03:野口を笑うものは
短いですがキリが良いので。
野口を笑うものは野口に泣くと言う。
聞いたことも無いが。
「なあおい」
ルルア嬢が扉の向こうへと消えたのを見計らったように、数人の男が加藤へ声を掛けてきた。
やっぱりか、と加藤は内心で溜め息を吐く。
先ほどギルド内を見回した際に、胡乱な目をした一角には気づいていた。
まあ、大して苦労もせず大金を手にしようとする者が居るのだ。しかも丸腰で、この場で一番弱そうな奴が、だ。
『ドルオタ(以下略)』でもこんな展開あったなと思いつつ、加藤は男たちより先に口を開く。
「あんたたちが出るほどじゃねえよ。ここは俺に任せてくれ」
「……うん?」
男たちだけでなく、ギルド内でやり取りを見ていた全員から何言ってんだコイツ感が漂った。
「どうしたんですか、ここは俺に任せて下さい」
「いや、オレたちゃあ……」
得体の知れないものを見るような視線を感じるが、加藤は気にしない。むしろこのくらいでうろたえるなんて小物過ぎるだろう、と逆に男たちのことが心配になっていた。
「俺に構わず先に行って下さい!」
「な、何言って……」
「早くしないと来てしまいますよ!」
「なにが……」
「俺なら大丈夫ですから。何故って? それは、俺が野口だからだ!」
「おい……!」
「気にしないで下さい。でも、もし俺の故郷に立ち寄ることがあったら」
「だから、」
「そして野口という名の不確かな何かに遭遇したなら」
「……うん?」
「俺に構わず先に行って下さい!」
「……何がしたいんだテメエは!」
一気に怒気が膨れ上がるが、加藤は怯えることもなく笑みを返した。そして、
「はい、終了〜」
加藤の言葉と同時に奥の扉が開き、ルルア嬢ともうひとり、明らかに格の違う雰囲気を醸し出したギルド長と思わしき壮年の男が入ってきた。
「お待たせしました……ってノグチさん、どうかしましたか?」
「何だ、揉め事か?」
ふたりが訝しげにするのに何でもないと手を振り、ギルド長が来た瞬間から萎縮し始めた男たちに向き直る。
「だから言ったろ?『早くしないと(ギルド長が)来てしまう』って」
「なッ!?」
「『野口という名の不確かな(ことを喋る)何か』に遭遇したら『俺(の喋ること)に構わず先に言って下さい』ってな」
ただの時間稼ぎ。
そのことを理解し、悔しそうに歯噛みする男たち。
だが、そんな男たちに加藤は再び笑みを見せた。
「まあ、こんな衆人環視の中で話し掛けてくるんですから、よこせ系のバカではなく気をつけろって忠告なのはわかってますよ」
そう言ってギルド内の一角に目をやる加藤。そこには、さっきから胡乱な目を向け続けていた明らかにガラの悪い数人の男が居た。
だが、加藤やその視線を追って自分たちに気づいたギルド長やギルド内の空気に堪えられなかったらしい。そそくさと出て行ってしまう。
瞬間、空気が軽くなったような感覚があった。どうやら想像以上に、このギルドにはお人好しが多いらしい。
それが感じ取れるようになっているのも、もしかしたら音声言語と同じく転移による魔力の影響なのだろうか。そう考えながらも加藤は、自分の口元に素直な笑みが自然と浮かぶのを感じた。
「それに、あんたたちが出るほどじゃねえ、俺に任せてくれとも言っただろ?」
言って、笑って、ギルド長へと向き直る。
「塩と胡椒、どうなりました?」
「あん? ああ……」
職員へ何かの指示を出していたギルド長も加藤へと向き直る。
そして「紹介が遅れてすまんな、ギルド長のガースニクスだ」と片手を差し出した。
「ああ、俺は野口。キミヤス・ノグチです」
加藤もそう言って握手する。
と、その手を引っ張られ、加藤は前へ、ガースニクスの方へ一歩二歩とたたらを踏む。
そして――
「いきなりあんな量の塩と胡椒を持ち込みやがって! うちを破綻させる気か!」
――脳天に拳が降ってきた。コークスクリューで。
およそ人から出てはいけない類の音が鳴り響き、後には握手のまま頭から煙を出して伸びる加藤の姿があった。
ハゲた。煙を見た冒険者全員がそう思った。
次話こそはお時間をいただくかと思います。