複数枚の片道切符
ジャンルは合っていますよ。言いたいことはわかる、決して異世界やるよやるよ詐欺じゃないからね。そこだけは念頭に、お願いします。
1
公園に着いてから、30分経過した。いまだ彩音が来る気配はない。まあ、まだ集合の30分前だから来ないのも当たり前ではある。そう、俺は待ち合わせの一時間前から公園のベンチでスタンバっていようという魂胆なのだ。俺の青春もすぐそこでステンバイしているのだから、いくらでも我慢できるというものだ。
グーグル大先生曰く、昨日より4℃も気温が低下したらしく、実際に寒く、俺は凍死上等の心構えでおしるこ1本握りしめ、歯をガチガチ鳴らして大気しているわけだが、この震えは寒さだけではない。
俺は、ぼっちレベル上位で会得できる【知り合い探知レーダー】を発動(キョロキョロ)した。ぼっちレベルというのは、言うまでもないが、独りの時、いかに周囲の力を頼らずに居られるかを示した、人間の強さそのものの指数である。では俺は人類最強になりたいのかというと、そんなことは断じてない。人間とは、複雑な生き物である。
このスキルは、街角であまり親しくない知人に鉢合わせ、「あ、どうも」「え、あ、おう。…元気?」「うん、まあ」「……」「……」というような、あとにもひけない修羅場の直面を回避できるとという、ひっっっじょうに便利な代物だ。つーかあいつらなんで用もないのに話しかけるの? リア充というのは計画性がない。
しかし今日はこのスキルが破られた。公園の入り口に知り合いがこちらを向いて立っている。俺はだんだんと大きくなる人物に、こっちへ来るなと溜息を演せた。
「あ、ぼっちカンストさせたトキじゃねーか!」
「限界突破はしてねーよ」
手を振りながらズンズン歩み寄ってくる腐れ縁。金色に染めた、肩にまで届くウェーブの掛かったロングヘアが特徴で、ヤリチンと言わんばかりの風采をしている。おまけに顔が整っているときたものだから、余計性が悪い。
「あっはははっ、相変わらずおもしれぇな。ハイタァッチ」
俺は、お偉いさんが宣誓を立てるような動きで手を顔の横に上げ、ハイファイブを交わした。
今目の前で両手をポケットに突っ込んで突っ立っている、幾多の女を甘やかしては捨てていそうなこの男は神宮奏士といい、俺の幼馴染だ。そんなヤリチン感満載のチャラさとは裏腹に、とある事情により根っからのクサレ童貞である。
俺はベンチから立ち上がり、尻をはたいた。奏士と肩を並べてみると、俺の方が5cmばかり矮躯であった。前会った時は同じくらいだったのに、時の流れは残酷だ。まあいいもんね、俺もまだ身長伸びてるし。
「そういうこと、通りすがりの女の子にも言ってんだろ」
「俺が女の子に話しかけられるとでも思ってる?」
奏士は即答した。いや即答すんなよ。悲しいだろ。
「それは自信満々に言わないほうがいいよ。で、お前何してんの?」
「何も」
「え?」
「だから、何も。俺暇なの。そいで、なんかぶらついてた」
だから悲しくなるだろ。しかしこれはすごくエマージェンシーだ。今彩音が来たらと考えると末恐ろしい。この男のリア充嫉妬の執着心は俺でさえ恐怖に値する。
──ある日、公衆の面前で女とイチャイチャしていた見知らぬ男に、「こんなところで奇遇だな。昨晩は気持ちよかったぜ(ウィンク)」と話しかけたのだ。崩壊する男女を猟奇的な目でニヤニヤ見届けていた姿を、俺は忘れない。
こんなイカれ野郎には消えてもらうに越したことはないのだ。
俺が「急用を思い出した」と言おうとした矢先、背後から杖を突く音が近づいてきた。
「聊爾ながら物を尋ねますが、ここの近くで待ち合わせの約束をしているんです、独りの男子高校生を見かけませんでしたか」
