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異世界野口加藤  作者: 卯上
日常野口
13/14

12:野口は一日にしてならず

遅くなってしまいました。

なお、前話にてルースとルクスが逆になっていましたので修正いたしました。

ルースが名前で、ルクスが加藤の覚え間違いです。

 王都に次ぐ大都市……のさらに下の規模に位置する中級都市のひとつ、ガルダ。


 加藤は今、ギルドの片隅で元教師の冒険者クラインバウムからこの街の話を聞かされていた。先ほど共に受けた常設依頼のことを、加藤がよくわかっていなかったのが原因だ。


「とは言え、ここは他の中級都市とは少し違うところがあるんですよ」


 冒険者らしい粗野な雰囲気と、教師だった頃の理知的な仕種が不思議なバランスを持つクラインバウムは、教師だった頃の癖なのか立てた人差し指を振りながら話を続ける。


「この国では、各領それぞれにひとつ、実験的な意味を持った都市を作るよう義務付けられているんです」


 そのまま「例えば、西隣りのダレス領では魔術都市が、東隣りの……」と例を挙げ始めるクラインバウム。ここが教室だったら、黒板に書いて「ここ、テストに出ますよ」とでも言いそうだなと加藤は適度に聞き流しつつ眺める。


「……で、ここガルダは、貴族ではなく商人、職人、そして冒険者の三大ギルドによって運営される自治都市なんです」


 どうだすごいだろう感を出すクラインバウムに、加藤は「ちょっとレアな街からスタートしちゃったんだな」という感想を抱くだけだった。温度差がすごかった。



 商人、職人、冒険者の三大ギルドによって運営される実験都市。

 通称『ギルド都市ガルダ』。

 名目上は領主の直轄地ということになってはいるが、都市の目的から基本的には不干渉であり、税もかかってはいない。実質この国で唯一、貴族の息がかからない街となっていた。


「まあ、街ひとつ分の権力を丸々手離して分け与えたようなものですから。他の領主や貴族どもからかなり色々言われたようですけどね」

「それでもこの街を作ったんだから、ここの領主はかなりの変わりも……おっと」


 失言だったかと途中で言葉を止める加藤。だがクラインバウムはそれを気にすることなく、「ええ、面白い方ですよ」と笑って返した。


 ……そこで「素晴らしい」ではなく「面白い」と答えるあたりが、教師ではなく冒険者って感じだな。


 そんな感想を抱く加藤を後目に、クラインバウムは再び人差し指を立てて「ただし」と続ける。


「ただし、領主を始め貴族から自由であるということは、その庇護を得られないということでもあるんです」

「……と、言いますと?」


 そう続きを促しつつ、加藤はクラインバウムの仕種に高校時代の生物教師を思い出していた。オクレ兄さんを彷彿とさせるその生物教師に、クラインバウムの仕種があまりにもかぶりすぎていたのだ。

 それでいてクラインバウムはその生物教師とは真逆な、引き締まった精悍な肉体を有しているため、呼び覚まされる記憶と目の前にある現実とのギャップが事故を起こしていた。

 結果として今、加藤の頭の片隅では、マッチョなオクレ兄さんが立てた人差し指を振りながら絶賛講義中という状況だった。

 何故か口元をヒクつかせ始めた加藤に、疑問を抱いて一瞬指を止めるクラインバウム。だが、彼もまた冒険者であり、加藤とこうして関わっているひとりだった。「まあノグチさんだし」でさらりと疑問をスルーして話を続ける。


「庇護を得られない。それはつまり、領主の傘下となる騎士団や衛兵が派遣されない、この街には居ないということなんです」

「え……」

「ですからこのガルダでは、冒険者は都市の防衛も担って……って、どうしました?」


 話を途中で止めたクラインバウム。その視線の先には崩れ落ちた加藤の姿があった。


「ノ、ノグチさん……?」

「き……」

「き?」

「騎士団が居ない……だと……?」

「え?」

「この街に、騎士団が居ない、だと……?」

「え、ええ。ですから、この街の防衛も冒険者が担っているんです。というか、今から私たちが行くのがその見回りなんですが……」


 加藤の口から絞り出すように漏れた言葉。それをクラインバウムは、騎士団や衛兵が居ないことで、防衛や治安に関する不安に襲われたのだろうと解釈した。


 だが、違うのだ。


「……じゃあ、俺は誰を推せばいいんだ?」

「うん?」


 加藤の口から漏れ出た言葉に、クラインバウムは首を傾げるしかない。


 クラインバウムにはわかるはずもなかった。

 加藤は始め、半ば諦めていた。

 自分はあの『野口』にはなれない。


 ……なるつもりもなかったが。


 ところが、使用に制限はあれど大金を得てしまった。学んだ魔法に、世界から「未来に生きてる」と言われる日本人の感性を混ぜ合わせたら、冒険者としてもやっていける目処が立ってしまった。


 そこで、欲が出たのだ。


 そう、『ドルオタ(略)』の主人公・野口のように、自分も、騎士団の中から「推し」となる新人女性騎士を見つけ、陰ながら手助けをして団長(センター)への階段を……と。


 だが、それが今、見事に遠のいた。


「なんてこった……」


 ならば、騎士団かそれに準ずる組織のある街へ拠点を移せば……と一瞬考えるも、経済的制裁(おこづかい制)を受けている現在、貯金の引き出しのみならず、報酬の受け取りや素材の換金などもこの街でしか出来なくなっていた。

 罪を犯したわけではないので投獄などは無いが、一応は罰である為、逃亡防止の措置というやつである。

 とどのつまり、経済的制裁(おこづかい制)が解けるまでは『あの野口』は諦めるしかなかった。


「……野口の道は一日にしてならず、ということか……」

「はあ?」


 まるで加藤の呟きに答えるかのようなタイミングで、クラインバウムとは違う方向から声が返ってきた。


「ノグチ、何やってんだ?」

「なんだ、ルクスさんか……」

「ルースだよいい加減覚えろよ」


 これだからノグチは……と言いつつ敢えて加藤をまたぐルース。


「おい人をまたぐな!」

「踏まないだけ有り難いと思え!」


 そんなやり取りを経てクラインバウムの前に立ったルースは「どうしたんですか、あれ」と背後を親指で指した。


「いやあ、何というか、騎士団がこの街に居ないと知るなり……」

「なんだいつものノグチか」


 尋ねておきながら、みなまで聞くこともなくバッサリだった。


「いや、ルース君……」

「クラインバウムさんは面倒見がいいと言うかお人好しと言うか……ノグチなんて、ちょっと雑に接するくらいでちょうどいいんですよ」


 そう言うとルースは後ろを向き「おい、ノグチ! いつまでもうなだれてねぇでさっさと立て!」と、無理やり加藤を立たせにかかる。


 そのまま立つ立たないで揉め始めたふたりの様子に、クラインバウムは苦笑と共に小さく呟きを漏らした。


「ルース君もたいがい面倒見がいいと思いますけどね」


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