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18話

『あの、サービス外です』



 電話の第一声はすげないものだった。


 たしかに。

 ベリアルの抱えているという事情を教えてくれというのは、預言でもなんでもない。

 担当外、サービス外だというのは、そりゃそうだろう。


 これは明らかに、俺が甘えすぎている。

 それでも。



「いや、そうだろうけど……さっき気になることも言われたし、いまいち放っておけないっていうかさ……ベリアルを見てると、なんだか危うい感じがして」

『お気持ちはお察ししますよ。きっとあなたは放っておけないんでしょうね。ベリアルさんは、基本的にあなたと同じですから』

「俺と同じ? 預言者ってこと? それとも異世界からの転生者?」

『そういうことではなく。駄目人間だということです』



 ……言葉にトゲがあるなあ。

 でも、駄目人間だとしたら、女神がこんなに冷たいの、おかしくないか?



「女神は駄目人間好きだろ?」

『その評価は心外です。わたくしは別に、駄目人間が好きなんじゃありません。かわいそうな人をどうにかしてあげたいだけです』

「違いがわからない」

『ベリアルさんは愛されていますから。あなたと違って』



 俺と違って。

 前世の、元の世界の、俺と違って。

 ……まあ、預言拝聴者っていう立場もあるし。

 下僕もいるみたいだし。

 愛されてはいるんだろうけど。



「……でもなあ」

『そういうところ』

「はい?」

『そういう、気になることを放っておけないところ、よくないですよ。あなたは今回の人生で苦労をしないことになっているんですから。いらない苦労を背負いこもうとしないでくださいよ』

「って言われても……気になるもんは仕方ないだろ……いや、まあ、自力でどうにかできそうもないならスルーしろよって言われれば、その通りだと思うんだけど」

『刑事ドラマの刑事とか、探偵ドラマの探偵の性分ですよ、それ。そんなのだと、あなたの行く先で常に事件起こりますよ。そのうち死神とか呼ばれますよ』

「残念ながら行く先で事件はすでに起こり続けてるんだ……主に誘拐で、俺が被害者だけど」

『…………それは本当に、わたくしの力不足です』



 本気でへこんでいる声だった。

 さらわれてる俺よりダメージでかいんじゃないのか?

 フォローしておくか。



「いや、今のところひどい目には遭ってないわけだし、そこまで気にしなくてもいいけどさ」

『わかりました』

「なにが」

『あなたの安全を保証しておきながら、あなたに安全を提供できていないことを盾に交渉されれば仕方がありません。力をお貸ししましょう』

「人聞き悪い受け取り方を……でもありがとう」

『でも、これ以降はなるべく、困っている女の子を見たからといって、簡単に助けようとはしないでくださいね』

「……まあ、そうだな。自分の力でできる範囲にするよ」

『そうではなく』

「頼りすぎるなってことじゃないのか?」

『違いますよ。頼ってくださいよ。それがわたくしの趣味……仕事ですから』

「思いっきり趣味って言ったな」

『そうではなくって、あの、わたくしは、あなたが好きです』

「…………はい?」

『誰にも愛されないあなたが好きです。なので、あんまり人に愛されることをしないでください。困っている女の子を助けるとか、そういう恋愛ゲームの主人公みたいなこと、やめてくださいよ。あなたが人に好かれたら駄目じゃないですか。誰にも愛されないかわいそうな人を助ける、というわたくしのモチベーションが低下したらどうするんですか。これからも人からは冷たくされててください。是非、お願いします』

「あんた、女神っていうか、邪神だよな」

『なぜですか!? こんなに慈愛に満ちてるのに!?』

「歪んでるんだよお前の愛は!」

『わたくしに愛されると心がほっこりするでしょう!?』

「しねーよ! 背筋がヒヤッとするわ!」

『怪談みたいな表現しないでくださいませんか!?』

「怪談以外のなにものでもねーよ! ……ああ、もう、なんか……」



 第二の人生。

 イケメンフェイス。

 預言者として色々な国家に頼られる立場。

 そういったものをもらって、喜んだりもしたけれど……



 ひょっとして。

 俺はとんでもないのにとりつかれてるんじゃないのか?