……色々聞きたいことはあるけれど、まずなぜか独りって決めつけられていた。だが今はそれじゃない。合ってるけどそれじゃない。
悠揚迫らぬ彩音の問いかけに、脂汗が噴き出した。
選択肢は2つ。他人を装るか、正体を明かし、笑いを誘うか。
…………仕方がない。奏士に戯言を言われるよりはましだ。彼女には待っていてもらおう。
彩音の正面に立ち、できる限りの気持ち悪い声を絞り出した。彼女は昨日と違い、手ぬぐいではなく包帯を巻いていた。
「いやぁ?知らないねぇ。そんなことよりちょっと休憩していかない?」
しまった、演技に入りすぎて口が滑った。
「ごめん、トキだよね、なにどうしたの?笑いを誘ったって言うなら、申し訳ないけど……」
速攻で見破られた。ということはつまり──。
「おいおいおいおいおいおい、おい。その子誰だ? ……ん、──目隠し? ……あぁ。……で、お前にまさか彼女がいるとは思わなかったな! 京耶と姫桜にチクるぞ」
前者は俺と奏士の共通の幼馴染、女の方は俺と同い年の義姉である。
俺が弁明するより早く、奏士は携帯を耳に当て、俺を胡乱げに睨んでいる。本気で呼びつけるらしい。こうなったら顔を強張らせるしかない。
「いやいや違う!断じてその、ソレっていう関係ではない。まあそのなんだ……奏士、この子は神川彩音さんっていう。見てのとうりで、彼女はいま目が見えない。昨日俺が”かくかくしかじか(1話参照)”だったから、家まで送っただけだよ。」
「はっどうだか」
どうしても信じてもらえない。俺が何を言っても聞く耳をもたないだろう。
「ところで彩音さん、俺も人のこと言えたもんじゃないけど、随分と早いね」
「あははー、早く来たかったから……じゃだめ?」
「だ、だめぇ……じゃないけど」
それはどういう意味なんですか。なんだったらホテル予約しとくけど。
互いの間に妙な間が生まれた。俺はこの居心地の悪さを除去するべく適当な言葉を探した。何か気の利いたセリフでもキメられればいいのだが、如何せん俺はクサい邦画を観る趣味はないのだ。ただ確かなのは、今の空気を作ったのは断じて俺じゃない。
彩音はキャメルのロングチェスターコートにデニムパンツ、コートの下にグレーとあずき色のチェックのセーターというコーディネーションである。頭部にまかれたタオル(包帯?)が特異性を際立たせ、あたかもそういうファッションの一部のように見えなくもない。彼女のアジア人離れした相貌も相まって、全体的に優麗であった。
奏士の電話が繋がったらしい。こっちをチラチラ見ながら小声で話している。
「あーもしもし、キョーちゃん?トキが寝返った。……寝取りじゃねーよ。……いやぁ、ただ面白いもんみちゃってさ、……そうだよただ暇なだけうるせーな。いいだろ来てくれよ……んっと南公園。……あーおけ。……あ、マジで?じゃあ話がはえぇわ。りょうかーい。ういーす、ういーあいあいお疲れ。…………早く切れよ。……いやお前が電話切れ。いやだって電話かけたのは俺だから俺が──」
俺は奏士のスマートフォンをぶんどり、マイクに口を近づける。
「来んな、バカ」
一方的に通話を切り、スマートフォンの電源を切って手渡した。
「……なあお前、ホントは俺の邪魔したいだけだろ」
奏士は反省の色もなく「ああ」と流し、
「なんかキョーちゃんの家でヒメさん勉強してたってよ」
ヒメさんというのは俺の義姉である姫桜をもじった呼び方で、彼女に親しい俺以外の人間は大体そう呼んでいた。
「あっそう。で、2人とも来るんか」
「ああ」奏士は同じトーンで返事をした。
「トキ?この人は?」
彩音は俺にそっと耳打ちした。いや近い近い息遣い!
