その気の無い選択
「はいこれー」
「はい?」
戻ってきたサレナさんが西瓜大の球を投げてきた。落としそうになりながらも、なんとか受け取る。
半透明の桜色。その中を、マーブル模様がゆっくりと流れている。なんとなく柔らかそうな見た目だったが、触ってみると質感はガラスに近い。ガラス球と違うのは、手に持つとほんのり暖かいこと。
「ナガツキくん、好きな料理はー?」
「えっと……焼肉ですかね?」
「焼肉全般? それとも思い出の焼肉屋とかある?」
目の前に情報表示が出る。
『候補表示
・焼肉
・牛焼肉の柚子胡椒ソース
・生ラム肉のジンギスカン
・竜の薄切り鉄板焼
※好きな料理は後から編集することもできます。』
「焼肉」の下に、俺にとって思い入れのある焼肉系料理が並ぶ。
これは……意志疎通を補助してくれているんだろうか。ちょっと戸惑うけど、便利と言えば便利かもしれない。曖昧な表現をしたせいで、食い違いが後に響いて面倒なことになったのは一度や二度じゃない。
確認の意味で、自炊を初めてからよくやる焼肉を思い浮べてみる。
1kgの袋に入った安い豚肩に塩胡椒を振り、ニンニク醤油に漬けこんで味を誤魔化しつつ保存性を上げた……あの料理の名前は。
『・貧乏焼肉』
ああ、やっぱり俺の考えてることが選択肢に出るのか。
「竜の薄切り鉄板焼……箸をくれたおっさんが食べさせてくれた奴が、最高でした」
「じゃあ次、ナガツキくん、料理好き?」
再び出るウィンドウ。
『料理は好きですか?
・はい
・いいえ』
ここでもうちょっと考えていれば、良かったのかもしれない。
でも、よく考えずに軽い気持ちで答えてしまった。
「好きか嫌いかでいったら、好きですね」
『ゆるほわ食堂への加盟手続きが完了しました』
『よっろしーくーねー』
……え、ええー!?
「おつかれー。竜の薄切り鉄板焼ってのは、初めて聞いたなー。珍しい補正効果とか付いてたら、報告してねー」
「いえ、あの、これ……なんで?」
「んー? クラン登録だよ」
――全然思ってたのと違った。意思疎通の補助をしてくれる便利システムなんかじゃなかった。ゲームの最初で適性職業を決めるための質問とか、そういう類の奴だったー!?
うん。俺がゆるほわ食堂に入るつもりが無いとは言ってなかった。そしてチェルシーは「入るのはナガツキだけ」って言ってた。
でも、ちょっと軽すぎないか? クラン選択って超重要事項じゃないのか?
「何か拍子抜けって顔してるねー。確かに他のギルドはもーちょっと仰々しくやるみたいだけど、うちは昔っからテキトーだからー」
「テキトーすぎですよ! 俺、入るつもり無かったのに」
「あれー? そうなの? ……そ、そうなんだ! ごめんね!」
「あ、いや、確かに言ってなかったですけど! 俺はなんだか分からないままチェルシーに連れられてきただけで」
「ならはっきり言いなさいよ」
「あ、よかったよかったー。私、聞き逃してることとか多くて。やらかしちゃったのかと」
「サレナさんのせいじゃないわ。ナガツキが言ってなかったのが悪い」
時すでに遅しとでも言うのか。俺の反論は女子二人に軽く流される。
まあ俺も、クラン選択がどれだけ大切なのかはよく分かってないし、別にいいかなって気持ちもある。
せっかくの異世界、俺も格好良く戦ってみたくないと言えば嘘になる。でも、それと同じくらい、知らない世界に不安もある。
だから流されるままにゆるほわ食堂になってしまえばいいと、俺はそう思ってもいたんだろう。
「まあ、いいか」
気を使ったわけではなく、これは本心から漏れた言葉。
「うん。ちゃんと確認しなかったお姉さんが言えることでもないけど、妥協は大切だよねー。酢と間違えてみりん入れちゃったけど、まあいいやそのまま作ってみよー、みたいな。料理の進歩はそういうとこから生まれるものなのだよー」
「ありますよね、そういうの。材料足りないから代わりに別のもの使ったら、別物だけど美味しいものができたり」
「分かってるねーナガツキ君」
とんでもないことをやらかしてしまったような気がしたけど、サレナさんの緩い笑顔を見ていると、別にいいように思えてくる。酢とみりんを間違えた程度の、ちょっとした取り違い。
「で、これが新人に送る初心者用の包丁。クラン補正と好きな料理補正を誤魔化すために、チェルシーちゃんのは一段階上」
「ありがとうございます」
「セラミック包丁ですか」
「そうそう。見た目の割に切れるから気を付けてねー」
セラミック。金属の刃じゃなくて、陶器素材を使った包丁。
おままごと用のおもちゃみたいな見た目で、金属の刃と違って手を切ってしまう怖さが無いから料理初心者が好む。実際は意外と切れ味がよくて、普通の包丁と同じように失敗すれば手を切ってしまうこともある。油断しちゃう点が逆に危なかったりするのだ。
でもまあ、なんだかんだ最初に買った包丁は思い入れがあって、俺はセラミック包丁を使い続けてたわけだけど。
「攻撃力18……普通に戦闘にも使えそうですね」
自分の使ってたのに似てて、親近感湧くな、なんて思ってた横でチェルシーは真っ先に性能を確認していた。
俺も、それに習って数字を見る。見たいと意識して見つめると、情報ウィンドウが見えるのだ。
見た目はほぼ同じで、ただの色違いに見えるけど、俺の方は攻撃力12だった。正確には『12くらい』って書いてあった。スキルはどっちも手先補正がかかるらしい。こっちの方は名称だけで、実際にはどのくらい差があるのか分からない。
ちなみにチェルシーの方が赤い持ち手で、俺の方は若葉色。
「さて……これでよかったっけー? 私、説明してないこととかある?」
俺に言われても分からないです。
と首を振ったところ、チェルシーが質問した。
「これ、同じ名称の器用修正スキルですけど、ナガツキのと私のとでどれくらい違いがあるんですか?」
「人によって違うわねー。同じ道具でも慣れとか、向き不向きとかあるし。その日の調子によっても変わるし」
「そうなんですか!? 私、一通りのクランを回ってこの世界のこと聞いてきたんですけど、それは初めて聞きました」
「うちに入ると、ステータス表示もゆるほわになるから」
「所属クランによって、見える数値量が違うんですか!? それも初めて聞きました」
「うちはテキトーだからねー」
……やっぱり、ゆるほわ食堂はやめておいた方がよかったかもしれない。