「…………とにかく、俺にベリアルの事情を教えてくれ。頼む……」

『まあ、いいでしょう。色々とすれ違いはありそうですけれど、あとで話し合うとして……』

「話し合いの余地は、たぶん存在しないと思うが……」

『余地がないなら切り開きます。では、知りたい情報をお伝えしますね』

「……よろしく頼む」



 怖いなあ。

 俺、実は悪魔と取り引きしてるんじゃねーの?


 ……なるほど。

 なんで神の末裔とか言ってる真族が、あんな悪魔みたいな特徴をもってるのか疑問だったが。

 なんとなくわかったような気がする。



『とはいえ、こみ入った話はないんですけれど。あなたとは根底から違う、わかりやすくて、ありふれていて、陳腐で、誰からも同情されるべき不幸ですよ? わたくしが興味を持てない方の不幸ですね』

「推理小説を読みすぎて普通のトリックじゃ満足できなくなってしまった末期ミステリーマニアみたいな告白はいいから」

『彼女、もうすぐ死ぬんですよ』

「…………」


 うわあ……

 普通に重い……


 聞かなきゃよかったという気持ちがチラリとよぎる。

 でもまあ、ここまで聞いて『やめて』と言うのも、色々くすぶるし。



「……続けてどうぞ」

『彼女、左腕、隠してますよね』



 視線を向ける。

 たしかに、露出度の低くない服装なのに、左腕だけは隠されていた。

 絹のような黒い布。


 ……思い返せば。

 彼女は、あらゆる動作を右腕だけで行なっていた気がする。


 俺に抱きついた時も。

 小窓から真族の街を指さした時も。

 飲み物を持ってこさせた時も。

 受け取る時も。



「……隠してる。そして、動かさないようにしてた」

『よく観察しておいでですね。石化してるのを隠しています。石化は左手からじょじょにのぼってきていて、じき心臓に達して死にます』

「石化!?」

『大きな声を出すと、目覚めるかと』

「…………いや、だってさ。石化って……半獣の国で植物化って聞いた時も思ったけど、この世界は本当に魔法技術がないのか? 病状が明らかに魔法のそれに思えるんだが」

『魔法使いはいませんね。魔力自体は存在しますが』

「どういうことだ?」

『空気中に魔力の素が漂っているとお考えください。それは有効活用すれば色々な現象を起こせるものですが、有効活用するための技術がまだ確立されていないのです。だから、魔法を使える人はいません。しかし魔力自体は存在するのです』

「わかるようなわからないような……じゃあ、植物化とか石化も、その魔力が原因だったり?」

『しますね。だから預言で対処可能なのですが』

「どういうことだ?」

『この世界で魔法と呼べるものがあるとしたら、それは預言だけです。預言の言葉は呪文であり、正確に唱えることで該当する現象を起こします。まあ、魔法だと思わずに運命操作をした人は、かつていたようですが』

「そうなのか」

『三百年前に預言書を残した預言者です。一定の動きをすることにより、運命を調整する技術ですね。だから預言書の方の預言はだいたい行動とタイミングを示したものばかりだったのですが』

「そいつにも、あんたみたいな神様がついてたりしたのか?」

『いえ、その人は……………………』

「どうした?」

『………………今度、資料を見ておきますね』

「お、おう……」



 まあ。

 今回のは、俺の話がわき道に逸れすぎただけだから、女神の落ち度ではない。

 本題に戻ろう。



「それで、石化を解くためにはどうしたらいいんだ?」

『あ、それはすでに』

「女神の力で治療中とか?」

『いえ、先ほどの預言を正確に実行すれば、治りますよ』

「そうなのか!?」

『まあ……彼女が必要以上に他者の顔にこだわるのも、石になる恐怖からですし。石化さえ治ればコンプレックスもなくなって、あなたを誘拐したという愚行を反省できる心境になるかなって』