俺はくすぐったさを誤魔化すように、頬を掻いた。
「あー、あいつは神宮奏士っていて、そのー、付き合いが一番長い―」
「──長い……?」彩音は意地悪そうに笑っている。
「……腐れ縁ってやつ」
「あらら」
「ッ、友達」
言わせたかった単語を聞いた彩音は満足げに笑った。笑顔というジャンルだけで様々な感情を表現できる彩音はまるで役者だ。
「ねぇ神宮くん。電話をしていたみたいだけど、これから誰か来るのかな?」
「―え?俺に話しかけたの?あぁ、えっと。う、うん。こ、こ、これから、その、二人くらいくるかなーって思ってるんだけどさ。その、変かな。あ、いや、変かなってなんかおかしいよね!なんていうか、えっとぉだからー、つ、つまりですね、これから2人来くるかなーって思っちゃったりしてる。多分。いや多分っつうかえー、えーとだからそのー、私の要点はぁ」
奏士は次第に声が小さくなっていき、聞き取るのもやっとなくらいのボソボソ声で呟いている。落ち着きなくもぞもぞ動き、目が泳いでいる。
彩音は彼の挙動不審ぶりに引いていた。彼女に、奏士が重度の女性アガリ症だから話すのは気を付けた方がいいということを伝えるのを忘れていた。
「へ、変じゃないと思う、よ?そ、その、後何分くらいで来るのかわかる?」
……そんな律儀に応えてやらなくてもいいんですよ。
このままでは奏士の脳が弾けそうなので、代わりに俺が答えた。
「家近いし1分もありゃ来るよ。来て欲しくないけど。あ、ほら」
迎撃用意。
「あ、トキ。久しぶりだねー。元気?」
俺の幼馴染の一人、鈴鳴京耶。眼鏡がトレードマークというかチャームポイントの彼は、常に明後日の方向を見据えているような、一言で表すならば馬鹿、である。
「おう。お前も暇人だな」
「まーね、実質暇みたいな感じだった」
奏士はおうと挨拶し、京耶に尋ねる。
「姫桜はどうした?」
「もうすぐ来るかなー?―それより、トキがセックス中毒なんだって?あぁ業腹業腹」
奏士が余計なことを言うより先に、俺は口をはさんだ。
「残念だな、まだ魔法使い街道まっしぐらだ。さ、帰った帰った。俺は用があるんだ」
「まあまあ、人助けは皆でした方が良いじゃんか。なぁきょーちゃん」
「ねー」
「チ、おまえらマジ」
京耶と奏士はは不敵な笑みを漏らした。腹のうちが見え見えである。見せているのか。
京耶は彩音に「こんにちは」と話しかけ、自己紹介を始めた。彼は間の抜けたところがあるが、常識を弁え人を思いやることができる男だ。奏士はコモンセンスがあるかはどうだか怪しいが、なにかと優しいヤツである。
俺は少し距離を置きその様子を眺めていると、ふと後ろから肩を2回、軽く叩かれた。何奴かと振り向くと、北風に靡く、白銀のミディアムヘアが目に留まった。
月光の如く冷たく、燦爛とした髪の奥に佇む碧眼は果てしない海溝を覗かせる。
艶やかな唇が微かに動いた。
「久しぶりだね」
時が止まったのかと錯覚した。
妖艶な声で御無沙汰の挨拶をされ俺はたじろいだ。
「おお、久しぶりだな、姫桜。……色、まだ戻らないのか」
俺は作られたように綺麗な姫桜の髪を指差した。
姫桜は小さく頷き、髪を耳に掛けた。
「でも、この色も嫌いじゃない。……暑くないし」
「そうか」
彼女は幼い頃に交通事故で両親を亡くした。七五三の祝いをして間もない頃だ。両親が姫桜を寝かしつけ夜に夫婦水入らずで散歩をしていたところ、暴走したワゴン車が歩道に突っ込み、2人を撥ねた。即死であった。後に運転手は麻薬中毒者であったことが判明し、姫桜には多額の慰謝料や補助金が支払われることとなった。それを聞きつけた彼女の親戚たちが、これと遺産を巡っていざこざを起こした。姫桜は両親の死後、誰かに愛情が注がれることはなかった。
引き取られた伯父母に虐待されたと聞く。結果、姫桜は過度のストレスと精神の病を患ったからか、髪が変色し、心が抜け落ちた。瞳の色も変わってしまった。医師は本来ありえぬ変異に絶句した。
