シスコン兄さん
「ゆるほわ食堂だって戦えないわけじゃないって言ってただろ。何が不満なんだ」
「料理のついでにちょっと戦えるだけでしょ」
「ちょっといいじゃないか。女の子なんだから」
「うるさい! なんで異世界まで来て料理なんか習わなきゃいけないの!」
兄妹ともに金髪碧眼。
兄の方はすらっと背が高い。俺より頭一個分は高い。
布製のマントをまとい長剣を背負った姿は、そこらへんの一般人の皆さんよりファンタジーしてる感じがある。
対して、妹は小さい。あの兄の横に並んでいるから余計にそう思うのもあるだろう。けど、この人混みの中だと、ちょっと気を付けて探さないと分からないくらい小さい。たぶん小学生。
で、小学生で制服を着てるってことは、お金持ちなんだろうなー。
「とにかく、サレナさんのところまで戻るぞ。『別に私のとこに入らなくてもいいけど、どこのクランに入るか決めたら報告に来てね』って言ってただろ。」
「それはいいけど、ゆるほわ食堂には入らないからね!」
語気が激しくなっていくのに比例して、兄妹は段々と注目を集めてきていた。
それに気付いたのか、二人は速足でその場を去っていく。
後を追っていけば、どこかのクランに辿り着けそうだ。それに、同じ境遇の人がいるなら話を聞いてみたい。こっちの世界の通貨なんて持ってないだろうに、どうやってそのマントを手に入れたのか気になる。
◆
というわけで、兄妹のあとを追ってみることにしたのだが……。
何故か思いっきり裏路地に入ってきている。話の流れからして、どこかのクランに向かっている感じじゃなかったのか。
この街で加入できるクランは、ゆるほわ食堂・天秤と剣・九天の鞭の3つだと聞いた。食堂がこんな場所に構えてるとは思いづらい。
九天の鞭もなさそうだ。魔物使いの集まりならもっと開けた場所が要るだろう。だってドラゴンはあんなにデカかったんだからな。他のモンスターまであのサイズとは考えたくないが、あのサイズのモンスターを連れてる魔物使いのためにも、魔物使いクランはある程度広い場所を確保しているはずだ。
で、名前だけでいまいち分からないけど、天秤と剣って名前のクランが日蔭にあるってことはないだろう。ユースティティアって、正義の女神だった覚えがある。そんな名前のボカロ曲で覚えた。
じゃあなんで俺はこんな場所にいるんだ……と考えたところで。
「やはりストーカーか……!」
兄妹が振り返り、兄の方が剣を構える。異世界に来たばかりで、剣なんて使えるのかと思ってたが、意外と様になっている。なんて思ってる場合じゃない。致命的な誤解を受けてしまった。
「違う!」
「チェルシーの可愛さに心を惹かれるのは分かる。だが知らない女性の後をつけるのは犯罪だ」
「違うって言ってるだろ」
「恨むならチェルシーの造形に全身全霊を尽くした神様を恨め。覚悟!」
いきなり切りかかってきた兄だが、妹にマントの裾を掴まれて転んだ。
兄の勢いにつられて体勢を崩した妹を支えるため、迷わず剣から手を離した兄。言葉通りの妹想い――というかシスコンだ。
兄に抱えられる形になった妹、チェルシーが「さわるなー!」と可愛らしい悲鳴を上げて離れる。お兄さん、本気で嫌われてるのか……。
そんな二人の様子を見て、俺はポケットの中のお箸から手を離す。
「えーと、お兄さん大丈夫ー?」
「くっ……チェルシー……君は優しすぎる……!」
ダメだ。このお兄さん会話できない。近くで見るとなかなか顔立ちが整ってるのに、残念系だ。
「で、あなたはどうして付けてきたの? 兄さんに惹かれたホモ?」
「兄と同レベルの発想かよ!」
「冗談よ。アレといっしょにしないで」
アレ呼ばわりか……。兄さん……。
「いや、同じLv1仲間なら、仲良くなれないかな、と」
「じゃあ早く声掛けなさいよ。やっぱりストーカーなの? 死ぬの?」
「違うって! 大通りの方は人混みの中だからなかなか近寄れなくて。追うだけで精いっぱいだったんだ」
本当のことだ。あの中で、付いてくる俺に気付いたのなら、シスコン兄は意外と出来るのかもしれない。
「じゃあ路地裏に入ってったときにすぐ話しかければよかったじゃない」
「路地裏に入っていったから、それまで人混みに隠れていたチェルシーの後ろ姿を直視してしまい、ついやましいことを企ててしまったのか。同情はするが、許すことはできないな」
「うるさい! 兄さんは黙ってて!」
「ダメだ! チェルシーは甘すぎる! みんながみんな僕みたいに自制が効くわけじゃないんだぞ」
「あー……もう」
緩く波打つ金髪の束を軽く手で弄り、溜息と共に手を離す。少しだけ吐息に揺れた黄金色。
兄のキャラが濃すぎてあまり気にしてなかったが、確かにチェルシーは可愛い。
とはいえ、決して兄の言っているようにやましい意味ではない。というかこの年齢の子を、そういう目でしか見れない兄の方が危ないと思う。
「いいわ。こんな兄さんを見てたら、話しかけづらいって思うのも仕方ないし」
「いや、こんな残念な人とは思ってなかった」
言ってから、そういうことにしておけばよかったか、と少し後悔した。
そんな俺の返答を聞いて、チェルシーは小さく笑って。
「あなた、やっぱりただの引っ込み思案?」
「最初からそう言ってるけど」
「ダメだチェルシー! たとえ今は我慢できていても、いずれは……!」
「うるさい!」
なおも俺ストーカー説を唱え続ける兄。そのマントを引っ張ってチェルシーが歩き出す。しばらく抵抗していた兄だが、やがて折れて、チェルシーに続いた。
「レベル1同士の2:1なら結果は見えてるだろうし、まさか襲い掛かってくるわけないでしょ」
「レベルが強さの絶対指標とは限らないと聞いただろう」
「兄さんがこいつより弱いってこと? でも、この世界なら私だって戦えるわ」
「僕の愛は無敵だ。弱くなどない」
「じゃあ問題ないじゃない。疑わしきは罰せず、よ」
「チェルシー……君は、優しすぎる……。だが、その優しさを守りたい……!」
「なら、とりあえずサレナさんのところに戻りましょ。話は歩きながらでもできるもの」
歩く途中で、道端に落ちていた木箱の上に乗る動作は、なんだか子供っぽくて微笑ましかった。ふつう、大人なら避けて歩く。背伸びした話し方してるけど、子供っぽさも残ってる。
と思ってると、身長差を木箱で埋めたチェルシーが俺にそっと囁いてきた。
「ちょっと頼みがあるんだけど」