6話
ドアが開き。
世界が煙に包まれた。
「ってなんだコレ!? 火事!?」
モクモクとすごい勢いで視界が真っ白になっていく。
まったく周囲が見えなくなるまでほんの数秒だろうか。
白い煙ということは燃えてるわけじゃないのだろうが。
異常事態には変わりがない。
口と鼻を腕で覆う。
目を細めて周囲を見る。
そうしている俺の手を。
何者かが握った。
「オフィーリアか!?」
「……こちらへ」
物静かな少女の声。
ささやくようにひそやかな声色。
オフィーリアではない。
俺は、その声の主に手を引かれ――
『預言者の間』から連れ出されてしまった。
○
訂正する。
俺が連れ出されたのは『預言者の間』からではない。
王宮から連れ出された。
手を引かれてついていったら、いつのまにか集団に囲まれていた。
そのまま持ち上げられて。
抵抗する間もなく、馬車に乗せられてしまった。
「……拉致されたのか!?」
手並みがあざやかすぎて、馬車に腰掛けるまで気付かなかった。
すげえ。
避難誘導みたいな自然なノリでさらわれた。
ボックスシートの馬車である。
内装はやや成金ぽい。
というのも、椅子や絨毯が、ケモノの毛皮であしらわれているのだ。
俺を拉致した主犯格は、正面に座っていた。
絶対に半獣族だ。
頭の上部に大きな三角耳。
腰のあたりから細いの尻尾。
つり上がった目には、縦線のような瞳孔が見える。
猫のような特徴を備えた――女の子。
どこか和服に通じるところのある服装の、大きな袖口に手を入れて。
紫がかった漆黒の毛並みを持つ彼女は、無表情で俺を見る。
「……さらわせて、もらった」
静かな声。
落ち着いた、しかしどこか幼い音声が耳をなでる。
かすかな震動。
どうやら馬車はすでに走り出しているらしい。
俺は、丸い小窓から外を見た。
すでに王宮は遠い。
ぐんぐん離れていく、簡素な城壁に守られた石造りの街並みがあった。
けれど、彼我の距離に絶望するより先に、目に入るものがある。
ひとことで言えば、クレーター。
離れていく、先ほどまでいたであろう王都の外円部ギリギリをかすめるように、巨大なくぼみがあった。
「……二百年前、神の火が落ちた、あと」
誘拐犯は静かに語る。
俺は、彼女の夜空のような目を見た。
「神の火?」
「……そう。空から、神の火が落ちて、巨大なくぼみを作った。……でも、預言書の通りに建てられた各国の王都は、ぜんぶ、無事だった。……本当に、ギリギリだったけど、このくぼみの円をなぞるように、各国の王都が存在している」
神の火。
隕石だろうか。
「全部の王都のちょうど真ん中に隕石が落ちたっていうことか?」
「……神の火」
「ああ、神の火ね。……しっかし、そうなると王都を建てさせた預言者は、いんせ……神の火を予測してたってことだよな……」
「……だから、人間族以外の我らも、今もって預言書に従っている」
なるほどなあ。
そりゃ信じるわ。
まあ、『ただの偶然だろ』とそれでも主張する、俺みたいなひねくれ者もいるだろうが……
「……預言者どの。突然の誘拐、お詫びする」
少女がささやく。
俺は改めて彼女を見た。
「なんでこんなまねを?」
「……預言がほしかった」
長いしっぽがゆらゆらと動く。
彼女は。
「……わたしは、半獣族の国長、ノイ」
ノイは名乗る。
それから、続けざまに。
「……世界の命運を握る預言の前に、個人的な預言をお願いしたい」
「個人的な?」
「……そう。――妹を、助けてほしい」
無表情の中に真剣さがまじる。
戸惑う俺へ。
ノイは座席から立ち上がり。
馬車の、そう広くない床にひざまずいて。
「……妹の、不治の病を治す方法の預言を、わたしに、ください」
深く。
懇願するように、頭を下げた。