スライム狩り
「嫌ならナガツキだけ先にいけばいい」
なんて言われても、チェルシーを置いていくわけにはいかない。いくら18歳ですと言われても、見た目にはやっぱり子供だし。もしチェルシーに何かあったら、あのシスコン兄さんは勿論のこと、ゆるほわ食堂全体から後ろ指を指されることになりかねない。
仕方なく、チェルシーに付き合ってスライム狩りをすることにした。
「ナガツキ、ペースが遅いわよ。獲物を分けてあげようとか、考えなくていいからね」
この通り、チェルシーはノリノリだ。一日歩き詰めた疲れの痕は見えない。
しかも実際、俺より上手い。最初はふらふらしていたが、見る間に動きから無駄が無くなっていく。言われてしまった通り、俺より効率的にスライムを狩っている。
「何で俺より弱い装備で、俺より強いんだ……」
俺は今、おっさんの箸で戦っている。文字通り、桁違いの攻撃力、遥か各上の装備だというのに。
もう大人の威厳台無しである。プレイヤースキルでボロ負けだとでもいうのか。
「そんなの決まってるじゃない。箸使ってるからよ」
「なんでだよ。箸の方が強いのに」
「分かっててやってたんじゃないの? 一撃で倒せる相手なら、リーチが長い方が使いやすいに決まってるわ。私、ナガツキはお箸で戦う特訓をしているのかと思ってた」
「な……」
「ナガツキ、馬鹿なの?」
真顔で言われた。上目使いに、可哀想なものを見る目で「馬鹿なの」って言われた!
しかし、確かにその通りだ。包丁でもお箸でも、スライムは一撃で倒せる。
そしてお箸は突く以外の使い道が無い。突いても切りかかっても引いても攻撃になる包丁の方が断然便利だ。お箸で突く攻撃は点の攻撃。だが三徳包丁は刃全体が武器。包丁の方が良いに決まってる。
「っ……! ば、馬鹿で悪かったな! 教えてくれてありがとうな!」
「はいはい。追いつかれないように頑張ってね」
そう、何故か俺はチェルシーよりレベルが高かった。
スライムを二匹倒しただけでチェルシーはレベル2になったが、俺の方はレベルが上がらなかった。それで確認してみたんだが、俺はその時点で既にレベル7だった。理由は分からない。
しかし、そのレベル差がじりじりと詰められてきている。今は俺がレベル8で、チェルシーがレベル7。多分、レベルが上がるほど、次までの必要経験値が増えていくのもあるんだろうけど、この差の詰められようはそれだけじゃない。
いや、ここから包丁で追いつくし……と言いたいが、チェルシーの包丁の方が少し質が良い。これは、追い抜かれてしまうかもしれない。
◆
倒しても倒しても湧き出てくる。しかも俺たちの成長に合わせるように、少しずつ湧く感覚が短くなって、敵レベルも上がってきている。
同時に二体の体当たり。落ち着いて攻撃をかわし、攻撃後の隙を突いて片方を裂く。即座に周りを見渡して、見落としや増援がいないことを確認。飛びかかってきた残りのスライムを切る。
ちょっと楽しい。
俺たちが慣れて来ると、敵が強くなる。よくできたゲームのよう。
そう、この世界はまるでゲームだ。職業選択、冒険、レベル上げ。
そんなことを思っていたから、俺たちは止め時を見失ってしまった。
「痛っ」
先に攻撃をくらったのは俺の方。後ろから飛びかかってきたスライムに気付けなかった。
柔らかそうな見た目通り、衝撃はわずか。なのに、やたらと痛い。
「なんでこんなに痛いんだ」
「マリッド系の攻撃は、魔力攻撃なのよ。筋肉があっても、背が高くても、関係無くダメージが入るの」
「そっか……。油断ならないな」
カバーに入ってくれたチェルシーが、俺に攻撃してきたスライムを倒した。
このときは、ちょっと注意不足だっただけだと笑ってやり過ごしてしまった。まだまだ戦える、チェルシーの前で恥ずかしいとこ見せて逃げ帰るわけにはいかない。そう思っていた。
そして今。
「増えすぎだろ……」
「レベルは低いままなのに、量だけ異常。基礎的な魔法を、何度も何度も使ったってことかしら」
「冷静に考えてる場合かよ」