それを気味悪がった姫桜の親戚は育児放棄した。彼らは隣人にネグレクトの疑いをかけられた。
かねてから波風家と家族ぐるみの付き合いがあった俺の両親は惨状を見かね、『財産は全て譲る。その代り、この子は私が育てる』という条件で姫桜を養子に引き取るという交渉を裏で持ち掛けたらしい。虐待の疑いがあるとして警察に目を付けられていた彼らとしては、姫桜を手放すのは都合が良かったので、条件をのんで姫桜を引き渡した。
高校に入学するまで、姫桜は七瀬家の一員として一つ屋根の下で一緒に暮らした。彼女は、我が家から峠を一つ越えたところにある、偏差値が高い高校で一人暮らしの生活を営んでいる。髪色が原因でいじめられることはないらしい。俺より遥かに頭のいい彼女は、成績1位らしい。しかし主席ではない。まあ、それもそうだろう、変な特徴を持った女が表彰を飾ると困る大人がいると想像に難くない。世話になった義両親にこれ以上の負担は掛けられないと、学費免除で高校に通っている。母親はおれが何かしでかす度に、優秀な姫桜を引き合いに出す。今はもう比較されても嫌ではない年頃まで成長した。
最初彼女が我が家にやってきたときは、同じ家に住む他人としか認識しておらず、寧ろ険悪であった。
おしるこ缶の縁をなぞって手を弄んでいた俺は、おしるこの残りを全部口に含んだ。
姫桜の声が俺の思考を中断させる。
「トキ、愛してる」
「ブフッ!?ゲホ、ガ八ッ!―ちょ、いきなり何言って―ア"ア"咽たっ」
「いや……おしるこ噴くかなって」
「噴くわ! 服汚さないために喉を傷める身にもなれよ」
「小豆、ついてる」姫桜は自分の顎を指差した。
「え?」
俺は反射的に取り除こうと腕を持ち上げたが、姫桜が俺の手を制し、顔を近づけた。
「取ってあげる」
姫桜は囁き、俺の目を瞥見しながら急接近した。雪のような髪が顔を撫でる。シャンプーと女の香りが鼻孔をつく。
口が僅かに開く音。唾液の表面張力が立てる音が生生しく耳に張り付く。
俺が抵抗する隙も与えずに、姫桜は俺の顎に接吻した。
啄まれた小豆をわざと俺に見せたあと、姫桜は俺をみながらゆっくり咀嚼する。
俺は鳩が豆鉄砲を食ったように棒立ちになっていた。
「……え?」
俺の当惑をよそに姫桜は「ごめんね」と呟いた。どうして謝るのか、訊こうとした俺の口は動かなかった。幸い、今の一部始終は2人に見られていなかったようだ。
俺は世の男全員を恋に落とせるであろう姫桜が、どうしても好きになれない。姉弟としても、友達としても、異性としてもだ。幼少から共に育つと、異性として認識しないと聞いたことがあるが、そのせいだろうか。
自己紹介をちょうど終えたらしい彩音は、俺の方を向き、襟を正すように切り出した。
「それじゃあトキ、これで全員揃ったかな?」
状況に置いてきぼりの俺は反応が遅れた。
「え、ああ。だけどなんで……」
用があったのは俺だけのはずだ。たまたま居合わせた奏士はいいとしても、京耶と姫桜を待つのはなぜだったのだろうか。なぜ全員を待っていたかのような物言いを?
「全部後できちんと説明するよ。じゃあ皆、もう時間がないから、急ぐよ。あー、我慢してね。じゃあGood Night」
その意味を察するより早く視界が歪み、俺の意識が朦朧となる。立ち眩みの症状に酷似している。
光が崩壊していく最中、一つの疑問が浮かんだ。
彩音は、なぜ移動した俺のいる方角を迷いなしに向くことができたんだ?
──いや、これだけじゃない。他に、も………
あざした、二話目です。が、前書きで伏線張った通りまだでしたね。まあ、異世界モノだからといって、主人公はすぐ旅立つとは限らないのです。でもほら、なんか次話から異世界くさいじゃない?
Twitter: M4R1C9_nognog