05:野口思いますに
「野口思いますに、ルルアさんはちょっと正直が過ぎるんではないですカニ?」
「え? どうして口調を変えたんですか? ……カニ?」
「……気にしないでいただけると有り難いです」
「はあ……」
人間、何事も調子に乗り過ぎは良くないと学習する加藤であった。多分三歩で忘れるだろうが。
「あなたたち、何やってるの」
呆れ顔のハンナに声を掛けられ、我に返る加藤とルルア嬢。
「何、してるんでしょうね……」
呆然とする素振りを見せる加藤に、苦笑いで追従するルルア嬢。ハンナは溜め息をすかずにはいられなかった。
「まあいいわ。とにかく、これが塩と胡椒の代金ね」
そう言って手に持つ革袋を加藤へ差し出すハンナ。ずしりとした重みが、見ただけでも伝わってくる。実際に受け取ってみると予想以上の重さがあった。
「ガースひとりが面倒がっているだけで、冒険者ギルドとしては手数料で有り難い取引になってるのよね、ルルアさん」
「はい! おかげ様でギルドの金庫が今までになく潤いました!」
満面の笑みで答えるルルア嬢。正直が過ぎる。
次にハンナはガースニクスとのやりとりにも登場した筒を取り出した。中から出てきたのは、やはり書類。
「で、ノグチさんにも受領書にサインが欲しいんですけど……事情はルルアさんからうかがっているから、あなたの国の文字で構わないわ」
そう言って差し出される書類。
……ああうん、やっぱり読めないな。
そこに並ぶ文字は、加藤が見たことも無いものだった。
ただ、どういうことが書いてあるかをハンナから聞く限りでは、日本語のように数種類の文字で構成されているというわけではないようだ。
……しっかりと学べばどうにかなりそうな……。
ほんの少し希望を見出した加藤は、次いで差し出されたペンを手に取ると、指定された場所へ「野口公康」と書き入れた。何となく草書体で書いた。
「……変わった文字ですね」
「本当。少なくともこの大陸では見かけないわね」
加藤の後ろから肩越しに文字を見たルルア嬢がそんなことを言い、同じく見ていたハンナが同意する。
「じゃあ、ノグチさんは他の大陸から……?」
「ええ。そういうことになるわね」
いいえ他の世界ですけどね、と心の中だけで付け足す加藤。
「だとすれば帰るのって……」
「ええ……かなり大変、ね」
ルルア嬢とハンナが深刻な顔になる。おかげで加藤は、いや諦めてますとは言いづらかった。
「気を落とさないでね」
「そうです! 何かあれば力になりますから!」
ふたりの気遣いが逆に辛い。
「まあ、半ば諦めてましたから。ゆっくりやっていきますよ」
だから気にしないでと笑いかけると、ふたりが揃って胸を押さえる。
「……私を母だと思ってくれても……」
「私のことも姉のように頼ってください!」
どうサバを読んでも年下だろうがとルルア嬢へ思う以上に、ハンナに対してああやっぱりそうなんですねと若干遠い目になる加藤。
「……母?」
「何か?」
「いえ……」
確認の為に軽く疑問したら、返しの圧が凄まじかった。笑顔なのに。
改めてハンナを見る加藤。
サラサラと長い赤毛に穏やかな物腰、落ち着いた低めの声、そして非常にしなやかで筋肉質な肉体を持つ……男性だった。
いわゆる‘オネエ’さんというやつだった。
薄々そうじゃないかと頭のどこかで思ってはいたが。見ながらにして目をそらすというのは、きっとこういうことを言うのだろう。
次話、また数日いただくかと思います。