「……そうだったんだな。深謀遠慮、恐れ入る。今初めてあんたを神様だと思ったよ」

『わたくしに決定権があれば、ひと思いに焦土にして差し上げるところなんですが』

「石化っていう現象に追い詰められてる事情を知ったうえで言ってるなら、ガチで外道だな……」

『今のは冗談ですよ? もう、わたくしがそんな、ひどいこと言うと思いますか?』

「精神の歪みをついさっき見せつけられたばっかりだから」

『ヨガ教室に通うので、精神の歪みもそのうちどうにかなるかもしれませんよ?』

「それでどうにかなるのは骨盤の歪みだけだ。っていうか、あんたの休日、やたら充実してるな」

『若いうちにスキルアップしておいて、歳をとったら素敵な旦那様と結婚して女神をやめるのが目標なので』

「悪い男に引っかかりそう……」

『そのためのスキルアップですよ』

「引っかからない努力をしろよ」

『わたくしがあなたを養います』

「あんたが引っかかってる悪い男は俺だったのか……」



 むしろ俺が地雷を踏んだ気分なんだが。

 しかし、電話? だからこそこんなトークが可能だが。

 実際に目の前で『好き』とか『養う』とか言われたら緊張してまともにしゃべれない気がする。

 よかった、顔を見ない会話方式で。

 容赦なくつっこめる。



『とにかく、ベリアルさんの情報は以上ですね』

「……わかった。ありがとう。感謝はしてるんだよ、本当に」

『わかっていますよ。あなたの気持ちは、わたくしが一番よく知っていますからね』

「こえーよ」

『理解ある女神のつもりなのに、なぜ怖がられるのでしょうか……?』

「自分の胸に聞け」

『わかりません』

「即答すんなよ。少しは己を顧みることをしろよ」

『胸がしゃべるわけないじゃないですか』

「女神には通じない慣用句だったか」



 迂闊だった。

 あんまりにも俗世間の文明に慣れてるっぽいので、つい油断する。

 っていうか女神がヨガとか通うなよ。

 神通力とかで骨盤の歪みぐらいどうにかしろ。



『ではそろそろお夕飯の支度があるので』

「ああ、悪いな、何度も私用で」

『いいえ。パスタを茹でながらできる範囲なので、かまいませんよ』

「夕食パスタなのか」

『これからカルボナーラソースを作ります。よろしければ今度食べに来てくださいね』

「どうやって行けと言うんだ」

『死ねばいいじゃないですか』

「せめてあと五十年はご相伴にあずかりたくないな」

『五十年かあ……五年ぐらいにまかりませんか?』

「死の宣告やめろよ……怖いだろ……」

『まあまあ。……とにかく、とにかくです。お願いしますわね。どうか死ぬまで人に愛されるような人にならないでくださいね。わたくしの好きなままのあなたでいてください』

「……善処する」

『善処されると真人間になりそうで嫌ですね……あ、ベーコンが焼けたので。では』

「はーい。たびたびありがとな」

『いえいえ』



 がちゃり、と通話は切れる。

 ……個人的には丁々発止とやりあっていた感じだが。

 はたから聞いたら、俺たちめっちゃ仲よさそうに聞こえる気がした。


 ふと、友達というものがいたなら、こんな会話をする相手なんじゃないかと妄想する。

 ……ということは、女神の精神がアレなのも、類は友を呼ぶということなのだろうか。


 あんなのと同類かあ……

 ちょっと自分を省みた方がいいのは、俺もかもしれない。


 その前に、これからの方針を考えよう。

 ベリアルが妙に追い詰められている感じな原因はわからんでもないが……

 女神が、俺とベリアルを基本的に同類だと判断した理由は、実はよくわからない。


 俺は駄目人間だったけど。

 ベリアルは――どうだろう。

 駄目ではないんじゃないか?


 ……知恵が足りない。

 一度部屋から出て、ノイと相談する方がいいんだろうか?


 ノイと相談。

 意味あるかなあ……

 悩んでいると。




「ねえダーリン、また預言かしら?」




 眠っているはずの彼女から声。

 おそるおそる、そちらを向く。



 寝ていたはずのベリアルが、目覚めていた。

 しかも彼女は言う。




「ところで――石化とか聞こえたんだけど、気のせい?」




 俺と女神の会話。

 いや、女神の声は俺以外には聞こえない。


 つまり。

 俺の不用意な発言を、ベリアルは拾っていた。

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