13:野口は基本聞き流し気味
遅くなりました。
「どうりで報酬が安過ぎると思ったよ!」
門が見える距離まで戻ってきたところで加藤が吠えた。
加藤、クラインバウム、そしてルース率いる3人パーティーの計5人で、常設されているクエスト「街周辺における安全の維持」を受けたのだが……。
「割に合うけど合わねえ!」
加藤にとって初めての外。しかも剣と魔法、モンスターの存在する世界。
これは遂に、ファンタジー異世界における野口無双始まったな! と、意気揚々と街を出た結果がそれだった。
ある意味では無残なものだった。
「これじゃただの散歩じゃねえか!」
そう、一度も魔物に遭遇しなかったのだ。
「当たり前だろ。周辺なんてほとんど狩り尽くされて素材になってるに決まってるだろ」
「まあ、正確には冒険者が狩り尽くすことで、魔物を寄り付かなくさせたと言った方が正しいんですが」
加藤の様に呆れるルースと、苦笑いするクラインバウム。
クラインバウムの話によると、村や街などを作る際にはまず冒険者や騎士団が狩り尽くしを行い、魔物や動物を遠ざけ安全を確保してから始めるらしい。
「ああ、縄張りみたいなものか」
「そうですね。まあ、魔物を含めた動物の流儀に合わせたわけですよ」
「そっか。じゃあ今日のは、動物が縄張りを見回ってるみたいなものか」
「そうですそうです。いやあ、理解が早くて助かります」
「毎日、誰かがこのクエストを受けて『ここは人間様の縄張りだぞオラッ!』ってやってるわけよ。だから魔物なんて出なくて当たり前なんだよ」
しかも、このクエストを受けているのは自分たちだけではなく、既に今日は三組が見回りに出ていたという始末。
そりゃ魔物も出んわ……と加藤は思わずため息を吐いた。
「一応ほら、あの森から山にかけては魔物の領域なので、あの近くまで行けば魔物と遭遇出来ますよ」
そう言われて見た先、平原の終わる辺りに広大な森があり、その向こうに山が見える。だが、そもそもその森がほぼ地平線付近にある為、とても気楽に行けるような距離ではなかった。
「遠っ!」
「ですからまあ、向こうから出てくるとすれば、群れから追い出された『はぐれ』か、交代した群れのボスが好戦的な馬鹿だった場合くらいでしょうか」
「年に一度、あるか無いか、だけどな」
「……」
思ってたのと違う。加藤はそう思わずにはいられなかった。
「もっとこう、頻繁に魔物が出てくるものだと……」
「ねぇよ。開拓村か」
憔悴したような加藤の呟きにつっこむルース。後ろを歩くルースの仲間ふたりからも短い笑いが漏れる。
だが、そのつっこみは加藤に違う結果をもたらした。勢いよく顔を上げると、そのままルースへと向き直る。
「……開拓村? そうか、開拓村か! そこなら魔物がわんさかってことか!?」
「顔が近ぇ!」
詰め寄る加藤にたじろぐルース。クラインバウムが「そろそろ行きましょうか」と言うが、加藤の耳には届いていない。
「先生! 開拓村って何ですか?」
今度はクラインバウムの方へと質問を飛ばす加藤に、一瞬「誰が先生ですか」と返しそうになるが、そういえば先生のようなことをしてたかと思い直す。
だがそれとこれとは話が別だ。
「とりあえず、その続きは街に帰ってからにしませんか?」
気づけば門の見えるところまで戻って来ていた加藤たち。
それを門番……元冒険者のギルド職員……が「何やってんだあいつら?」という顔で見ているのがわかった。
「……と、言うわけで。開拓村というのは、人類が魔物に対して縄張りを広げる最前線だと思っていただければ良いかと」
ギリギリのところで突如魔物が! ということも無く……というか、結局一度も魔物に遭遇することも無く一行は街に戻り、ギルドで一食分程度の報酬を貰って、今。
加藤たちはギルド2階の食堂にて食事をとりつつ、クラインバウムによる授業を受けていた。
「あぁい、えんえぇ!」
「ノグチくん、口にものを含んだまま質問するのは止めましょうね」
「……なんだこれ」
何故か小学校低学年の授業風景状態のふたり。同席しているルースが呆れ顔を見せているが、加藤は気にすることなく口の中の物を飲み込むと「はいせんせー!」と元気よく挙手をした。
ちなみに、ルースパーティーの他ふたりは別のテーブルで楽しそうに昼間酒だ。
今回、加藤がいつも受けているお遣い系が無かったから偶々とは言え、一応今後のこと……街の外に出るクエストを受ける際に誘い合う関係を築くのかなど……を確認し話し合うべく、パーティーの代表としてこちらのテーブルに座ったのだが、ルースは既にそのことを後悔し始めていた。
「この国が王都を始まりとして、そこから縄張りを広げるようにして発展してきたのはわかりました。開拓村がその最前線にあって、魔物との縄張り争い真っ只中ってのもわかりました。じゃあ、要するにこの街は……」
「中級、とは言え実験都市ですからね。近隣に大森林や山、洞窟といった、駆逐不可能な魔物の生息地はありますよ。ただ、平地に出現することなんてさっき言ったように極々まれですね」
