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初めてのクラン

 少女の後についていく俺。その俺の背中に向かってずっと視線を突き刺しくるお兄さん。背の順に並んだ形。背の低いチェルシーが先頭なのは非効率だと思う。ふと目を離すと人混みに紛れて見失ってしまいそうになる。


 仕方なくチェルシーに注視しているのだが……。

 何かとお兄さんが突っかかってくる。そんなに俺に変態であってもらいたいのか。


「今、少しだけ広く見えるふとももに視線が行っただろう。横顔に心惹かれてただろう」

「知りませんって」


 ちなみにちょっとした曲がり角のことだった。


 確かに気にはなったよ。でも違うんだって。

 角を曲がるときのくいっとした動作が、なんか上流階級だなー、って思っただけだ。女優とか、モデルとか、そんな感じの洗練された動き。人によっては大げさになりそうな動きを、さも当然みたいにやっていた。


「今チェルシーのこと考えてただろう。可愛いなって思っただろう」

「思ってませんよ」


 俺が知ってる他にどんなクランがあるのか聞いてみたかったが、この通りお兄さんがひっきりなしに話しかけてくるので質問を挟む余地がない。互いの名前を伝え合った程度で、あとはずっと兄の邪推が続いている。なおシスコン兄の名前はチェスター・モンタギューだそうだ。


 ……けどまあ、可愛いな、とは思ったかもしれない。様になっているのに、どことなく背伸びしているようなアンバランスさ。守ってあげたくなる気持ちは分からなくもない。




「ここから先、人混みきつくなるから」


 そんなことを思っているときに、不意に手を掴まれたから、ちょっとドキっとした。ひんやりした手と裏腹に、頬はほのかに紅潮していた。伏し目がちに、ためらうように俺の手首に触れて、意を決したようにぐいと掴んで引き寄せる。


 見ればたしかに、この先は目立って人混みが濃い。これから行くクランに人が集まっているのだろうか?


「チェルシー! そんな、誤解させるようなことをしちゃダメだ」

「誤解って何よ」

「頬を赤らめながら手を繋ぐなんて、並の男なら発狂してしまうじゃないか! ひょっとして惚れてるのか……って思われてしまうぞ! 」

「違うわよ! 兄さんと父さん以外の男の人に触るなんて無かったから」

「チェルシーが触る度に、狂おしい想いを抱えて苦しむ男が増えることになるんだ。どうしてそこまでして、そんな男に触る!?」

「このくらい普通よ」

「チェルシーの可愛さは普通じゃないんだ……!」


 ヤバい。何がヤバいって、一瞬チェスター兄さんに同意しかかったあたりがヤバい。

 悪い影響を受けてきている。


 確かに可愛いとは思うけど、それは犬猫類を見て撫でたくなる類の気持ちだ。小さくてよく動くから、なんとなく触りたくなるだけだ。ってそれ逆に俺が猫じゃらしに釣られてる猫みたいだな。




「さ、ついたわよ。ゆるほわ食堂」


 ここが、ゆるほわ食堂か。食堂とは思えない大きさだ。

 高さは周りの建物と同じくらいだが、やたら大きい。うちの大学を思わせるもったいない土地の使い方。思わず「横じゃなくて縦に伸ばせよ」と呟いてしまう。


 けど、この世界の建築技術ではこれが普通なのかもしれない。周りの建物も大体似たような造りで、高くても4階立てくらいまでだ。

 天井を広く取って窓をたくさん付けると、こういう平べったい建物になってしまうんだろう。


 ガラス窓から見える建物内は、意外に近代的だ。

 ずらっと並んだ同規格のテーブルと椅子。飯時ではないのに、そのほとんどが埋まっている。各テーブルに水差しが用意されてるのを見ると、水は無料っぽい。……そんなところに目が言ってしまう自分の貧乏性が情けない。


 忙しなく駆け巡るウェイトレス。見知った料理の数々。


 ふわふわと浮いている光の球が照明役を果たしているところと、客の服装とに目をつぶれば、繁盛してるファミレスにしか見えない。


「あれ? 入らないのか?」

「食べに来たわけじゃないから」


 入口を離れ、壁沿いに歩いていく。


 俺の腕を引いていた手が離れた。通りの人混みを抜ければもうはぐれる心配も無いということなのだろう。「今がっかりしただろう」という声は無視しておく。



「ここよ」


 扉のドアノブには「ゆるほわ事務部」と豪快な筆文字で書かれた板が吊るされている。字の迫力の割に、扉はちんまりとしている。


 チェルシーが二回ノック。待機。しばらくしてから「失礼」と声をかけて入る。

 後ろでは、チェスターがいつの間にかマントを脱いで手に持っている。


 何だお前ら、面接試験かよ。


「私と、こいつ……ナガツキは、ゆるほわ食堂に入ることになったわ」

「そう。じゃあ、とりあえずいちおー面接かなー」


 面接だった……。


 じゃなくて、聞いてないんですけど。待って見知らぬお姉さん。俺まだ入るクラン決めてないです。


「じゃあ二人はついて来て。チェスターくんには……誰かお菓子でも出してあげて」


 けれどお姉さんに微笑まれると、反論が声に出せなくなる。


 オフィスの中は、床も壁もカーテンも全面パステルカラー。肌で感じる異次元。室内の人は見る限り全員女性。部屋の匂いというか、空気が違う。居づらいことこの上ない。

 そのみなさんの視線が、まとめて俺たちを向いている。


「チェスター君、これ私の手作りなのー。たべてー」「チェスター君も入ってよ! 妹さんといっしょにいたいでしょ」「チェスター君、冒険者スタイルもかっこいいよー」「でもコックさんも似合うと思うの!」と群がってくるお姉さん方を手で制し「僕は妹を守るために、オールラウンドに立ち回れる円卓議会に入ります!」と宣言して妹との思い出話に入るチェスターのなんと堂々たることか。完全に自分のペースを保っている。


 俺の方は「ナガツキ君て言うの?」「何歳?」「こっち来て何日? お腹すいてない?」「身なり綺麗だけど、最初からこの街だったの?」と群がる方々を前に、異論を唱えるタイミングを見つけらなかった。


 黄色い声。女性特有の匂い。柔らかい。あーれー。


 なんだか分からないまま地下室に連行されていく。


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