうしたら屍を叩くことが出来るのか」


「……モンハンみたいにドラゴンの装備を作るとか?」


 紗雪が俺の思いもしないことを口走った。こいつゲームしてたっけ。


「紗雪ちゃん頭いいね。紗雪ちゃんの言う通り、屍族に対抗するには、竜族の鱗や甲殻から作られる『竜器(りゅうき)』っていう武器が必須になるの。人類は悩んだ。屍の撃退と竜の狩猟の2つを効率よく行う為にはどうすればいいのかってね。んで、部隊を二つ作ろうってことになったんだ。竜を狩るスペシャリスト、『神竜襲撃精鋭隊(しんりゅうしゅうげきせいえいたい)』、略して竜鋭隊(りゅうえいたい)。そして屍を追い返す軍隊「虚魂撃退軍(きょこんげきたいぐん)」の2部隊を設立した。これは百年前ぐらいの話かな? 虚魂の意味はわかんない。だけど問題があってね。竜が予想以上に強くって、めっちゃ死んだんだって。だから肝となる竜器が全っ然製造できなかった。またもや境地に立たされた人類は様々な案を出して効率化を図ったよ。鋼鉄製の檻の中に人間を入れて囮にして、隠れたとこから弓で仕留めよう、とか、落とし穴を掘ってリンチにしよう。だとか。でもそれらの作戦は大体失敗。頭を悩ませた首脳部は、外部の力、妖精族の力を借りようってことに考えが至った」


「外で飛んでるジンカーベルの事か?」

「そそ。あ、妖精の力っていうのが、鬼影ね」

「あー!粉を振りかけて人間に空を飛ばさせるてきな?合ってます?」と妹。

「お前メルヘンだなぁ」

 俺がすかさずツッコミをいれたが我が妹の予想は合っているらしく、彩音が首を縦にぶんぶん振っている。案外お茶目のようで。


 まあ妖精なんてのはどこの物語でも同じような設定なのだから、その連想は妥当といえよう。俺もそう思った。これは授業で使う|必殺フレーズ(言い逃れ)と同じ類じゃないから。


「うん。皆話の呑み込みが早くて助かるなー。じゃあ話を戻すよ。当時のお偉いさんが妖精に頼んだ。ゴホン、「貴方たちの力を分けて頂けないか」。妖精は言った。ゲホン、「承知しました。ですが、条件があります。亜人たちから私たちを開放し、守って下さい」ってねー。ゲホ、ヴェッホ!…亜人たちにとって妖精っていうのは、最高級の食材として扱われていた。妖精の養殖なんかもしてゲホ、ガハッ……ヴヴッン……たらしいよ。うまくいかなかったらしいけど、よく知らない。で、人間代表はその条約を結んで第三の軍事組織を造った。その名も『亜人討伐隊』。なんの捻りもないわな。これは90年くらい前になるのかな?彼らの任務は二つ。妖精領の護衛と、亜人領の侵略。亜人の住む島は鉱物資源や肥えた土に恵まれている。もし屍に攻めめられた時の為に人類の退路を確保しておくためって意味もあるけど。最寄りの海岸に行けばうっすら見えるくらいここから近い。南の方角だね」


 謦咳(けいがい)しながら一々ものまねを挟むのが可愛らしい。もしこれが奏士だったらぶん殴るところである。可愛ければ何でも許されるとはこのことだ。


 京耶が挙手した。


「はい鈴鳴君」

「どれが一番強いの?」

「えーと、三つの軍隊の中でってこと?」


 京耶は首肯した。

「総合では、竜鋭隊かな。討伐隊の上位者からスカウトとかもあるから」

「じゃあ、虚魂なんちゃらは?」


「あれはちょっと別。撃退軍は犯罪者から成り立っててね。幹部はちゃんとした公務員だけど。この世界で、くれぐれも犯罪をしないでね。人権剥奪されて前線に送られちゃうから。あああと、ウチらが虚魂関係の仕事を受けることはあんまりないんじゃないかな。私が受け付けないのもあるけど」