「近隣っつってもあれだけ距離があるからな、まあだいたい今日みたいになるわな」
「マジでただの散歩だったんじゃねえか……」
だったらかわいい女の子と行きてえよと加藤は嘆いた。
「馬鹿だなノグチ。散歩で一食分タダになるんだぞ? ありがてえことじゃねえか」
「いやまあそうだけどさあ……」
言われてみれば確かにそうだが、解せない気持ちでいっぱいだった。
「こんなぬるい状態で……」
そう。
ギルド都市と呼ばれるこの街の一角を担う冒険者ギルド。その冒険者ギルドの冒険者がこれで良いのだろうか、と。
だがその懸念はすぐに否定された。
「おいおいノグチ、ここはギルド都市だぜ? ぬるいなんてわけないだろ」
「え?」
「先ほど言ったでしょう? 近隣に駆逐不可能な魔物の生息地があると」
「いやでも遠……」
「遠いのはあの山に主が居るからだ」
「は?」
ルースの言葉に、間の抜けた声を返してしまう加藤。
「ああ、そのあたりの話はしてませんでしたね」
「行かないならする必要もねえからな」
「ノグチさん街中の依頼ばかり受けてましたし、行くようなことはないと思ってたんですよね……。ええっと……ああいう、麓に森や洞窟を抱えた大きな山には主が居るんです」
「場所によって大蛇だったり狼だったりするが、いずれも普通の個体とは違って凄まじい力と賢さを有しているからな。並の冒険者じゃ束になっても勝ち目はねえよ。ちなみにあの山に居るのは炎竜だ」
「……ん?」
ルースの、最後に言った言葉に加藤の動きが止まる。
「……今、緑豊かな山と森には似つかわしくない名前を聞いた気がするんですが?」
「いや、間違いじゃねえぞ。あの山に居る主は炎竜だ」
「その組み合わせ相性悪すぎるだろ」
「確かに、時折火事が起きてますけどね」
「いやホント、ダメだろそれ」
加藤は2~3回頭を軽く振ると、はあとひとつ溜め息を吐くが、ルースとクラインバウムは(炎竜もノグチにだけはダメ出しされたくないだろうな)と揃って呆れ顔になった。
「ですから、街が距離を置いた場所にあるのは主を刺激しないためなんです」
「はあ」
「で、だ。あの山の向こうはもう隣国だったりする」
「その辺の、地理の話はしましたよね」
「え?」
「え?」
固まる加藤とクラインバウム。ルースは大丈夫かこいつらといった表情をした。
「……ちょうどあの山と大森林が国境になっているんですよ」
「え、今の間は無視ですか」
「で、ここの商業ギルドはその隣国、ちょうど山を挟んだ反対側にある街と取引があるんです」
無視だった。「ええ~……」と何故か落胆を見せる加藤をよそに、先生もノグチの扱い方がわかってきたようだなと頷くルース。
「主が居る山は避けるとして、森まで迂回してしまうと日数がかかり過ぎてしまうんです」
「それだと物によってはダメになる可能性もあるだろ?」
「まあ、森を迂回しながら先々の村や街で商売しながら……という方々もいらっしゃいますが、それだと最終的には向こうにあるものばかりになってしまいますからね。そこで、山の麓ギリギリを通る形で森を切り開いて道を作ったんです」
「もうわかるだろ? 俺たちガルダの冒険者は、そこを通る商業ギルドの奴らを護衛するのを主な仕事にしてるんだよ」
ふたりからの矢継ぎ早な話に、加藤は正直お腹いっぱいだった。気持ち的にも、ご飯的にも。
自分から尋ねておいて何だが、食事も終わったし、何だかもう面倒くさくなってきたな、と。
「よしわかった。森を焼き払おう」
「わかってねえ!?」
「いやいや。ちょっとだけだって。もちろん、山には手を出さないよ? 炎竜相手じゃ意味ないだろうし。ちょっと森を全部焼き払おうってだけでさ」
「全部は『ちょっと』じゃねえ! お前それ、言い換えれば主を煙で燻そうってことだからな? 怒り買って主率いる山の魔物と戦争だからな?」
「それに、山から離れた辺りでは、森林資源で暮らす村や街もあるんですから。安易なことは出来ませんよ」
「全部を、敵に、回してでも!」
「何言ってんだ!?」
その後、何やら面白そうなことになってるなとルースのパーティーメンバーや、近くの席に居た冒険者達が参加。意外にも大森林燃やす派が――面白半分とはいえ――少なからず居たせいで事態は紛糾。遂には以前のレア度はどこに行ったのかというほど、最近よく冒険者達の前に姿を現すガースニクスが「何か五月蠅いと思ったらやっぱりノグチか!」と1階から現れ、事情を聞いて「アホか!」と一喝。
最終的に、最近お目付け役が板についてきたルルア嬢による加藤への説教が終わるまで、ここの飲み食いは全て加藤の驕りという、どうしてそうなったのか誰もわからない裁定が下されるに至る。
「わけがわからないよ……」
皆が我先にと飲み食いするなか、加藤は数少ない物真似のレパートリーを披露したが、当然のことながら誰もセリフの元ネタを知らないため、虚しさだけが残った。
むしろ、それを目の前に座るルルア嬢に聞き咎められてお説教タイムが伸びる結果となり、一部から怨嗟の視線を受けるのだが、多くは「ノグチだから仕方ない。それよりエールお代わり!」とスルーするのだった。