06:野口といえば
野口といえばと尋ねられて、アスリートを答える方は少なくないだろう。
柔道? マラソン? アルピニスト?
もちろん、それ以外を答える方もいるだろうが。
だからどうしたと言われて、いや別にどうも? などと考えていた加藤は、現実逃避してないでちゃんと向き合ってみようと気持ちを改めた。
「……ハンナ母さん」
「……え?」
倒れる時は前のめり。それを信条としよう。たった今そう決めた加藤の一歩は小さなものだが、ひとつの関係を作り上げるにはあまりにも大きな一歩だった。
「ノグチさん……ううん、キミヤス!」
「母さん!」
抱き合うふたり。
ひとつの家族が新たに生まれた瞬間だった。
「……なんだこの状況?」
ようやく復活したガースニクスが、状況を理解しかねて戸惑いの声を上げる。
「わ、私もほら! お姉ちゃんですよ!」
ルルア嬢が両腕を広げ、受け入れ体勢で待ち構えている。
「え? いや、年上感皆無ですし」
「そんな……!?」
崩れ落ちるルルア嬢。状況が未だに理解出来ていないガースニクス。
冒険者ギルド側がカオスになる中、加藤とハンナは「これからよろしくお願いします、母さん」「ええ、よろしくね、キミヤス」と言葉を交わすと、がっしりと握手する。
「じゃあまず、これ。商業ギルドのギルド証です」
ルルア嬢を宥め、ガースニクスに状況を説明し、ようやく落ち着いた後。ハンナがそう言って一枚のプレートを差し出す。
「えっと……」
「大丈夫、冒険者ギルドと商業ギルドは兼ねることが出来ますから。それに、」
言って、加藤の持つ買い物袋を指差す。先ほど金貨だらけの革袋を入れたが、あきらかにそれ以外のものがまだ入っている膨らみを持っていた。
「まだ金額的に大口の取引がありそうですから」
穏やかに笑うハンナ。
その言動に、やはりどう見てもただの穏やかな男性にしか見えないよなと思う加藤。
実際、ハンナはよく見ると仕草やそこここにそれらしきものを感じはするが、女性のように化粧をするでもなく、加藤が地球世界のテレビなどで観たオネエな人達のような、過剰なまでの女言葉を使ったりもしない。そうと知らなければ穏やかな口調の男性にしか見えないのだ。
「もしまたその中にあるものを売ろうと思うなら、ですけれど。ウチへ直接持ち込むのなら手数料はかかりませんし、何よりガースのぼやきを聞かされなくて済みますよ」
「おい」
「なるほど……」
「なに納得してんだノグチ!」
吠えるガースニクスをよそに、思案顔になる加藤。
「……うん、わかりました。でもそれを受け取る前に……」
おもむろに買い物袋へ手を入れ、ガースニクスへ向かい、
「胡椒の買い取りお願いします!」
「恨みでもあんのかテメエ!」
胡椒を差し出す加藤に悲鳴を上げるガースニクス。
「だってこの方が面白そうだろうが!」
「喧嘩売ってんのか!」
「あ、違うな。えっと……こうして書類仕事に慣れさせた方が、結果的にはギルド長のためになるから……だな」
「お前、その流れで信じてもらえると思ってんのか……!」
「人を信じるって、大切なことだぜ?」
「どの口でそれを言ってやがんだ……!」
「野口だ!」
「ドやかましいわ!」
ぎゃあぎゃあと不毛な言い争いを始めたふたりに、ハンナとルルア嬢は揃って呆れた表情になるのだった。