HSP
例のごとく、不定期連載ですが、がんばります。よろしくお願いします。
人という生き物は、いかなる分野、領域においても一定の基準を設けるように求められる。
最初のうちは、異質に感じてもいつしか無意識の一部と化す、その基準あるいは規範が存在する。
それは、いつしか共通概念と化し、我々を繋げる存在と化す。
仮にその接続詞的概念を侵されたらならば、人は、混乱をきたし、新たな規範を生みだすだろう。
規範とは、一定のルールではなく、リズムなのだ。
リズムを狂わせるのに特別な技術はいらない。ただし、そのリズムを見つけ出すのが大変な手間を要するという事だ。
常に主体を問い続けられるのか、それが問題なのである。
どこかの狭い路地。
繁華街の裏は、賑やかな場所の灯りを受けている。
雨上がりで水たまりがいくつかできている。
影が影を作るかのように至るところには、暗闇や、影が存在し、さらに暗がりを作り出そうとしている。
「こっちがそこまで把握できていないと思ったのか?
そんなことないよな?」
1人の男が、暗闇の中にいる男に問いかける。
「間野辺拓未、お前を殺人教唆の疑いで逮捕する。」
問いかける男は、定められた文章を読み上げる。
「あんたは、なんで今のあんたがいると思う?」
暗闇の中の間野辺は、そう問いかける。
それでも男は、無視する形を取り繕う。そして間野辺に歩み寄っていく。
「あんたなんてどれも本当のあんたじゃないよな。
あんたの恋人も彼氏として、刑事として、そして闇を抱える男としてしか、見てくれないよな。」
と暗闇を音を発し続ける間野辺。
刑事らしきその問われ続ける男は、とうとう大声を上げる。
「だまれ!お前は、何を言おうが犯罪者なんだよ!」
その言葉に覆いかぶさるように
「あんたの心の痛みは、あんたを侵食して、全部食っちまうよ。
あんたは、全部捨てればいいだけだ。あんたの役割をすべてな。」
「お前はなんなんだ?」
間野辺は、少しの間をおいてから、
「俺は、なんでもないただの人だよ。俺の内は、空っぽで、楽チンさ。
俺は、他人であり、他人は、俺だ。
あんたは、誰だ?」
その言葉を聞いた刑事は、突然にうなづき、その行為を繰り返し始めた。
「行ってこい。」
間野辺は、ただそう言った。
今日という日もまた文献研究で時間を費やす。
時間がどれだけあるかは、神のみぞ知るとして、費用だったら、政府が作ってくれる。
まったくの甘ったれだ。
その分、俺は役割を果たす事を強いられているわけだが。
大きな集団のかじ取りを任せられている者がまず第一に欲する物は、統率力だろう。
その次か同じくらいに重要なのが、先見力だ。
愚かな統率者は、自らの集団の安定ばかりを求め、結果的に自らの集団の将来を脅かすのだ。
いずれにしろ、先見力が重要になってくる。
神経質すぎる警戒心を持つ者が必要になってくるというわけだ。
どうだか、俺は、その適性があるらしい。
あまり自覚は、ない。今まで生き方を変えた事はないからだ。
Highly Sensitive Person通称、HSPと言われる人間の1人だと俺は言われている。
その自覚は、それなりにあるつもりだ。
すべての行為のシステム化という単一作業の世界において、必要とされていない繊細さが平均よりも逸脱して高い人間を指す言葉らしい。まあ、かなり俺が偏見をもって世界をとらえているが。
相手とのトラブルは、割に少ない方だった。なぜならそうした人間とは、距離を置いてきたから。
それは、誰しもがやっていることだ。しかし、それは、問題が起きてからだ。
俺は、大概、数分でその人間の瞬間的感情とその相手の傾向を肌で感じてきた。
説明口調になっているのは、政府の調査を受けて、そう説明されたからだ。
何でもかんでも覗き過ぎる悪い癖が、俺のそうした性質を形作ったのだと今では、思う。
