00:あ、野口です
「え? あ、野口です。ノグチ・キミヤス」
加藤はそう言うと「読み書き出来なくて……」と、申し訳なさそうに手触りの粗い紙を差し戻した。
差し戻された方、長い橙の髪をひとつにまとめ上げた見た目二十歳くらいの女性は、特に表情を変えることなく笑顔のまま「構いませんよ。そういう方も少なからず居ますから」とその紙を受け取り、自らの方へとくるりと回す。
「では、私が代筆させていただきますね。お名前がノグチ・キミヤス……」
「あ、この国だと家名は後ろにきますか?」
「え?」
加藤の言葉に手を止めて顔を上げる受付嬢。そこには疑問が貼り付いている。
「ええ、そうですが……」
「じゃあすみません、キミヤス・ノグチで」
「は……?」
貼り付く疑問を大きくした受付嬢に負けじと、加藤もその申し訳なさそうな表情にひとつ、困惑を継ぎ足す。
「文字も、言語も文化も違う、本当に遠くからきたもので……」
喋りつつ、加藤は内心で「異世界ですけどね」と付け加えた。
スマホで異世界転移系小説『ドルオタが異世界で推しメン(女騎士団員)を見つけました』を読みながら家のドアを開けたら冒険者ギルドだった。
冗談だろうとドアを閉じるも、既にもうそこは自分の知る世界ではなかった。
「マジか……」
手に持つスマホを見る。圏外だった。
冒険者たちの粗野な喧騒に包まれながら、加藤は呆然とする……こともなくカウンターへと歩いて行く。
こうして加藤公康は、冒険者キミヤス・ノグチとなった。
異世界に来ておよそ2分後のことだった。
0時頃に次話投稿します。