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8話

『あの、時差を考えてください』



 杖についた赤い宝石をタッチすると、電話? はつながった。

 最悪、連絡待ちというのも考えていたので、素早く話せるのはありがたい。


 だが。

 電話に出た女神は、眠たげな声でそんなこと言う。

 俺は電話杖に向けてひそひそと話す。



「時差ってなんだよ」

『距離の離れた異なる二つの地域のあいだで、現在時刻が違うことです』

「時差っていう言葉の意味を聞いてるんじゃねーよ! なんで時差が発生するんだ! ここは日本でお前はニューヨークか!」

『異なる世界同士は常にペアリングをしていて、可能なかぎり同じ時刻になるように取りはからわれていますけど、それでもかすかなズレは発生しますからね。そのズレが世界と世界のあいだでの時差になるんですよ』

「お、おう!」


 わからないけどうなずいておいた。

 そんなことより。


「ところで預言がほしいんだけど」

『つい先ほど差し上げたばかりですよね? 今、顔のパックをしてまして……』

「女神のリアルな生活感とかいらねーよ。……そうじゃなくてさ。世界の命運とまではまだ言えないけど、一人の女の子の命がかかってるんだ。治すために預言したい」

『なぜ?』

「は? なぜ、って、そりゃあ……」


 そりゃあ。

 ……言葉にできるほどの理由はないんだが。


『……はい、はい。今、あなたの状況をモニターしてます。思いっきり拉致されてるじゃないですか!? わたくしのスキをつくようにして危険な目に遭わないでいただけませんか!? わたくしには、あなたの人生を保証する者としての立場があるんですが!』

「いや、拉致はされたけど危険はなさそうだし……」

『そうですか? 身の危険を感じたら杖にはまっている黄色の宝石をタッチしてくださいね。あなたを残して周辺一帯を焦土にしてでもあなたの無事を保証しますから。あ、指紋&生体認証式なので他の人が触っても反応はしないですから、ご安心を』

「わかった。黄色の宝石は厳重に封印しておく」


 俺の指紋で世界が燃える。

 なんていらない機能を搭載してくれてるんだコイツは。


『では、冷静に考えてください』

「その言葉はむしろ、あんたに言いたい」

『わたくしは冷静です。……あなた、拉致されて、その主犯にお願いされて、なんで助けたいってなるんですか。その人はたしかに本当に妹が危ないですけど、でもあなたにとっては加害者のはずですよ? わたくしが目を離していなければ、とっくに消し炭です』

「問答無用で人を消し炭にするのは今後禁止で。……うん、まあ、その。そうつらつらと並べられるとたしかに助ける理由はまったくないんだが」

『それでも助けたいと?』

「……ついさっき気付いたんだが、どうにも俺は、不幸を見てられないらしい」


 告白。

 女神は沈黙。

 そして。



『……あの、失礼ながら、あなたがそんな、正義のヒーローみたいな人には思えないんですが』



 本気で失礼なことを言う。

 まあ、彼女は悪態をついたつもりはないだろうけど。


 本当にそう思えない。

 俺の経歴を知っているから。


 だがご安心ください。

 俺は別に正義のヒーローじゃない。


「不幸を見過ごせないわけじゃない。見てられないんだ」

『どう違うので?』

「前者はさ、アクティブだろ? 後者はパッシブっていうか……ほら、映画見てて、不意にグロシーンが映ると目を逸らすみたいなもんだよ。女神に通じるのかこのたとえは」

『まあ映画は見ますよ』

「見るのかよ……とにかく、そういうことだ」

『どういうことですか』

「だから――俺は、不幸を見てられない。前世の自分を思い出すから」

『……』

「まして、今預言を求められてるのは、ガチな方の不幸だ。ありきたりで、解決できない方の不幸だ。自分に非があるから同情されない俺の前世みたいな不幸じゃなくって、誰しもに同情されて、治るべき大義名分のある不幸だ。……見てられるかよこんなの。きつすぎる」