「つまり、死刑で殺すのが惜しいから、その身を使ってやろうってことかな?」


  彩音は微笑みを京耶に返す。合っているのだろう。目が悲しげだったのは気のせいではなかろう。


「大体の世界観はわかった。で、『シバル・ロネ遊撃部隊』ってのは結局なんだ?他にも部下が?」


「おおー忘れてた。それは私率いる部隊のこと。人類の3部隊どれにも属さないよ。というか私立探偵的なものだね。依頼が来ればそのお助けをする感じ。依頼主が隣のお婆ちゃんや向かいの八百屋さん。たとえ国家だとしても、ね。というか部隊でも何でもなく、ただの便乗。なんかの機関と間違えて来る人もいるかもしれないと思って」


なんだ、常に死地を駆ける軍隊じゃないのかと胸を撫で下ろす。


「あ?シバル・ロネって誰だ。……ん?なーんか聞き覚えが」


「フフ、そう、何を隠そう私の名はシバル・ロネ!これからはロネって呼んでねー」


 怪盗のような自己紹介に苦笑しつつも、やはりかと思った。この世界の住人で日本語の名前っておかしいって思ってたんだよ。まてよ。なんで日本語が通じるんだ?


「ロネさん、なんで私たちと会話ができるんですか?」


 い、妹よ!お、俺たちは兄妹なんだなぁ!嬉しくて涙でそう。


「私は勉強したから使えるだけなんだけど、君たちの場合、これからの為に脳内を、ヴウン、『翻訳蒟蒻~』しといたよ。テヘ」


 今世紀最凶のおとぼけここにあり。深く詮索しないようにしよう。


「じゃあロネさん、俺たちは今からどうすればいいんだ?」


 彩音、もといロネは腹をさする。


「の前にとりあえずご飯だよ。大丈夫、安心して。虫料理とかナメクジの活(ジメ)みたいなのじゃないから。ま、私についてきて」


 俺は頭の整理がつかないまま、拒否するわけにもいかずとりあえず了承した。

奏士は我先にと外へ飛び出してしまった。小学生かっての。まったく。


「ねぇトキ」

「あ?」

 俺が走り出した途端、京耶が俺を呼び止めた。

「この状況どうする?」


「そうだなー、まあ転生ってのも正直受け入れ難い話だけど、いまここにいる事が全てだと思うしかないよ。今はあの人に従うしかないかもね」


 実際これ以外の案なんて思い付かない。


「で、トキは何をやるの?」

「へ?」

 爽やかな笑顔で訊かれた。


「ジョブだよ。ジョブ」

「なに()()()って」

「職種だよ」


「……あ~。ハハ、いやゲームじゃねぇんだからよ。……何があんのか知らんけど、というかそんな概念があるのかも知らんけど、長剣とか太刀とかかっけぇから、戦士みたいな前衛みたいなのいいなぁ。お前は?」


「僕はファイターとかいいかなって思う。おりゃーって」


 おりゃーってね。かっこいいねそういうの。死にたいんだな。

「竜に殴りかかるのかよおめーは」

「僕のパンチはヘビー級チャンピオンも凌駕してるよー? ちな僕は下の方もヘb「おお、そいつはすげぇな」」

 言わせねーよ。


 そんな冗談を言いつつ開け放たれた玄関を出た。

 広がるのは見たことのない世界で、どこか見たことがある世界。モニター画面の中に広がっていたゲーム世界と酷似していた。道路は石畳、通る車両は馬車か牛車。歩く人々はあたかもRPGに出てきそうなNPCのような服装とも形容できそうだが、多分ちがう。現代の洋服についても十二分に知らないのに。主人公の初期装備にも見える。布の服とかいうやつ。あの手のゲームに登場する『ステテコパンツ』って初期装備より防御力が高かった気がする。俺もステテコパンツの早期購入を検討しよう。