見渡す限り、周りはスライムだらけだった。
レベルは1~3程度。たまに5レベルくらいのが混じってて、二回切らないと倒せない。これがなかなか曲者で、一回で倒せる、というのを前提にしていると、思わぬ反撃を受ける。
「ナガツキ、どうしよう?」
「どうしようも何も、逃げるしかないだろう。まだ増えてってるし、ここで戦い続けたらそのうち死にかねない」
「そうよね……ごめん、私が軽率だった」
「いいから、とにかく全力で逃げるぞ」
「ええ」
一匹倒す間に、一匹増えていくレベル。まともに相手していては勝ち目が無い。まとめてやっつける範囲攻撃でも無いとどうしようもない。しかし、たとえ俺たちが魔法を使えたとしても、魔法を使うと余計に地脈が狂って魔物が増えるわけで、魔法ってものすごい悪循環。
ああ、それで円卓議会がみんなの憧れポジションなのか。魔力を吸い取って悪循環を止めてくれると。
しかしまあ、今そんなことを考えていても仕方ない。とにかくこの場から離れなくては。
「どうしたのナガツキ。先に行きなさいよ。あなたの方が早いんだから」
「俺の方が足が早いんだから、チェルシーを先にしないとはぐれちゃうだろ」
「大丈夫よ。あなたよりスライム狩りは上手いんだから」
「大丈夫じゃない。お前だけ置いて逃げたら、あとでサレナさんやシスコン兄さんになんて言われるか」
「ぅ……」
サレナさんがお兄さんのことを持ち出してご飯を食べさせたのに習って、俺も他の人のことを持ち出して説得した。
酷く傷ついた表情で、チェルシーは頷いた。スライムの大群に追い詰められていることに気付いた時よりも、深刻な顔だった。
息を吸って――歯を噛み締めて言葉を飲み込む。そんなチェルシーを見ていると、弱いものいじめをしたようで罪悪感が募る。
「いくわよ」
チェルシーは意を決して飛び出した。
元は貴族の庭だけあって、道幅は割合広い。落ち着いていけば、スライムを避けて進んでいくのは難しくないはずだ。
俺もチェルシーの後を追って飛び出す。
「後ろは俺に任せろ。チェルシーは前にいる奴を倒していってくれ」
緊張はしていても、不思議と焦ってはいない。
この世界に来た直後、ドラゴンの視線に射抜かれた瞬間の方が、ずっと怖かった。ずっと間近に死を感じた。
だからきっと、大丈夫。おっさんに助けてもらった命を、レベル上げに熱中して亡くしました、なんてあってたまるか。
「ナガツキ! ついて来てる!?」
「大丈夫だ!」
この距離、俺の足音だってすぐ後ろに聞こえてきてるだろうに。チェルシーの方は焦ってるんだろうか。
「ナガツキ、大丈夫!?」
「大丈夫だって言ってるだろ! 俺のためを思うなら早く走れ!」
そんなことを言ったのが悪かったのだろうか。
チェルシーの足が止まった。直後の悲鳴を聞けば、スライムの体当たりを受けたのが分かる。
前に出る。チェルシーに寄ってくるスライムを切り捨てる。一か所に留まるとどんどんスライムが増えていく。しかも徐々にレベルが上がってる。
「チェルシー! 足、大丈夫か」
チェルシーは右足を抑えて座り込んでいる。
こういうとき、アニメとかだったらお姫様だっこで走り抜けるんだろうな。でも、これだけ敵に囲まれている状況で、包丁をしまう勇気は無い。なにより、ぶっちゃけチェルシーを抱えて走る筋力は俺には無いと思う。だから、声をかけることしかできない。
「体当たりを受けて痛いだけ。挫いたわけじゃないわ」
よかった。チェルシーが立ち上がる。
けれど、その瞬間に、脇から飛びかかってきたスライムがチェルシーの顔面にぶつかってきた。
ふらついたチェルシーの身体が傾く。
――落ちる。
林道の横は緩やかな坂。藪の茂る中に落ちかかったチェルシーを見て、反射的に手を伸ばす。
けれど俺はチェルシーが落ちる勢いを受け止めきれず、チェルシーにつられて前のめりになっていた。ダメだ、ふんばりが効かない。落ちる。
なんて、情けない……。
迫る地面に、目を瞑る。全身を藪にもみくしゃにされながら、俺とチェルシーは落ちていった。