 女神は黙る。

 だから俺は続ける。


「人の不幸なんでグロでゴア描写なんだよ。そういうキツいのがほしい時だって、あるかもしれないけど……今の俺にはいらない」


 まだ、沈黙したままだ。

 だから俺は祈る。


「だから、どうにかしてくれ。俺の人生を保証してくれるなら、俺の目に映る不幸をなくしてほしい。俺の幸福の陰で誰かが不幸になってるなんて思ってたら、おちおち幸せにもなれやしない」


 言葉は尽きた。

 女神は。


『なるほど』


 感情のうかがえない声で、つぶやく。

 俺は不安になってたずねた。


「……あの、本当にわかってもらえた?」

『ええ、よくわかりました。あなたが勇者でも魔術師でもなく、預言者として産まれ変わると決定されたその理由が』

「いや、そんな壮大な話はしてないんだが」

『わたくし好みの素敵な卑屈さです。あなた、なんてかわいそうな人なんでしょう』

「意味はわからないが、あんたの性格が歪んでることだけはわかるな!」

『駄目な人ほど、わたくしがどうにかしなければっていう気持ちになります』

「悪い男に引っかかるOLみたいなこと言うなよ」

『預言を授けましょう』


 ……彼女の中でどんな紆余曲折があったかは知らないが。

 その結論なら、とりあえず文句はない。


「頼む」

『では』


 こほん、と咳払い。

 それから声をやや低めのトーンにして。




『兆しは闇にあり。陽光寸断せしこと三日三晩、ことに苦しけれど忍耐すらば陽光、毒ならず』




 荘厳で。

 神聖な言葉を発した。

 俺は感動を覚えながらも、聞いておかなければならないことをたずねる。


「意味は?」

『それは言えません』

「なぜ」

『いいですか、預言者が、預言をかみ砕いたり、自分なりの解釈で簡略化したりしてはいけませんよ。預言というのは、あらかじめ決まっている答えを示す言葉ではないのです。言葉により、未来や因果を変えるものです。なので、一言一句、正確に述べないと、意味がありませんからね。どころか、自分なりの解釈をした瞬間、預言は力を失うこともあるでしょう』

「……じゃあ再翻訳されたら意味ないんじゃ」

『あなたが他意なくわたくしの言葉を復唱しさえすれば、意味はあります。……世に出た結果、どのような誤変換が起こっていようとも』

「ほんとに?」

『………………あとでマニュアルを確認します』

「毎回ちょっとずつポンコツなこと言うのやめろよ! 不安になるだろ!」

『あ、あとですね、変換器を少しいじったので、具合も確かめてみてくださいね。うまくすれば治ってるはずですから』

「……わかった。まったく……でも、悪いな、色々と」

『あなたを幸せにすることが、わたくしの仕事であり、望みですから』

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

『前世では誰もあなたの幸福を望みませんでしたからね』

「そう言ってもらえると台無しだよ!」


 素直に株をあげさせてくれ。

 なんで毎回オチをつけるんだ。




 俺は女神に別れを告げて、通話を切った。

 そして、ノイの方向へ向き直る。




「おまたせ」

「…………今のは、預言の儀式?」

「儀式っていうか……まあそんなところか」


 けっこう大きな声で話してた気がしたが。

 そういや女神の声は周囲の人には聞こえないとか言ってたな。

 今後、預言をさずかるたびに一人で杖に向けて話しかける変人みたいになるのか。

 やだなあ。


 とにかくだ。

 変換器なるものもいじったらしい。

 今回こそは正確な預言を伝えられるだろう。


 そもそも預言が再翻訳ってなんだよ。

 そう何度も何度も再翻訳されてたまるかっていうんだ。


「じゃあ、言うぞ。ノイの妹を治すために、授かった預言を」

「…………はい」


 彼女が俺を見上げる。

 俺は、軽く咳払いをして。




「暗闇は、サインを囲みます。もので痛いが、彼であることなく、忍耐日光存在、3日と夜日光省略形の毒」




 ……。

 事態がなにも好転していないことを知った。

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