5話
預言者の間。
という場所が王城にあった。
王城内部をしばらく歩き。
音さえ漏らさないような分厚い扉をくぐった先にある部屋だ。
そこには、ドーナツ型のテーブルがあった。
かなりでかい代物だ。
ビロードの絨毯を踏んで近付けば、テーブルの一部が開閉式になっているのに気付く。
「よ、預言者様は中央へ。テーブルの外周には各国預言拝聴者が座り、お言葉を、拝聴いたします」
とのことらしい。
……つまり、国のお偉いさんたちに囲まれる真ん中で、俺が預言を告げるシステムのようだ。
緊張するってレベルじゃねーぞ。
「この大陸は、現在、八つの国家が治めております」
オフィーリアは続ける。
俺は、テーブル中央の穴へ入った。
……椅子とかないのか。
まあ、座ってると、一部の人にはずっとケツ向け続けることになるしな。
「それで?」
「は、はい。まず、我々人間族。そして、エルフ族、ドワーフ族、半獣族、真族、木精族、妖鬼族、竜人族の、合計八種族がそれぞれ独立国家を持ち、治めております」
思ったより多種多様な種族がいたようだ。
エルフ、ドワーフ、半獣、竜人あたりは見た目の想像がつく。
だが真族とか木精族はよくわからない。
「我らは定期的に集い、預言書を読み、その内容を協議いたします。その時に使われているのがこの部屋なのです」
「……つまり、俺はその『預言書』の代用品としてここにいると」
「そ、そういうことに、なりますでしょうか……代替品というつもりはなく、新しく大陸を導くしるべとして、丁重に……」
「ああ、いやいや。今のは俺の言葉が意地悪だったな。……やっぱり、預言は解釈について会議が必要なほど難解なものばっかりなのか?」
「いえ、難解というか、意味不明なのです」
「と言うと?」
「え、ええと……一例を挙げますと、『新年が始まったらすぐに二百五十人の人間族で踊れ』などですね」
……普通に意味わからん。
その預言書で示されてるのは、どうやら『とるべき行動と、タイミング』のようだ。
俺も預言に詳しいわけじゃないが……
普通、預言っていうのは『起こるできごとと、曖昧な日付』が示されるものだと思う。
たとえば『2001年に世界は滅亡する!』とか。
回避法とか、詳しい滅亡の仕方とかには、むしろ触れないのが普通だろう。
「そもそもどうして、そんな妙な預言に従ってきたんだ?」
「は、はい……三百年前、オデットという女王の治世の時に書かれた預言書なのですが……オデット女王は今でも語り継がれるほどの名君でして。その方が遺言で『この預言書には必ず従うように』と遺されたぐらいのものですし、守ろうということに……」
「……で、言う通りにしたら、いいことがあったと」
「はい。行動の通りにすると、巨大な竜巻が起きてもなぜか王都を避けたり、不作の年の前年になぜか豊作になったりしたのです。まさに奇跡の預言としか」
……すごいなあ。
まあ、その奇跡を目の当たりにしてないので、『たまたまよかったことが起きた時に預言のお陰にしただけじゃないか』と考えてしまうんだが……
神様もいるし。
預言だって疑うばかりのものでもないだろう。
というか、預言者の俺が預言を疑うのは、とんだ自己否定だ。
……ん?
何かおかしくないか?
「預言書には、とるべき行動がはっきり書かれてたんだよな?」
「は、はい」
「じゃあ、いちいち各国で会議する必要なくないか? 行動が明記されてるなら解釈の余地はないだろうし」
「一応、場所の確保などが必要ですので……預言に合わせて国家間のイベントを起こすための会議ですね」
「なるほど」
つまり。
俺の預言による会議は荒れるということだな!
嫌な予感しかしない。
「あ、あの、預言者様……それで、先ほど早馬を走らせまして、各国の預言拝聴者を呼びました」
「そうなんだ」
「もうすぐ来ると思います」
「早くない!?」
呼んだのさっきだろ?
で、俺がこの世界に来てからまだ二時間も経ってない。
いくらなんでも外国の首脳……預言拝聴者だったか、フットワーク軽すぎるだろ。
「い、いえ、その、ごめんなさい」
「謝らなくてもいいけど」
「各国の王都は、互いの王都を目視できる位置にあって、非常に近いのです」
「……なんでまた」
「は、はい……三百年前、我ら人間族は、他の種族がこの大陸にいることを発見いたしました。当初は戦争が起こる気配もあったようなのですが、先ほど申し上げた、時の女王陛下が戦乱をあらかじめ収めまして……」
「その女王有能すぎだろ」
「おっしゃる通りで……その時に、預言書……の作者の言葉に従い、各国の王都が互いに互いを見える位置に配置されました」
「監視できるようにしたってことか? まあ、たしかに互いに互いが丸見えなら、変なことはできないしな」
「れ、歴史の授業でもそのように教わりました……ですけど、私はもっと違う意味があると考えています」
押しの弱い感じのオフィーリアが、語調を強める。
なにかゆずれないものがありそうだ。
「じゃあ、監視以外にどういう意味が?」
「近くて、よく見えた方が、その……仲良くなれるから、っていう、ふうに、思います……仲良くなるのは、素敵なことです……仲のいい人とは、争いが起こりません……あ、け、ケンカぐらいはするかもしれませんけど、仲直りできます、から」
はにかむように笑うオフィーリア。
俺は思わず顔を逸らした。
……なんだこの純粋な子は!?
近くにいたら浄化されそうな気分だった。
まぶしすぎて目がつぶれそうだ。
「あ、あの、預言者様……やっぱり、私の考えは、おかしい、でしょうか……?」
「いや、そのままでいてくれ」
「は、はい……! この考えを打ち明けて、笑われなかったのは、初めてです」
頬を赤らめて。
嬉しそうに、彼女は笑った。
信じられない。
こんなかわいくて純粋な子の純粋な意見を笑い飛ばすようなやつがいるだなんて。
そいつ心が鉄でできてるんじゃねーの?
……まあ。
ふわふわしすぎていて『もっと現実を見ろ』と言いたくなる人の気持ちもわからんでもないが。
戦争のない世界っぽいし。
平和な考えを笑うような、すさんだ心になる必要もあるまい。
「あ、あの……です、から、もうすぐ、みんな、来ると思います……預言者様の預言を拝聴するというのは、どの国家にとっても一大事ですから……どの国の法律にも、『預言の拝聴はすべての事項に優先する』と明記されていますし……」
「その法律も、三百年前のなんちゃらって女王が?」
「は、はい。正確には、女王から取り立てられ、国家の執政官を務めた女性貴族が成立させた、と歴史の授業では言われましたけれど……」
女王が取り立てた執政官なら、女王の手柄みたいなもんだろう。
誤差の範囲だ。
「あ、あの、預言者様」
「どうした?」
「こ、個人的な、お願い、なん、ですけど……」
「とりあえず言ってみなよ」
「は、はい……えっと、これからも、変なこと、言っていいですか? 他の人に言ったら、笑われちゃうようなこと……預言者様は、笑わないでくれる、から」
「いいよ」
「……ありがとう、ございます」
オフィーリアがうつむく。
俺は、なにか言葉をかけようとしたが――
その時。
預言者の間の分厚いドアが、ゆっくりと開かれた。