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異世界野口加藤  作者: 卯上
日常野口
11/14

10:天は野口の上に野口を作らず3

「ギルド長もね、こないだのノグチさんと同じようなことを言ったんですよ」


 ルルア嬢曰わく、当時ギルド長へ就任したばかりのガースニクスもまた、加藤と同じく言い寄る女性冒険者や女性商人が、加藤とは比べものにならないほど居たそうだ。


「ちょいちょい毒を挟むよね、ルルアさん」

「なにか?」

「いえ……」


 何ということでしょう。みんなに慕われる優しい笑顔のギルド受付嬢とは思えない表情が。

 それくらい、向けられたルルア嬢のスマイルがヤバかった。

 こんなスマイル、特殊な性癖でも無ければ耐えられそうにない。たとえ0円でも注文したくない。そう思えるほどのブリザードスマイルだった。


「私ね、ノグチさんには厳しくした方が良いってわかったんです」

「いや、個人的には……」

「私にとって、です」

「あ、はい」


 ルルア嬢からの評価ダウンが止まらない。

 危機感を覚えるも、よくよく考えてみればまだ教えてもらうことばかりで、この世界に来て評価の上がるようなことを何ひとつしていなかったことに気づく。


 ……完全に駄目な冒険者じゃねえか。


 ひとまず、この世界におけるひと通りの知識を得たら、簡単なおつかいクエストから頑張ろう。そう心に誓う程度には、担当受付嬢からの塩対応が堪えた加藤だった。


「……で、ギルド長ですが、その時に『好みのタイプは物理的に自分より強い女』と答えまして」「ギルド長は阿呆なの?」

「もっと阿呆な方も居ますよ。御手洗いに鏡があるのでお会いになっては如何ですか?」

「もう別人レベルに対応が酷い!」


 加藤、明日から本当に本気で頑張ろうと決意した瞬間だった。


「ほとんどの人がそれを聞いて諦めました」

「まあそうだよね。物理的にって言ってるから違う強さを見せても意味が無いだろうし」

「ノグチさんにしては冴えてますね。その通りです」

「ホント、初めて会った時の対応が嘘のようだよ……」


 うなだれる加藤。

 その姿にちょっとやり過ぎたかなと思うルルア嬢だが、いや心を鬼にせねばと思い直す。


 ……いま甘やかしたらノグチさんの為になりませんし。


 ギルドの受付として多くの冒険者を見てきた経験から、加藤にはこれくらいの対応で良いのだと判断していた。

 過去に無い対応のせいか、何故かやり過ぎてしまうというかノってしまうというか、そういう部分があるのだが、自分のせいではないと思いたい。きっと加藤のせいなのだ。

 そう自分に言い訳しつつも、何だかんだ加藤のためを思ってはいるルルア嬢は、本質的には変わらず冒険者に優しいギルド受付嬢なのだが、残念なことに加藤には知る由も無かった。


 チラッと加藤の方を見るルルア嬢。加藤は何故か跪き、両手を上げて空を仰ぐようなポーズになっており、話を聞く気があるのかと問い詰めたくなったが、どちらにせよポーズの意味がわからないのでスルーすることにする。


「まあ、そんな中ひとりだけ、宿の娘から冒険者になり、適性があったのかどんどん頭角を表していったのが……まあ、今の奥さんなんですけど……って、あら?」


 意味のわからないポーズをする加藤から視線を逸らした先。ギルド長の机上に、一枚の書類があるのを見つけた。


「……やればできるじゃないですか」


 何だかんだ言っても流石はギルド長だということなのだろう。それは走り書きで汚い字がさらに汚くなっているが、加藤用の書類だった。


「ノグチさん、ほら書類ですよ。よくわからない姿勢のままで構いませんので、さっさと書いちゃって下さい」

「……え? 何て書いてるのこれ?」

「慣れれば読めますよ」


 要するに、慣れねば読めぬレベルに汚い字と言ってるようなものだった。


「今度はちゃんと書いて下さいね。でないと本当にしばらく無一文で過ごしてもらいますから」

「はいはい、わかってますよ」


 ルルア嬢からの最後通告にそう応じると、加藤はペンを持って字の汚い書類へと向かい始める。


 加藤の前にある書類。これは要するに預金封鎖の緩和に関するものだ。

 無理やり預金をさせられた挙げ句それを封鎖されてしまった訳だが、一応は少しばかりの生活費を残してもらってはいた。

「ノグチクエスト」と呼ばれる一連のクエストを受けた者の中には、流石に貰い過ぎだからと相場を伝えた上で過払い分を返そうとしたり、そこから最低限の装備品を用立てようとしてくれた者もいた。

 だがその度に「そんなことをされては野口がすたる」「大丈夫だ、問題ない」「フフフ、このクエストは四天王の中でも最弱」「まだあと2回変身を残している」など、のらりくらりとかわした結果が今だった。

 まだ買い物袋の中には色々ある。だが無限にあるというわけではない。というか、調味料関係はあの歓迎会の席でガースニクスへの嫌がらせの為に全て放出してしまっていた。結果、引き出せない貯金だけが増えていた。


 加藤、ここに野口としての進退窮まれり。主に、経済的な意味で。


「……とりあえず、一文字も読めない汚さだけど、さっきと同じならここにサインしたらいいんだよね?」

「はい」


 返事を受けてペンを動かす加藤。

 今度はちゃんと自分の名前を書いた。お腹がすいていた。


「……はい、これで完了ですね」


 書類をチェックしていたルルア嬢が頷く。


「では、ただいまからノグチさんの預金封鎖を緩めます」


 そう宣言すると、そのまま小さな袋をテーブルに置いた。ヂャリっという音が鳴る。


「こちらが本日の分です」


 緩和内容。それは一般的な同レベルのソロ冒険者が1日に稼ぐ平均額を、預金から毎日引き出す形で、簡単に言うなら「お小遣い制」というやつだった。


 一日、銅貨数十枚。

 調味料関係全放出の結果、かなりの成金になっているはずなのに……と加藤は思わずにはいられなかった。

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