情報が過密になってきたからこそ、俺らの様なHSPが増えてきたのだとも思う。
一見すると繊細過ぎて、神経質すぎたり、過敏に反応するところなどタフさが無いかのように受け取れる。
しかし、この情報の海では、様々な分野と分野の繋がりをいかに多く感じ取れるかが生きていくカギとなっていく。そして、これは、新たな規範となっていくだろう。
繊細さがあたりまえとなり、ステータスとなる時代。今ある繊細さはいつしか消えていくだろう。
俺が危惧するところは、相手を肌で感じられる人間が増えることで、個人として成立するのではなく、集団で、1つの生命体として成立する時代が来るのではないかという事である。
ただでさ、今の時代、誰しもがどこかへの所属を求めるのに、だ。
人は、そもそも1人では、成立していないのは、自明のことだ。
しかし、表層的であっても矛盾した自我を抱えていられるのが現代の精神というものだ。
共感性の拡大と膨張は、今まであった人の自我を塗り替えてしまうのかもしれない。
それが進化なのなら、人は抗えないのかもしれない。その必要も無いのかもしれないが。
既にその兆候は、人の多い雑踏に踏みいれば感じる事だ。
多くの人が、形は、違えど常に他者と価値観を同期化しているように見える。
しゃべり方もまたしかり。その一定の流れが、彼らの衣服、話し方、価値観を形作っている。
それに疑問を持った者だけだが、異質となるだろう。
一見、多種多様に見える人の出で立ちは、同意された範囲内の組み合わせなのだ。
それで良いし、それが1つの仕事だと感じる事が無意識的であれ、可能なのならば、
人は、その中で、笑っていられるし、楽園を見出せるだろう。
俺は、あまりにも広すぎる図書館のある一角のテーブルで本をただ見つめながら、そんな事を感じている。
すると目の前のしっかりと手入れの行きとどいた背広を着た男が立っていた。
「時間がない、移動中に説明を行う。
着いてきてもらえるか。」
またか。いつもこうだ。俺を感情のある動物として見ていないをひしひしと感じる。
たとえ、こいつが親切なしゃべり方になってもそれは、変わらないだろう。
図書館をでると用意された乗用車の後部座席に乗るように指示を受ける。
既に女性が座っていた。
その女性は、私服だった。トレンチコートきていたから、背広の男と雰囲気は、あまり変わらないが。
「ひさしぶりだね、浅木優希くん。」
俺は、自分の名前を呼ばれるたび、ずいぶんと女々しい名前だなあと思う。
同時にあの両親なら躊躇なくつける名だとも思う。
「覚えてる?私の事。」
俺は、流し眼で頷く。
この女性は、アヤ・ブロック、いわゆる日系アメリカ人だ。たしか、母が日本人、父がドイツ系アメリカ人だったはずだ。
「たしか浅木君が初めて頑張った時以来だから、もう6年間かな。
あの時の事は、今でも昨日のことのようよ。ほんとに。」
決まり切ったしゃべり方が好きだなこの人は。
「いくらか位があがったんですか?」
俺はとりあえず聞いてみる。
「私たちの組織は、位という概念は、ほんの一部だけ。
アクセス権限が、増える事が出世と似たようなものなのかな。
それより、浅木君は、また知的探求をしていたの?」
ブロックは、俺の顔を覗き込む。つくづく母の血は、その瞳だけなのだと感じる。
かなり父方の影響を強く受けたその顔立ちは、僕の顔をじっと見つめる。
やめてほしい。
「僕は、ただ昔の人たちがどこまで到達して、何ができなかったのかを調べていただけですよ。」
いつしか、車は、数メートル移動していた。
どこへ向かうのか、問いても無駄かとおもったが、返事は返ってきた。
「とりあえず、ロサンゼルス。」
と。
俺は、アメリカ国籍を取ってかれこれ、10年以上経つ。