 下らない決断をしていると前方から奏士がこちらに向かってくる。


「どした?」

「どしたっておま、女子3人と一緒にいたら普通逃げるだろうがよ」

「いや逃げはしねーよ」


 俺の突っ込みを無視し続ける。まあ無視は慣れてるからいいけどよ。ふふ。


「皆俺に話し掛けてくるんだぜ?……はっ、もしや」

「いやそれ社交辞令だからね?モテキじゃないからね?つーか完全に煙たがられてるだけじゃねぇかよお前」


 さっき普通にロネに質問していたこいつは女性恐怖症を克服したわけではなく、あまりの超展開で混乱していただけらしい。見てくれ|だけ

(・・)は二枚目の奏士だ。コミュ障を治されてしまったら首を裂かなければならない。


「ん?なんか旨そうな匂い!」

「あ、待て!」


 奏士はまた勝手に何処かへ走り去ってしまった。見失うと色々めんどくさそうなので追うことにした。


「鏡ちゃん、追っかけるぞ」

「おっけー」

 京耶はうなずき駆け出す。


「ハァ、おいおい裏道かよ」

「」



 細い裏路地に入ると、そこに奏士と、スキンヘッドの巨漢がいた。ゴミが散乱し、糞が散らかっている。臭い。


「てめぇどこ見て走ってんだ、ぁあ?」


 スキンヘッドはガタイが良く、如何にもな悪人面から育ちの悪さが伺える。


 奏士は眉を吊り上げて反発する。


「ちょっと掠っただけじゃねぇかよ。さっきから謝ってんじゃん」


 奏士がキレると厄介ということを小学生の時に学習している。ここは一つ、俺が介入せねばならない。


「すみませ~ん、私のモノがご迷惑をおかけしたようで。こいつにはよぉく叱っておくから、ここはどうかお引き取り願いませんか」


「……そうだな、あり金全部置いていったら許してやるよ」

 男は下卑って笑った。


「……わかりました。ほらよ。おい、おめぇらもだせ」

 首で促し、財布からデート代3万円を取り出す。


「は?何言って…あーなるほど。ってかそうじゃん。すまん俺が悪かったこれで許してくれ」


 俺の意図が解ってくれたようだ。ズボンのポケットからくしゃくしゃの一万円札を五枚取り出す。いや財布持てや。


「え、ちょ、トキ。そんなことしたらマズいよ。喧嘩したいの?」

「いやなんかイラっとしたから。お前がついてりゃ大丈夫だよ」

「えー」

 京耶もパーカーからピン札が四枚出てくる。だから財布持とうぜ?何、ブームなの?あと何で皺一つないの?

「「「んじゃ、すみませんでした。ではこれで」」」


 三人同時に踵を返す。奏士も買い食いは諦めてくれたようだ。


 出し合った金額は合計で12万円。庶民高校生の俺からしたら、かなりの大金である。


 しかしモブ様はご不満らしい。

「んん?なんだこの紙切れは。お前らちょっと待て!」


「これか。福沢諭吉12枚と樋口一葉一枚。日本人が好きな人物トップ2だ」


「舐めんじゃねぇよ。おいてめぇら、こいつらを袋叩きにしろ」


 どこに潜んでいたか、このチンピラの仲間と思われる新手が3人現れた。

「有り金全部で許すって言ったのはあんたらだろう?……約束忘れたか?」


「これは紙だ。おい」

 男が一声上げると、ゴミ山の後ろから複数人の男たちがゾロゾロとでてきた。

「やれ」


「うっす。コイツぶっ殺していいっすか」 新たに現れた内の一人が京耶を顎で指した。身長は175くらいで、肉付きはよくない。細長い顔は痩せこけ、無精ひげが伸びている。服装も薄汚れている。メリケンサックのようなものを手にはめ、拳を打ち鳴らす。目線はずっと京耶の目に定まっている。萎縮してしまいそうに人相が悪い。

 掌が汗で濡れ、興奮を覚えた。間接視野が狭くなる。


「あれ、ボクご指名?」

 京耶はとぼけた顔をみせ、眼鏡を掛け直した。レンズの奥に映る瞳は昂っていた。


「そうだ、よ!」

 右フックが京耶の左頬をめがけて放たれた。京耶はそっぽを向いたまま頭を下げて躱し、左足を大きく斜め左に広げ相手の右にすばやく移動し、捻った腰を利用し左カウンター。

 男はさすが場数を踏んでいるだけあり咄嗟に肩で頭を隠す。

 それは京耶の正拳の前には無駄な抵抗に等しかった。

 男は突きをもろに喰らい、2m吹っ飛んだ。頭部は確かに守られたらしい。


 

 その弱々しい体のどこからそんな強大な力が生み出されるのか、踏み込み脚は地面に(ひび)を穿ち、あまりの風圧の大きさで砂埃(すなぼこり)が昇る。狙われた的は肩を抑え悶えている。脱臼したのだろう。


