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10話

 それは巨大な木々の乱立する広大な草原だ。


『神の火』が落ちた際にできたとされるクレーターのふちにある半獣の国家は、一見しただけでは、おおよそ国家としての体裁をなしているようには見えなかった。


 ただの大自然。

 草原と木々、柔らかな風が吹く野生の王国。


 しかし、よく見ればわかる。

 全長百メートルほどはあろうかという巨大樹木に、人が出入りしている。

 あの乱立する木々こそが、住居であり会社であり施設なのだ。


 とするとアレは高層ビル立ち並ぶ大都会にも等しい。

 自然と文化の調和。

 野生と理性の交差点。

 それが、半獣族と呼ばれる、獣の特徴を宿した人々の国家だった。




 ○




 王宮にあたる物体は、ひときわ高い木だった。

 近場まで馬車で乗り付けてから。



「……昇降機で向かう」



 ノイはそんなことを言った。

 昇降機。

 英語で言うとエレベーター。

 エレベーターって英語?


 オフィーリアの服装とか、人間族の街の様子とかで、中世ぐらいの文化かと思っていたが。

 なるほどエレベーターがあるというのは、なかなかハイテクだ。

 そう思って待っていると――



 高さ三メートル。

 幅二メートル。

 奥行き二メートル。

 そのぐらいの大きさの、木製の箱が降りてきた。


 ちなみに動力は人力だ。

 システムは井戸で水を汲むアレと同じである。

 高いところに滑車があって、そこに縄がかけてある。

 人力で縄を引っぱって木製の箱を上げ下げする。


 なるほど『エレベーター』ではなく『昇降機』だ。

 ハイテクでなくローテクだった。


「……縄が切れることもあるから、着地の心構えをした方が、いい、かも?」


 恐ろしいことを言われてしまった。

 乗りたくなくなるからやめてよ。



 ノイはさっさと乗りこんでしまった。

 俺も怖いが乗らないわけにもいかない。


 覚悟を決めて乗りこむ。

 すると、昇降機は引き上げられ始めた。

 風と人力駆動ということもあり、ひどく揺れる昇降機に揺られて――


 俺は。

 半獣族の王宮へと足を踏み入れた。




 ○




 王宮内部にある部屋に通された。

 そう大きな部屋でもない。

 せいぜい六畳ぐらいだろうか。


 壁や天井は素材そのままの木製で、王宮というかログハウスという感じだ。

 家具も木製のものが並んでいる。

 この部屋にあるのは、テーブルが一つと椅子が二脚だけだ。



「……半獣族は採集を得意としている。深い森や山に入り、木材や薬草などをとってくる。鼻もよく、身軽。他の種族が入れないような難所も、簡単にいける」



 ということらしい。

 へえー、と流しながら聞いて、てきとうな椅子に座った。


 そしたら、びっくりするぐらい座り心地がいい。

 ただの木製の椅子のはずが、体にぴったりフィットするような感じだった。



「この椅子とかも、半獣族が作ってるのか?」

「……木工は、木精族が得意。高級家具はだいたい、木精族が作っている」

「へえ」

「……だから、木材採集が得意な半獣族にとって、木材加工が得意な木精族は重要な取引相手」



 そんな相手と険悪になりかけてるのか。

 ……ノイの妹の病気は、ひょっとしたら、世界が戦乱期に入る前兆だったのかもしれない。



「……預言の通り、妹を暗い部屋に入れた。三日三晩で成果が出る…………はず」



 声音に自信はない。

 この世界の人は預言を重要視しているはずだ。

 が、さすがに『妹の病気を治す方法』なんていうものを預言されたことはなかったのだろう。


「……預言者どのに感謝を」

「だからまだ早いって。三日三晩待たないと……」

「……突然、誘拐してしまったのに、協力してくれたことに、感謝。妹のことについては、また別に感謝する」

「そういや誘拐されたんだった……それにしても無茶したなあ……」

「……普通は、しない」

「妹のこと、大事なんだな」

「あの子はわたしの宝だから」


 ノイにしては熱っぽい語り口のような気がした。

 無表情で、声に抑揚が乏しいので、ささいな変化でしかないけれど。


「かわいい妹なんだな」

「かわいいに決まっている」

「そ、そうか……」

「世界一」

「そこまでか」

「……顔は、わたしと同じ。でも、オーラが違う」

「双子?」

「……そう。本当の国長は、妹。わたしは、影武者であり、代行」

「戦争ないっぽいけど、影武者は必要なのか」

「なにがあるかわからないから」


 ……まあ、そうだな。

 戦争がないから平和というわけでもない。

 俺の元いた世界だって、身近に戦争はなかったけど、凶悪犯罪はいくらでもあった。


「わたしが今まで国長をやってきたのは、妹が病気だったから」


 ノイははっきりと言った。

 そして、こう続ける。


「妹の病気が治れば、わたしの仕事は終わる。……預言者どのと会うのも、きっとこれが最後だと思う。これからは、妹が預言拝聴者になるから」

「そうか。寂しくなるな」

「……?」

「いや、『よくわからない』みたいな顔されても……えっと、寂しくならない? 別に仲が悪いわけでもない相手と会えなくなるのは、寂しいと思うんだが……」


 それとも。

 俺が、前世でろくな友人もいなかったせいでそう感じるだけなんだろうか……?


 ……ありえそうだなあ。

 人と会話するだけで嬉しいもん。

 女神との会話だって、ポンコツすぎて疲れることもあるけど、あれはあれで楽しんでる。


 コミュ力の低さが透けてしまった。

 ノイは、きょとんと首をかしげる。


「……預言者どのは、わたしと会えなくなると、寂しくなる?」

「まあ、その……そうだよ。寂しいかな?」

「…………わかった」


 なにがわかったのだろうか。

 よくわからない。


 ノイはそれきり黙ってしまった。

 言葉少ないというか、物静かだし。

 あんまりしゃべるのは得意じゃないのかもしれない。


 一方、俺もしゃべるのは得意じゃない。

 なので自然、沈黙が降りる。

 不思議と気まずくはなかった。



 その静寂を打ち破るように。

 部屋の扉が勢いよく開かれる。



 入って来たのは半獣族の女性だった。

 和服のような服装。


 っていうかニンジャだ。


 ノイもよくよく見ればニンジャっぽい格好をしてる気がする。

 つまり半獣族の国はニンジャの里だったのだ。

 いきなり入って来たニンジャは、大きな声で言う。



「姫様! 他種族の軍隊が我が国に接近してきております!」



 ……えっ。

 なにその展開。

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