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異世界野口加藤  作者: 卯上
日常野口
10/14

09:天は野口の上に野口を作らず2

本日2話目です。

「落書きする余裕があるなら今日一日無一文でも大丈夫でしょう?」

「いや、いやいやいや! これはアレだ、ギルド長へ書類仕事に慣れさせるためにだなあ……」

「じゃあ何て書いたんですか?」

「『天は野口の上に野口を作らず。野口の……』」

「落書きですね」


 バッサリだった。


「いや最後まで言わせろよ。『野口の下に野口を作らず……』」


 言いつつ、加藤はペンを走らせる。


「『……ならば野口は何処(いずこ)にありや? それはみんなの心の中に!』どうだ!」

「落書きですね」


 改めてバッサリだった。


「もう。ノグチさん、あんまりふざけてると本当に許可下りませんからね?」


 怒っているとも困っているともつかない表情でルルア嬢が顔を上げる。

 それもそのはずで、ルルア嬢がここで仕事をすることになったのは、ある意味では加藤のせいでもあり自業自得でもあった。


 現在、加藤の預金口座は封鎖されている。


 ギルドによる冒険者への罰則のひとつとして預金封鎖があるのだが、加藤はあの異世界初日にその措置をとられていた。

 理由は単純。得た大金をいきなり使い切ろうとしたからだ。


 だが、自分のお金をどう使おうがその人の勝手であるから、普通ならそんな理由で預金封鎖の措置など行われないし許可も下りはしない。


 それでもこのようなことになってしまったのは、加藤の阿呆が調子に乗ったことと、実はお金に生真面目なルルア嬢が湯水のごとく使われていくお金に動転したこと、そしてお酒の入った場の中心にノリで行動しがちな脳筋(ガースニクス)が居たという、不幸な重なりが起こってしまった結果だった。


 翌日、お酒の抜けたふたりと冷静になったひとりが頭を抱えることになったが、すべては後の祭りだった。


「はあ……。どうして私がこんな目に……」


 ルルア嬢がため息を吐くが、自業自得であるのを自身で理解しているため、その語気も弱い。


 動転したルルア嬢は職務も忘れて感情的になり(ブチギレ)、加藤にド説教をかまして残りを預金させると、そのままいい感じにお酒の入ったガースニクスに一筆書かせて封鎖措置を通してしまった。


 普段、どこか抜けつつも明るく温厚なルルア嬢のその姿に、数を減らすと思われた何らかの親衛隊だったが、逆にその数を増やし、しかしながら派閥が生まれることとなったが、それはまた別の話だ。


 ともあれ、こうして3人の人間が頭を抱えることとなった翌朝。ひとり素面で冷静だったハンナのアドバイスにより、ルルア嬢が責任をとって加藤の金銭管理を担当するということになったのである。

 言いかえれば「財布を握られた状態」とも言えるのだが。


 さっさと解除手続きをすればという話も加藤から出たが、カッとなってやったとは言え罰則であるため、おいそれと解除するわけにもいかず、最終的に3人はハンナのアドバイスを受け入れることにしたのだ。


「いやまあでも、ルルアさんに担当してもらえて嬉しいですけどね」

「褐色肌で、長身で、短髪ではないですけどね?」


 加藤の軽口が呆気なく迎撃される。


 褐色長身ショート。

 初日のお大尽行為の際、全部使い切ると言い放ったにも関わらず、加藤へ打算的な接触を謀る女性冒険者と女性商人が少数ながら居たのだが、その時に加藤が大声で叫んだ好みのタイプがそれだった。

 陽光にさらされることも多い女性冒険者の中には褐色肌の者も居たが、長身とショートカットも揃っている者は居なかった。

 特に髪型。手入れのこともあるし、ショートが多いと予想していた加藤には意外な結果だった。むしろ長身の者ほど髪を長く伸ばしていることが多く、どういうことかと疑問に思ったほどだ。


「いやまあ、あれはその時居ないタイプを言っただけですし」

「その割には随分すんなりと口から出てましたけれど?」


 ルルア嬢のジト目が止まらない。

 つまり、元々そういうタイプが好みで、あの場に居ないのがわかっていたから言ったのではないか、と。


「……何言ってんですか」

「そういうタイプ知ってるけどね、ひとり」

「え?」


 思わず身を乗り出した加藤に対する、ルルア嬢のジト目が酷い。溜め息まで吐かれた。


「まあ、その人、ギルド長の奥さんですけどね」

「ギルド長テメエ勝負しろや!」

「おおなんだいきなりどうした?」


 加藤の雄叫びに、いつの間にか再び机に突っ伏していたガースニクスが顔を上げる。その姿にルルア嬢が笑わない笑顔の精度を上げるが、ガースニクスは書類を持ち上げることで止めた。


「ハンナんところの分なら終わったぞ」


 表情に疲労と晴れがましさが浮かぶガースニクスから書類を受け取ったルルア嬢がチェックする。

 汚い字だ。だが読めなくはない。何より、魔力紋さえ入っていれば少々の読みづらさは問題にならない。


「……誤字も脱字も数字の間違いも無いみたいですし、間に合いましたね」

「よし! じゃあ疲れたんでハンナが来るまで寝るわ。こっちじゃなく仮眠室に居るんで、来たらよろしく」


 冒険者ギルドは緊急事態に備えて24時間営業である。職員用の仮眠室もあるが、ギルド長には専用の寝室がこの部屋の奥に設えられていた。

 ただ、叩き上げであるガースニクスは性に合わないのか、寝室を使わないことの方が多い。


「おい! 勝負は……!」

「あん? 何言ってんだ。受けるわけないだろ」


 そう言うと、ガースニクスはひらひらと手を振りながらギルド長室から出て行ってしまった。


「くっそ、あれがリア充の余裕か……!」

「? 何を言ってるのかわかりませんけど、ギルド長の奥さんは本当にギルド長一筋の人ですから……ギルド長よりも強いですし」

「は?」


 間の抜けた声が、加藤の口から漏れた。

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