「次、まだやる?」


 京耶は心底楽しそうな笑顔を張り付かせている。その姿はさらざらサイコパス殺人鬼だ。


 ……アレはいつの話だったか。まだガキの頃に、俺たち3人はよく喧嘩をしたものだ。奏士と俺は勝ったり負けたりと実力はほぼ互角で、しまいにはどちらがより強いかを2点差が付くまで競った。今では俺が勝ったという記憶しかない。異論は認めない。


 一方、俺と京耶の圧倒的戦力差は今でも鮮明に覚えている。喧嘩がルール付きの決闘となってからの57戦のうち、俺は0勝・57敗。内57KO。全て20秒以内に沈められた。俺は決まって気を失ったせいで、殴り合い中とその前後5分の記憶が一切残っていない。故に、彼への対策を練ることが出来なかった。無論、問題は反省と対策の話ではなく、どんな小細工を図ろうと雲泥の戦闘力が勝敗を分けていた。


「喧嘩嫌いなんだけどなぁ」ボヤキながら、俺も虎の威を借り続けてはならないと奏士と目で合図してスキンヘッドに対して構えを取った。


「プランAだ。覚えてるか?」

「懐かしいなおい」


 俺たちの「プラン」シリーズ。血気盛んだった喧嘩坊主の俺らは、京耶の指南の元あらゆるガキ大将並び意地悪アンちゃん、そして山に現れた猪や数匹のアライグマを相手に編み出した攻略法である。本当にバカだった。


 紗雪に自慢した際、「プラン(鼻笑い)。つか喧嘩とかだっさw」と嘲笑された。……うん、もうちょっとセンスの良い名前にしよう。


「あんまなめてっと、ぶっ殺す、ぞっ!」

 繰り出された右の突きは俺の顔面めがけて一直線に飛んでくる。


 腰の使い方、体重移動のタイミング、母指球の使い方、全くなっていない。所詮は図体に任せた暴力だ。洗練された現代格闘技と比べるまでもなく、先生に叩き込まれた俺には何の意味も持たない。


 俺の左目に的中する直前で、頭を屈めると同時左手首で受け軌道を逸らす。

 返した左手で相手の手首を掴み、右手で相手の二の腕を掴む。


「オ、ラッ!」

 両手を体に引き寄せ懐まで潜り混むと同時、飛び膝蹴りを肘に命中させた。骨折はさせたと確信した。

 体重の乗った拳を左方へ投げやり、更に滞空時間を得る。スキンヘッドはバランスを崩してこちらに倒れた。

 空中姿勢のまま、左に投げ飛ばした力と衝突の力を利用し、肘打を鼻に打ち込んだ。


 着地と同時、肘下ろし打ちを腿に入れる。

「ウ……!」


 男は膝に手をついた。好機と男の頭の高さが下がった所を見計らい、下半身のバネを利用し、掌底を男の顎にヒットさせた。巨漢が棒立ちになる。


「いけ!」

 奏士は2m跳躍し、再び立った状態となった男に飛び蹴りを顔面に食らわせ、そのまま壁キックする要領で後方回転。敵の大将は反動で大の字に転倒した。

 敵の伸長2m弱、奏士の追加ジャンプ、プラス1m。


 合計、3m。

 3m。バスケットボールリングとほぼ一緒の高さだ。リングの上から寝転がった人間の腹めがけて飛び降りるのと一緒である。


 ……奏士はいつもこうだ。あと一歩というところで手を抜く性格なのだ。


「なぁおっさん、参った?」

「クソッ……クソ!」

 奏士は跨るように着地し、ニシシっと鼻をこすり、悪戯っぽくおどけた。


 股を開いて着地し、敵に(とど)めを刺さなかったようだ。俺が同じことをしたら、間違いなく踵の骨を折る自信がある。五点接地法で受け身をとって怪我をするかしないかの俺とは大違いであった。流石は元バスケットボール界の県一位の跳躍力だ。

