17話
輝きが目にちらつく。
まるで夜のテーマパークだ。
人工物めいた不思議なデザインの木々。
整備された道に立ち並ぶのは、およそ機能性が高いとは思えない、見た目の派手な建物ばかり。
まだ昼を少し過ぎたぐらいの時間だというのに、なぜかそこだけ空が暗い。
けれど、あたりはむしろ明るかった。
地表から色とりどりの光が立ちのぼっている。
色のついた炭酸飲料を連想する。
地表からの光は気泡で。
水中のように現実感がゆがむ。
なんとも筆舌に尽くしがたい、周囲とは一線を画す世界。
それが、真族と呼ばれる種族の王都だった。
○
王宮は、シンプルな西洋の古城だった。
ただし周囲の光景に現実感がない。
そのせいで、世界観に合っているはずの建物の扉が、不思議な空間への入口にすら見えた。
俺とベリアルを乗せた馬車は、そのまま王宮へ入っていく。
かなりの距離を乗り付けて、ようやく降りることになる。
……余談だが。
馬車を降りる際に、俺をエスコートしてくれた真族モブも、やたら美少女だった。
真族は美男美女が多い種族なのかもしれない。
あるいは、ベリアルの言う通り、彼女はそば仕えの者まで顔で選んでいるだけなのか。
王宮内をしばし歩く。
内部は普通のお城のはずが、調度品がおかしい。
飛び出す絵画。
輝く生け花。
証明は様々な色で明滅を繰り返すシャンデリアだ。
「あらダーリン、目がチカチカするかしら? 真族の住居に慣れない人はそういうこともあるみたいね。不思議な光でしょ? この光るコケやキノコが、真族の薬学を支えているのよ。ま、そのあたりはゆっくり覚えていきましょ。なにせこれから一生、ダーリンはここに住むわけだし」
上機嫌なベリアルにエスコートされて、王宮の奧へ奧へと分け入っていく。
しばし歩いて。
目的の部屋らしき場所にたどりついた。
○
部屋の内部はムーディな桃色の光に照らされていた。
中央には円形のベッド。
豪奢な絨毯の上には、大量のかわいらしいクッションが置かれている。
ベリアルはベッドに飛び乗る。
そして、右の手で指をパチンと鳴らした。
すると部屋の外から飲み物を持った真族女子が現れる。
ベリアルはシャンパングラスのようなそれを、右手で受け取る。
俺もすすめられ、受け取った。
真族女子が一礼して部屋を退出すると。
部屋には、飲み物を持った、俺とベリアルだけが残された。
「いいガラスでしょ? ドワーフは不細工だけど綺麗なもの作るわよね。ベリアル様が唯一評価する不細工が、ドワーフの職人よ。あいつらほんと、汚くてチビのくせに作る物は美しいのよね。そのぶんお高いけど。割らないでね。そのグラス一つで家が買えるから。ベリアル様のお小遣いを一生懸命ためて買ったのよ」
落としそうになる。
ガラス自体が高いのか、ドワーフの技術代が高いのか。
ともかく、『落とさないで』とか『壊さないで』と言われると、緊張で逆に壊しそうになる。
緊張をどうにかするためにも、飲み物をあおった。
透明な炭酸飲料に見えたそれは。
――酒だった。
思わず噴き出す。
「ナニコレ、酒っ!?」
「あら、ダーリンはお酒嫌いな方? そのお酒ね、うちの領地でとれた果実を、竜人族が仕込んだものなのよ。真族の領地でとれた果実を使って、竜人族の作ったお酒を、ドワーフの作ったグラスで飲む。最高の贅沢よね。見た目も綺麗だし」
ベリアルはグラスの中身をあおった。
一気飲みだ。
そこまで量がないとは言え、けっこう酒に強いらしい。
ベリアルは。
ベッドの上で、右手を動かす。
招くような動作だ。
そして。
「さあダーリン、ベリアルしゃまとおはなししましゅえ」
「一瞬で酔っ払ってるじゃねーか! なぜ一気飲みした!」
「よってないもん。ちょっとゆめみたいなきぶんなだけだもん」
舌足らずになっている。
顔も赤いし、グラスも落としていた。
ベッドの上じゃなかったら割れてるところだ。
彼女はなぜか、起き上がろうとした。
が、体に力が入らないらしい。
はいずるように、ベッドから出ようとする。
俺は。
床にグラスをそっと置いた。
そして、ベリアルがベッドから落ちる前に支える。
「危ないなあ……大丈夫か?」
「ふふん、ベリアルしゃまをなめないことね。なでていいとは言ったけど、なめていいとは言ってないんだからね」
「……そういえば角をなでる権利はもらったな」
「しょーよ。でも顔がいいからなめるのも許しちゃうわ……あ」
「どうした」
「んー……もういっか。もういいわ。だってベリアル様はかわいいものね」
うふふふ、と笑う。
怖い。
そのまま。
ベリアルは眠ってしまったようだ。
これ、簡単に逃げられそうだなあ。
でも一応、確認してみる。
「……ベリアル?」
「…………」
「おーい、ベリアルさん?」
返事はない。
頬をつついてみた。
反応はない。
強いて言えば、軽く身をよじる程度だ。
……本当に寝たのか。
酒弱いなあ。
ベリアルは自分が武力行使で俺をここに連れてきたこと忘れてるらしい。
俺が逃げる警戒とは無縁だ。
……なんだかなあ。
油断したとか、考えが足りないとか断じて逃げてしまうのもアリかもだが。
…………なんか、見捨てられないんだよなあ。
いや、顔がー顔がー言ってくるベリアルだし。
間違いなく前世フグメンである俺が嫌うべき対象なんだけど。
なんか嫌いになれないっていうか。
妙に追い詰められてる感じがするっていうか。
行動のおかしさのせいかもしれないけど、そう感じてしまう。
……そういえば、女神が『かわいそうな事情がある』とか言ってたっけ。
そのせいかもなあ、見捨てられないの。
ベリアルのやったことは間違いなく悪だ。
武力をちらつかせて要求を呑ませるとかテロリストの手段だ。
なので同情の余地はない。
そこまで自分に言い聞かせて。
やっぱり俺は、彼女を見捨てるふんぎりがつかないのだった。
気になるんだもん、しょうがない。
というわけで。
杖の赤い宝石をタッチする。
そして通話開始。
「もしもし女神? ベリアルの事情を教えてほしいんだけど」
疑問を自力で解き明かす必要はない。
受験じゃないのだ。
回答集があるなら、それを見てしまうのが一番手っ取り早いだろう。