「鏡ちゃん。そっち片付いた?」

奏士は跨ったまま京耶に声を掛けた。


「終わったよー」

京耶は返り血でまみれた拳を拭き取りながら答えた。服が汚れる事を危惧したか、いつの間にか裸だった。細身ながら、締まった筋肉の流線は生ける彫刻である。


 俺は倒れ込んでいる男を見下ろした。

「だ、そうだ」

「降参だ。……狙いは何だ」

 「じゃあ匂ってるチキンっぽいあの料理奢ってくれ」


「あ、あんなのでいいのか」

「一人一つづつね」


 スキンヘッドの兄ちゃんは、救われたように目を潤した。

「4つだと、確か400ビレだな。ちょっと待て。ッテ!」

「あー、動かん方がいいぞ」

「なっ」

「治る治る。あんたの手下も加減してやったんだ。な、京耶。1週間もすりゃ治るさ」


 ボスは目を見張る。

「て、手加減してたのか」


京耶は莞爾(かんじ)として笑った。

「あたりまえだよー。殺傷罪なんて嫌だし、内臓なんて触りたくないし」


「内、臓…」

「まあそういうこったさ。金は……あれ財布は」

「ない、右だ」


 だから財布持てや。

 俺はポケットの中をまさぐる。


「んじゃ、400?貰ってくから。俺たちはこれで」

 男は無表情で空を仰ぎ、提案を拒否した。


「あと、とりあえず冷やして固定だな。三角巾で直角に吊るすんだ。お前の子分は医者に診てもらうことを強く推奨する」

「……動かしちゃだめなのか?」


「当たり前だよ」

「し、知らなかった。てっきり、アバラが2,3本折れても何の問題もないと思ってた」

「あほか、ありゃ嘘だ。主人公補正というんだよあれは」


 奏士が俺の肩を叩いた。

「トキ、やんちゃしたけどロネさんたちどうすんの」

「──あ、やっべぇ!おっさん!足洗えよ!じゃあな!」


 そう言い残し、俺たちは元来た道を走る。ロネが怒っていないか非常に心配だ。


「……俺まだ24歳なんだけどなぁ…………」

 彼の嘆きは誰かに届くことはなかった。


2


「おまえ、砂ばっかりさわってて楽しいのか?」


 気遣いも糞も知らない小僧が、公園の砂場で座り込む少年に話しかける。


「トキー!何やってんだよー!」


 遥か遠方から、トキと言われる男児を呼ぶもう一人の男の子。彼の頭髪は金色に輝いている。親は相当なイケイケなのだろうと道行く人は子供を不憫に思うだろう。


 金髪の少年が駆け寄る。

「早くあそぼーぜー?」

「そーちゃんそーちゃん。こいつ砂ばっかいじってるぞ」

「うわ、ほんとだ!……おまえ、一人であそぶより、みんなであそんだ方が楽しいんだぜ!?来いよ!」


 仲間に入れようとするそーちゃんとやらを、トキと呼ばれる鼻水垂れが制する。


「ちょっと待てよ!()()()をしなきゃ一緒にあそべねーって!」

「あ!」


 何か大事な事を思い出したらしい金髪の少年は、ポンと手を打つ。

 鼻水垂らしたスポーツ刈りの(わっぱ)は、眼鏡の男の子に向き直る。


「俺は時未!おまえは?」


 名を尋ねられたおかっぱの男の子は初めて口を開いた。


「……きょうや、だよ」

「そっか!じゃあきょーちゃん!トキたちと遊ぶには、ぎしきが必要なんだぜ?」

「めんどくさそうだからいい」

 キョウヤと名乗る男の子は再び砂山トンネルの突貫作業に取り掛かった。


「なっ!めんどくさくなんかないぞ。簡単だ、おれと戦え!」

「……じゃあやる」

「それはな、知ってるか?男はこぶしでかたりあうんだぜ?……って誰かが言ってた」

 トキミは僕の知らないことを沢山知っている、と京耶は思った。


「おれに勝ったら仲間としてみとめる!よし、じゃあいくぞ!」

「うん。ちゅうこくしとくけど、僕のパンチは痛いぞ!」


 ―以後、二人のやんちゃな戦士たちは、彼の事をこう呼び、尊敬するようになった。『ししょう』。師匠はこう呼ばれるのが満更でもなかったが、その度に少しだけ悲しくなる。対等ではない気がしたし、寂しいことを思い出してしまうから。告白することはなかった。この感情は自分だけのとっておきだ。


 『カミサマ』と崇められるようになるのは、もっとずっと先のことである。

 私、ここ最近体調を崩してしまいまして、頭痛が痛くてしかたなかった。

 夏休みまであと一ヶ月、夏バテしないように頑張ります。ではまた次回


twitter:M4R1C9_nognog

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